67.ユージェニー・アーミテイジ
「と言うわけで、犯人はバジョット侯爵家のようだな」
ミシェラが提示した方法で、エルドレッドは無事に犯人らしき家を見つけ出した。ジェイムズもうなずく。
「ああ。バジョット侯爵は内務省に官職があるが、最近、落ち目だ。確かに私のところにも、娘を勧めに来た」
ちなみに、娘は十二歳である。六歳差なら、政略結婚としてありえなくはない。恋愛結婚としても、身近に十四歳差があるので不自然ではない、と言うことはできるだろう。
不自然ではないが、年齢を見ればユージェニーの方が釣り合う。バジョット侯爵令嬢はまだ子供だが、ユージェニーは成人している。身分も、ユージェニーは公爵家の出身。例え社交界にほとんど顔を出していなかったといっても、まだこの国で身分の差は大きい。
それでも、新しい変革の波に乗れなかった貴族は落ちぶれていく。家を維持できなくなって爵位を手放す貴族の話もちらほらと聞いた。
まあそれはともかくだ。バジョット侯爵は時期と手を出す相手が悪かったなぁとしか言いようがない。宮廷に出入りしても不自然さがない彼なら、ユージェニーをかどわかすのは簡単だっただろう。ユージェニーは今のところ、予知能力があるだけの女の子に過ぎない。
「と言うか、ジェインは予知能力でこの事態を回避できなかったのか?」
ジェイムズの問いに、ミシェラが答えた。
「予知能力っていうのは、その人の願望が混じってくることが多いからね。ジェインの力では、自分や家族の未来を見通せないはずだ。今では、ジムの未来も見られないかもしれないね」
「ふうん……近しいものの未来は見れない、と言うことか」
「正確には、見れても自分の願望が混じっている、と言うことだね」
うれしげににやりとするジェイムズに、ミシェラは突っ込んだ。
「……犯人はわかったが、屋敷にいると思うか?」
エルドレッドが話を元に戻す。ミシェラもさすがに考え込んだ。
「……お伺いを立ててみる? ジムがお忍びで出かけるとか。そもそも、バジョット侯爵は宮廷にいる?」
「いや、俺が出てきたときにはいなかったはずだ」
おやそうか、とミシェラは肩をすくめる。自分で誘拐したのなら、そのまま連れて行ったのだろう。目を放すのが怖い気持ちはわかるが、ミシェラなら他人の目をそらすために宮廷に残る。
「なら、そのまま自分の屋敷には帰らないだろうね。王都の郊外に別宅がなかった? 昔愛人が住んでいたところ」
「なんで詳しいんだ、お前」
そう言いながらもエルドレッドが確認に走る。昔、と言うのは十年以上前の話なので、ジェイムズにはわからないのだ。
「愛人がいたのか」
初耳、というようにジェイムズが言った。ミシェラはそうだね、と答える。
「十年くらい前は多かったよ。侯爵令嬢は正妻の娘さんのはずだけど」
たぶん。ミシェラが王籍を離れてからのことだから、詳しくは知らないけど。
「あったぞ。このあたりだ。侯爵が乗ったと思われる馬車がこちらへ向かった、という情報も入った。訪問するか?」
「そうだね……」
ミシェラは少し考えると、部屋の窓を開けた。ちなみに、ここはまだアーミテイジ公爵家だ。
「ヴィヴィアン」
ミシェラが呼びと、彼女の腕にイヌワシが停まった。使い魔のヴィヴィアンである。
「いいかい、ヴィヴィアン。偵察に行っておくれ。ジェインがいるか、確かめてくるんだよ」
ミシェラが窓から腕を差し出すと、ヴィヴィアンはすっと飛翔した。そうかからずに戻ってくるだろう。
「……いいな、使い魔」
「普通の魔術師には無理だよ」
稀に使役できる魔術師もいるが、『旧き友』クラスの魔力がないと、使い魔を持つのは難しい。うらやましそうなジェイムズに、「君は人を使っておきな」と返す。
ヴィヴィアンが戻ってくるまでの間に三人は乗り込む用意をする。その間に、ヴィヴィアンは戻ってきた。
「お帰り。どうだった?」
くちばしを撫で、ミシェラが尋ねると、ヴィヴィアンは小さく鳴いた。別にミシェラは鳴き声がわかるわけではなくて、接触感応能力でヴィヴィアンの訴えを理解している面が大きかった。
「いるみたいだよ、ジェイン。ただ、魔術師も一緒にいるようだ……気づかれているかも」
