69.『旧き友』
だいぶ温かくなってきた。陽気の気持ちの良い春だ。ミシェラにとっては魔力的に相性がよいが、リンジーなどにとっては少々相性が悪い。去年の夏の終わり、彼が昏睡に陥ったのは季節の相性の問題もあるのかもしれなかった。
まあそれはともかく、ユージェニーとジェイムズの婚約もうまくまとまり、エイミーに至っては既にエルドレッドの元に嫁いだ。体調が落ち着くのを待ってから、アーミテイジ公爵家の領地に向かうそうだ。ちなみに主治医はミシェラである。転移魔法が使えるからと言って、ちょっと適当過ぎである。
何が言いたいかと言うと、シャロン家にいる人数もめっきり少なくなったということである。と言っても、ミシェラとリンジー、ニコール、サイラス、クラリッサ、フィオナの六人がいる。王太子ジェイムズは相変わらずふらっとやってきてミシェラの講義を聞いて行く。
メンツはほとんど入れ替わったが、これでいいのだ。何事も循環が大切なので。ユージェニーの魔力コントロールだけが心配であるが、ミシェラも大体を教えているし、彼女の兄エルドレッドは、腐っても優秀な魔術師であるので、大丈夫だ、と言うことにしておく。
ぼちぼちと不思議な噂を聞くようになった。大陸側の港にアルビオンの魔術師のことについて聞いて回る異国人がいるのだという。浅黒い肌に黒い髪をしており、おそらく、大陸中央の国のものと思われた。
経済的な発展を見せているアルビオンでは最近、こうした異国人は珍しくはない。どこの国でも貿易が盛んになってきている。しかし、魔術などは技術的な部分に入り、公的な機関に申し出なければ技術提供は受けられない。
「その国からの商品がちょっと高くなってるんだよなぁ。何かあったのかねぇ」
「そうかもね。……はい、終わり。化のう止めと痛み止めを出しておくから、二日に一回は包帯を替えるように」
「はいよ。まさか油を自分の腕にかけるとは思わなくてな……」
「むしろよく無事だったね……」
食堂を営む男性に薬を渡して見送ると、次の患者が来る。
それでも昼過ぎに切りあげて家に戻ると、何故かナイツ・オブ・ラウンド第三席のフレドリックが食卓でみんなと食事をとっていた。最近ではあきらめたので、クラリッサとフィオナも彼が来ても隠れなくなっている。普通に食事をしていた。
「あ、お邪魔しています、ドクター。すみません、いただいていました」
「いや、別にいいけど……」
思ったよりなじんでいる。まあ、もともと寄せ集めの住人たちだけど。フレドリックが「ご夫君に誘われまして」と肩をすくめるフレドリックは、だいぶこの家になじんでいる。ミシェラは一緒に診療所に出ていたサイラスを顔を見合わせ、席について昼食を取った。
「それで、何の御用? サー・フレドリック」
「はい。陛下がお呼びです」
ゆっくりと紅茶を飲みながら尋ねるとそんな答えが返ってきた。いや、わかっていたけど。
そして、今回の場合は少し心当たりがある。ミシェラは顔をリンジーの方へ向けた。
「リンジー、一緒に来てくれない?」
「おや、心当たりがあるようだな。お前でも判断に困ることか?」
「私だから困るんだよ。まだ王族に籍があれば、「叩き出せ」って言えるんだけどね」
「なるほど。よろしい。しかし……」
そうなると、この家にサイラスとニコール、クラリッサとフィオナだけになる。前回の教訓があるので。
「……強力な人除けをかけていこうかな……」
と言うことになった。
宮殿に上ったミシェラは、国王である異母兄の前にいた。
「御久しゅうございます、陛下」
「久しいな、エイリー。というか、珍しいな、リンジー」
ひとまず挨拶をしたミシェラに答え、リチャードは珍しく宮殿を訪れたリンジーを見て少し驚いたようだ。リンジーが微笑む。
「たまには顔を見せねば、忘れられてしまう。ご機嫌麗しゅう、陛下。戴冠式の折、参列できずに申し訳ない」
眠っていたからだ。リチャードが鷹揚に手を振る。
「いや、気にするな。子供のころから見られているお前が参列していると思うと、できるものもできん。お前もエイリーも、昔から変わらんな……」
