70.ミシェラとリンジー
「と言うわけで、私たちの代わりにこの家の守護をしてもらいます。アーミテイジ侯爵家ご夫妻とその妹さん、それからナイツ・オブ・ラウンド第三席のエンズリー卿です。みなさん、仲よくね」
ミシェラが適当に紹介すると、全員微妙な表情になった。ミシェラはさらに言葉をつむぐ。
「私とリンジーは出かけてくるから」
「え、本気?」
不安そうに言ったのはクラリッサだ。彼女は、自分がミシェラの庇護下にある認識が強いので、離れると不安になるのだろう。少し前に、数時間いなかっただけで危険な目に遭ったことがある。
「何かあった時のためのエルだから」
「……アーミテイジ公爵を信用していないわけじゃないけど」
と、クラリッサは口ごもる。普段しっかり者のクラリッサの年ごろの少女らしい仕草にミシェラは笑う。
「おや、私も信用されたものだね」
「あんたじゃないわ! リンジーさんよ!」
気の強い発言をしたクラリッサに、周囲の大人たちが微笑ましげな表情になる。ミシェラはリンジーに後頭部をはたかれた。
「ミシェラ。あまりからかってやるでないよ」
穏やかな口調と振る舞いが一致しないが、からかった自覚はあるのでミシェラは肩をすくめて了承を示した。
ひとまず、ミシェラとリンジーの代理要員を連れてきてしまったが、家に残る四人に事情を説明していないので説明しなければならない。リンジーがニコリと微笑んだので、ミシェラが説明することにした。
「ええっと。最近、身の危険を感じるわけよ」
「師匠が? どんな化けものに狙われてるんですか」
ニコールもそうだが、サイラスも最近かなり失礼だ。いや、日ごろのふるまいもあるから別にいいのだが、今回はスルーさせてもらう。
「私と言うか、『旧き友』に関することで……これ、どこまで言っていいの」
さすがにミシェラも困ってリンジーを見た。いらないことをずけずけというミシェラではあるが、まだ『旧き友』の習慣に慣れていないため、ボーダーラインがわからないのである。そこ、もう十七年目だろうとか言うな。だいぶ風習が違うのだ。
「そうだな。あまり詳しく言うと巻き込んでしまうからな。まあ、『旧き友』狩りなんて始まってもらっては、ミシェラはともかく私たちは生き残れる気がしないからな」
「……」
なんだかもう、異能生命体扱いされるのにも慣れてきた。実は間違っていないし。
「数日、長くて十日ほど留守にする。問題を解決したら、戻ってくるつもりではあるが……」
予定は未定である。ユージェニーによると、二人とも死ぬことは無いらしいが。
「……ね、『旧き友』って、二人のほかにもあと四人いるのよね。どっちか一人……というか、ミシェラが行くのは仕方がないとしても、リンジーさんは残れないの?」
クラリッサ……鋭い。しかも、戦力的にミシェラが外せないことも理解している。引き取ってからもう八か月ほど経つが、接するたびにこの子、頭がいいな、と思う次第である。
「『悪夢』は眠ったままだし、『創造者』は戦闘には向かないよね。『詩人』は今どこにいるの? あー……『風使い』なら連れて行けそうではあるけど……」
ミシェラはリンジーを見る。ミシェラは、彼らとほとんど付き合いがない。眠ったままあったこともないやつもいるし、各地を放浪していて捕まらないやつもいる。ジェンナは戦いには向かない。唯一、アーリンなら一緒に来てくれそうだが……。
「彼にはいざと言う時のために残っていてもらわねばならない」
「……ですよねー」
この会話も何度しただろうか。どうしても、後の処理のことを考えると新参者より経験者の方がよいのだ。いや、リンジーが新参者かは不明だが、少なくともミシェラの次に若年である。
「……わかったわ。代わりに、サー・フレドリックと公爵たちがいてくれるんだものね……」
「ヴィヴィアンは置いて行くから、何かあったら連絡をとばしなさい。すぐに戻ってくるから」