「な……っ!」
「早く行こう!」
焦る男たちに、ミシェラは落ち着き払って「待ちなよ」と止めた。
「エル、もう一度地図を見せて」
「こんな時に!」
「いいから」
ミシェラが言うと、エルドレッドはしぶしぶ地図を開いて見せた。ミシェラは別宅の位置を頭に叩き込むと、うなずいた。
「いいよ。行こうか」
待ってました、とばかりにうなずいた男二人の腕をつかみ、ミシェラは転移した。再び目を開けば、目の前にはカントリーハウス風の屋敷があった。
「……今のが転移魔法か? 確かに早いが、あまり多用したくはないな……」
そう言ったのは初体験のジェイムズだった。魔法酔いしたらしい。ミシェラは苦笑する。
「使わないなら、その方がいいよ。おっと、出てきたようだね」
馬車が一台出てきた。ジェイムズが駆け出す。その後ろをミシェラがついて行く。この二人はほぼ並走していたが、エルドレッドはかなり遅れてついてきた。
「失礼! 中を改めさせてくれ」
「は? はあ!? 王太子殿下!?」
強制的に馬車を停め、ドアを開いたジェイムズにバジョット侯爵が驚きの声を上げる。ミシェラも中をざっと見て。
「いないね」
「侯爵! ユージェニーをどこへやった!」
「わ、私は何も!」
明らかに心当たりがあります、という表情でバジョット侯爵が訴えるが、そんな彼をジェイムズが締め上げる。
「言え!」
「ジム、やめなさい」
ミシェラがジェイムズをバジョット侯爵から引き離す。青くなっていた公爵は軽く咳き込んだ。
「魔術師が一緒にいたんだろう。ジェインは彼が連れて行ったのだろうね」
ミシェラはバジョット侯爵のループタイを引っ張った。石のついたそれは、魔法道具の一種だった。それから情報を読み取り、ミシェラはやっと追いついてきたエルドレッドを振り返る。
「エル、侯爵を見ていて。ジムは一緒に来る?」
「行く」
ジェイムズは即決したが、エルドレッドは「待て」とミシェラの腕をつかんだ。
「お前たちだけで完結するな!」
「ジェインは魔術師と一緒なんだよ。早くしないと、いくら私でも追いつけなくなる」
ぱっと手を放された。ミシェラはジェイムズと共に走り出す。後ろから「速いな……」というエルドレッドのつぶやきが聞こえた。
別宅の裏から続く農道をゆっくりと進む荷馬車がいた。それほど大きくなく、藁を運んでいるようだった。
「あれか?」
「あれだね」
ミシェラの肯定を聞くと、ジェイムズは手元に魔法陣を編み上げた。それを容赦なく放つ。荷馬車に当たったので、ミシェラはあわてて荷台が崩れないように支えた。
御者をしていた男性がばっと振り返る。
「げっ! 『癒し手!』」
そんな魔術師を、ジェイムズが容赦なく殴りつけた。魔法は得意でも肉体的には強くない魔術師はそのまま気を失った。ミシェラはと言うと、藁の中からユージェニーを発掘していた。
「ジェイン。ジェイン」
頬をぺちぺちとたたくと、ユージェニーがゆっくりと目を開いた。ジェイムズも彼女の顔を覗き込み、「ジェイン!」と叫んだ。
「ミシェラ? 殿下?」
ユージェニーは二人の顔を見て不思議そうな表情をした後、すぐにはっとして身を起こした。
「そうだわ! 私、誘拐されて……!?」
「助けに来た。もう大丈夫だ」
ジェイムズに抱きしめられ、ユージェニーは泣きだした。公爵令嬢で予知能力がある以外は普通の少女であるので、怖かったのだろう。甘酸っぱいなあと思いながら、ミシェラは魔術師の方を起こした。
「ほら、起きろ」
がすっと蹴ると、魔術師が悲鳴を上げて眼を覚ました。
「なんで『癒し手』!? 『旧き友』は中立のはずだろ!」
「助けを求めるものに手を差し伸べるのも我々だ。今回は魔術師も関わってたみたいだし?」
「あ、いや、ちょっと予知能力がどんなものか、興味があって……」
自白した魔術師の鳩尾に拳をたたきこみ、再度気絶させる。後で軍警察に引き渡そう。
少し離れたところでは、若い恋人たちが感動の再会中だ。
そんな頃、王都のシャロン家でもひと騒動起こっていたことを、ミシェラたちは後から知ることになる。
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