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68.リンジー・クラレンス

今日は久々のニコール視点。









 ニコールはいつもそうだが、お留守番である。今回はクラリッサとフィオナのお守も兼ねている。あと、体調のすぐれないエイミーの看病も、と言っても、エイミーの場合は半分悪阻なのでそっとしておくしかないが。


 さすがにニコールとサイラスだけでは不安だが、リンジーの使い魔ギャレットがいる。大きなオオカミであるギャレットはもふもふで、いると何となく安心する。

 クラリッサはおとなしく本を読んでいるし、フィオナはギャレットと遊んでいる。姉の方は年の割に落ち着いた少女で、妹の方は天真爛漫だ。二人とも、ミシェラと何となく顔立ちが似ていた。

 似ているのも当然で、彼女らはミシェラの姪である。元王女であるミシェラの姪であるということは、当然、彼女らも王族だった過去がある。だが、ニコールたちはあまり気にしないようにしていた。彼女らが王族を離れなければならなかった理由は理解できるし、表ざたにならない方がいい、と言うこともわかる。


「クララ、フィー。マドレーヌを焼いたのだけど、食べる?」

「食べる!」


 フィオナがすぐさま駆け寄ってきた。姉のクラリッサが魔術を学んでいるのに対し、フィオナは医学に興味があるらしい。さすがミシェラの姪。二人とも好奇心旺盛な上に聡明だ。

 クラリッサも本を置いて近づいてきた。そして、妹の足元にいるギャレットの首のあたりをもふもふとなでた。


 ……彼の主であるリンジーも、ミシェラも、ギャレットが女の子に撫でられるとうっとりしている、と言うが、ニコールにも最近それがわかってきていた。それでももふもふに逆らえずにニコールも抱き着いたりしているけど。


 三人でおしゃべりをしながらお茶をしていると、エイミーが起きてきた。


「ごめん、ニコール……おなかすいた」


 眠そうにしながらもエイミーが言った。ちなみに、ミシェラはエイミーに妊娠を伝える前にユージェニーを助けに飛び出して行ってしまった。

 ずっと眠っていたエイミーであるが、おなかがすいたのならそれはそれでよい。

「何なら食べられそう? ミルク粥? オートミール?」

「……オートミールがいいかな」

 ミルク粥は臭いが駄目なのかもしれない。今、リビングには紅茶とマドレーヌの甘い香りが漂っているが、それらは大丈夫そうだ。よかった。

 手早くオートミールを温める。エイミーが起きたとき用にあらかじめ仕込んでおいたのだ。エイミーが礼を言ってオートミールを受け取る。


「そう言えば、ミシェラとサイラスは? 診療所?」


 エイミーが尋ねた。フィオナが「違うよー」と答える。

「ミシェラはジェインを助けに行ったの」

「え、どういうこと?」

 フィオナの緊張感のない口調と言っている内容が結びつかないのだろう。エイミーがきょとんとした。クラリッサが妹の言葉を補足する。

「ジェインが誘拐されたのですって。公爵や王太子殿下と一緒に出て言ったわよ。ちなみに、サイラスは診療所にいるわ」

「ええっ。大変じゃないか。と言うか、殿下を連れて行っていいの?」

「わからないけど、いいんじゃない? ミシェラが一緒だし」

 ミシェラへの信用度が高すぎる。確かに、彼女なら自分の命を引き換えにしてでもジェイムズを守るだろう。そもそも、危なくなったら転移魔法で逃げるに違いない。そして、クラリッサがクールすぎる。

「みんな無事に帰ってくるといいわね」

 ニコールがそう言ったとき、ぴくりとギャレットが顔をあげた。


「どうかしたの、ギャレット」


 クラリッサが尋ねる。使い魔のオオカミはその眼光をさらに鋭くした。

「何か侵入してきたぞ。診療所の方からだ」

 相変わらず重低音のいい声でそんなことを言った。ニコールが立ち上がる。

「様子を見てきます」

「いや、待て。私が行く。お前はクララたちを連れてリンジーの部屋に行け」

「……わかったわ」

 ギャレットに指示されて、ニコールはフィオナの手を引いてエイミー、クラリッサと共に二階のリンジーが眠っている部屋に向かった。当たり前だが、リンジーはまだ目を覚まさずに眠っている。クラリッサとフィオナはベッドに腰掛け、エイミーは肘掛けのある椅子に座る。ニコールは彼女にひざ掛けを渡した。