ミシェラはともかく、リンジーに至っては、リチャードが子供のころから外見が変わらないのだろう。ミシェラは『旧き友』だと発覚してから初めて彼に会ったが、王都近くに領地をもらい、当時宮殿に出入りしていたカイルの弟子であった彼は、ちょくちょくリチャードに会っていたらしい。リチャードが『旧き友』に造形深いのはそのせいだと思われた。
座るように促され、リンジーはソファに座ったが、ミシェラは備え付けのキッチンでお茶を入れた。リチャードがちゃっかりミルクティーがいい、と主張してきた。面倒くさいので全員ミルクティーにした。
「さて……最近、大陸中央の国の人間がアルビオンの魔術について聞いて回っているという話を聞いているか?」
「ああ……商家の患者さんから聞くよ。やっぱり問題になってんの?」
「いや、聞いて回られるだけなら別にかまわん。魔法技術の極秘事項については厳重に保護しているからな。しかし、直接魔術師に聞きに行かれてはたまらん」
「まあ、通常技術提携を行いたい場合は公的機関に申し出るものだからな。魔法の場合は、国際魔法協会か」
リンジーが首を傾げて言った。彼が生きている間に、この辺りの変遷があったはずだが、ちゃんと把握しているようだ。
「だが、ただ魔法技術が流出しそうになるだけで、ミシェラを呼ぶはずがないな」
魔法技術が流出しそうになっているのなら、それを止めるのは国の役目だ。ミシェラたちを呼ぶ意味が分からない。もちろん、リチャードも「違う」と言い切る。
「さすがにそんな問題でエイリーを呼ぼうとは思わない」
どうでもいいが、兄のような家族と会話をしていると、ミシェラを『エイリー』と王女の時の名で呼ぶので少し場が混乱する。いや、ミシェラはどちらで呼ばれても自分のことと理解できるが、リチャードは『エイリー』と呼ぶし、リンジーは『ミシェラ』と呼ぶ。混乱しないのだろうか。
まあそんな疑問はさておき。リチャードが話を続けた。
「私もいくつか報告書を読んだが……どうやら、不老長寿の魔法使い……『旧き友』について探っているようなんだ」
と、リチャードは報告書を差し出した。本来なら機密に位置するだろうが、自分たちの身に関わることなので、ミシェラたちも遠慮なく目を通した。そして、リチャードと同じ結論に至る。
「確かに、『旧き友』を探しているような気もするけど……でも、はっきりしたことは言えないね。『旧き友』は、確かに人数が減ってきているけど、どの地域でも名を変えて存在しているはずだ」
ミシェラが指摘した。だから、その大陸中央の国にも、何人か存在しているはずなのだ。
「……単純に『旧き友』を探しているのであればな。その国は確か、錬金術の盛んな地域だっただろう」
「あ、ああ」
思いのほか真剣な声音のリンジーに気圧されながら、リチャードがうなずいた。ミシェラが「ああ」と声を上げる。
「錬金術と言えば霊薬か……一年くらい前に、あったな」
エルドレッドの父ロバートに盛られていた霊薬のことである。あれを作ったのは、未登録の『旧き友』ニヒルであったが、そう言えば彼はアルビオンの人間なのか? 支配力を中心に魔法を展開していたが、霊薬を作れるのなら錬金術もかじっていたのだろう。中央の国にいたことがあっても不思議ではない。
「それはあれか。お前が首をかっ飛ばしたというやつか」
「お兄様、誰から聞いたの」
いや、否定はできないが……たぶん、兄に話すとしたらエルドレッドだろう。あの場にいて、国王に謁見できる機会があったのは彼くらいだ。もう一発くらい殴っておくべきだろうか。……やっぱりほっぺたをつねるくらいにしておこう。
「それはどうでもよい。彼を探しているのか、その知識が必要なのか、または別の目的があるのか……」
「なんにせよ、確認する必要がありそうだね」
リンジーとミシェラは目を見合わせた。
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一応最終章。