と、ミシェラは言い置いた。転移魔法が仕える者の強みだ。その場合、リンジーは置いてくることになるだろうが、それはその時考えよう。いなかったらいなかったで寂しがるくせに、こういう時だけシビアだ。
「フレドリックにも大体の事情は話してあるからね。クララ、あまり派手なことはしないように、フィーのことも見ててやって」
「わかった」
クラリッサがこくりとうなずいた。ナイツ・オブ・ラウンドであるフレドリックは国王リチャードの要請でこの家に来ている。もともと騎士であるので、クラリッサとフィオナのことは見知っているだろう。内戦にも参戦していたと聞いている。この姉妹を見て、その正体に行きついただろう。
だが、彼も無意味に首を突っ込んできたりはしない。ミシェラが雑に「娘」と紹介しても何も言わなかった。ミシェラの実年齢ならあり得ない年齢差ではないし、顔立ちも何となく似ているし、フレドリックにもその体で接してもらうことにした。クラリッサは嫌がりそうだけど。
「サイラス、診療所は閉めていいから。ニコール、ジェイン、生活力のないこの夫婦もお願いね。魔術面では頼りになるんだけど。エイミーは体調がおかしいと思ったらすぐに私に連絡すること。みんな、いいね?」
女性陣とサイラスがうなずいた。フレドリックは「さすがはジェネラルですね」と何やら感心しているが、そういう問題でもない気がする。
「私からもよろしく頼む。本当はどこかに預けてもいいのだが……結局、この家が一番護りやすいからな」
と、リンジー。ミシェラがあれこれ保護をつけたしていったので、かなり強力な魔法に仕上がっている。ただし、先日騒動があったように、『人除け』ではなく、『悪しきものを近づけない』という中途半端な魔法なので、『人除け』を追加した次第なのである。これで、許可のある者しか近づくことはできない。
これだけ対策をしても、何があるかわからないのだ! と言うことで呼ばれたアーミテイジ公爵家の皆さんとフレドリックはいい迷惑である。
ひとまず家の方は何とかしたので、ミシェラの転移魔法でリンジーと二人、大陸側の港湾都市キャラックに来ていた。南部最大の貿易都市である。ここではさすがのリンジーも、魔法使い的な格好ではなく普通の恰好をしていた。すなわち、シャツにスラックス、ジャケットと言うような。
「この辺りはあまり変わらんなぁ」
街を歩きながら、リンジーは言った。ミシェラ自身も普段あまり着ないワンピースにショールを羽織っていた。
「前に来たことがあるの?」
「私が婚姻を結んだ娘の家がこの辺りだったんだ」
「ふーん」
この辺りと言うと、ウエストウッド伯爵家かプリーストリー侯爵家だろうか。ジェイムズほどではないが、ミシェラも貴族のだいたいの勢力図は頭に入っていたが、それ以上はツッコまない。
「っていうかそれ、七十年くらい前の話だよね」
「そうだな。嫉妬したか?」
「自分が生まれる前のことにどう嫉妬しろっていうの」
ミシェラがそう言うと、リンジーが「そうだな」と微笑んだ。時々からかってくるからたちが悪い。
そう思い、ミシェラはふと気づく。リンジーが『旧き友』でなければ、ミシェラと出会うことは無かったのだ。他の『旧き友』たちもそうだが、ミシェラが生まれるころにはみんな亡くなっていたに違いない。そう思うと、すごいな、と思う。
感動は後だ。ひとまず、その大陸中央の国の人間とやらを捕まえなくてはならない。この街はびっくりするくらい多国籍化していて、似たような顔立ちの外国人も多い。これはさすがになかなか見つからないかもしれないな、と思った。というか、その前に人が多すぎてはぐれる。
「……はぐれた」
気づけばシルバーブロンドは側になく、ミシェラはしばらく立ち止まってため息をついた。
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