「ニコール、ちょっと過保護じゃない?」

「あなたは過保護なくらいでいいのよ」

 腕のうろこがほぼ治っているニコールは今、魔術師としての訓練を受けている。自称魔術師としては二流なミシェラだが、それでも彼女は教師として優秀だ。


 しかし、魔術にも向き不向きがある。ニコールは水に関した魔術は得意だが、それ以外はほとんど何もできない。最近勉強を始めたクラリッサの方が魔法に関して進んでいるかもしれない。

「……ねえ、ニコール」

「何か上がってきてるわね」

 隣にやってきたクラリッサとそんな会話を交わす。出迎えようとニコールとクラリッサは身構えるが、その前に後ろから肩をつかまれた。

「ひっ」

「静かに」


 見ると、彼女の肩をつかんでいたのはリンジーだった……って、ちょっと待て。


「寝てたんじゃ!?」

「それはあとだ」

 リンジーはきっぱり言うと、はだしのまま床に降りた。寝巻のままの彼は、ノックもなく開かれた扉に目を向ける。顔を出したのは魔術師のようだった。

「――――……」

 短い呪文を唱え、リンジーは魔術を発動した。相手の魔術師も抵抗するが、寝起きとはいえ『旧き友ウィタ・アミカス』であるリンジーにはかなわない。すぐに倒れ伏した。


「この魔術師、半年くらい前にウィナンドで見たやつだわ。釈放されたのね」


 クラリッサが気絶した魔術師を眺めながら言った。リンジーが笑って「そうか」と答える。魔術師を踏みつけ、ギャレットが入ってくる。

「すまん。通してしまった」

「留守にしたミシェラが悪い。後で叱っておこう」

 そう言ってリンジーはギャレットを撫でる。ギャレットは全く驚いていない様子でリンジーに撫でられていた。使い魔だからだろうか。

「……いや、リンジーさん、目を覚ましたんですね」

 驚きが過ぎ去ってしまったので、落ち着いてニコールが尋ねた。リンジーが「うむ」とうなずく。

「ずいぶん寝ていた気もするが、お前たちを見るに半年くらいか。お嬢さんお二人は新しい住人かな。こんにちは」

「……こんにちは」

 マイペースなリンジーに、はきはきとしたクラリッサは戸惑い気味に答えた。


 とりあえず、魔術師を軍警察に引き渡し、下で伸びていたサイラスをたたき起こし、リンジーの起床に驚いている間にミシェラが帰ってきた。ちょうど、リンジーが身支度を整え終えたところだった。

「おお、お帰り」

「……目が覚めたんだ」

「そうだな。ミシェラ、対策を施したとはいえ、あまり家を空けるな」

「うぐ……っ。申し訳ありません」

 実際のところ、ミシェラはこれまで何度も家を空けている。これまで何もなかったのは運が良かっただけで、いつでもありえたかもしれない事態なのだ。

「それで、ジェインは助かったのか?」

「ああ……うん。エルやジムと一緒に家に帰した……あ、逃がした!」

 エイミーの件だろう。まあ、出発前に殴っているし、たぶんそのうち来るだろう。ユージェニーの方が片付けば。


「で、こっちは? 確かに私がかけた魔法は悪しきものを遠ざけるけど、人除けじゃないんだよな……」


 だからあの魔術師は入ってこられたのか。どうも、ミシェラではなくクラリッサに恨みがあった珍しいパターンで、診療所から侵入したらしい。クラリッサが言った通り、最近牢獄から出て来たばかりだったようだ。

 ミシェラの守護魔法は、この家を覆っており、悪しき者には近づけない。しかし、そうした悪いものでなければ入ることができるのだ。

「魔法を強化する……? でも診療所があるからな」

 その関係で、この家には悪しきものを遠ざける、という守護魔法がかけられているらしい。人間まで拒否したら営業ができない。


 やはり、ミシェラが家にいる方が安全なのだろう。まじめなのか、痴話喧嘩なのか迷うところである。


「まあ、解決したならいいじゃないですか。夕飯の用意、始めますね」

 適当に締めると、ミシェラが手伝うよ、とニコールについてきた。

 最近、彼女はこの家がミシェラのものだと忘れている気がした。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リンジーさん、ひさしぶりに起床。


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