66.ユージェニー・アーミテイジ
と言うわけで、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
と言うことで、第66話です。
ミシェラが往診から帰ってくると、来客があった。しかも二人。ジェイムズとエルドレッドだった。診療鞄を下ろしたミシェラは長身の男に向かって言う。
「とりあえず、殴っていい?」
「!?」
無表情で怒りを示したミシェラに、エルドレッドが慄く。表情を見るに、心当たりがあるようだ。それはそうだろう。
「ちょっと待て叔母上。公爵が何をやらかしたのか非常に気になるところではあるが、緊急事態だ」
ジェイムズが落ち着いて、しかし早口でそう言った。さしものミシェラも「どうしたの」と眉をひそめる。
「ジェインが行方不明だ。ありたいていに言うと、誘拐された」
エルドレッドの言葉に、ミシェラは数秒間をおいてから「はあ?」と言った。
「誘拐って、どこで?」
「王宮内だ。私に会いに来たところを狙われた」
ジェイムズが歯噛みする。宮殿内に入った記録はあるが、ジェイムズはユージェニーに会っておらず、彼女が宮殿から出たという記録もない。エルドレッドはユージェニーと共に宮殿に上ったが、内務省に用事があり、妹と別れた。
その後、ユージェニーを回収しにジェイムズの元へ向かったが、彼は妹に会っていないという。そこで、事態が発覚した。
「とりあえず、誘拐だろうということで王都から郊外へ向かう街道には検問をもうけてはいるが……」
ないよりはマシ、と言うところだろうか。ジェイムズもそれがわかっているらしく、すがるようにミシェラを見た。
「叔母上、頼む。力を貸してくれ」
「俺からも頼む」
エルドレッドも頭を下げた。ミシェラはエルドレッドへの怒りをひとまず置いておき、ユージェニー誘拐事件について考える。
この二人が総力を挙げて宮殿もアーミテイジ公爵家も、果てはハイアット城まで心当たりを探したが、見つけられなかった。
と言うことは、やはり誘拐された可能性が高いのだろう。ユージェニーが自ら消えるとは思えない。
さて。ここでミシェラが力を貸すのは簡単だ。しかし、『旧き友』というのは、中立を保つ必要がある。助けを請うものがいれば力を貸すのも『旧き友』ではあるが、この状況は非常に微妙なのだ。
助けを請う男が二人いる。二人とも、同じ内容だ。ミシェラも面倒を見た少女を助けてくれ、という内容。
ここまではいい。問題は、彼女がかどわかされた原因だ。大きく分けて、二つのパターンが考えられるのだ。
ユージェニーの家が関わっている場合と、彼女自身の能力が関わっている場合。
公爵家の出身で、王太子の婚約者で、珍しい予知能力を持つ彼女。ただのお家騒動であれば、ミシェラの介入は難しい。自身の家族が争った内戦ですら、彼女は参加できなかった。
あの時は、リンジーが助言してくれた。しかし、今、彼は眠っている。意見を聞くことはできない。ミシェラが決めなければならない。
手を打つなら早い方がいい。ミシェラは決断した。
「……エルかジムのところに、何か脅迫文とかは届いてる?」
エルドレッドとジェイムズは顔を見合わせた。二人とも首を左右に振る。
「一応、何か動きがあれば連絡するようにとは伝えてあるが」
「私も」
二人の初動が早く、まだ脅迫文が追い付いていないのかもしれない。そう、とミシェラはうなずいた。
「……つまり、手伝ってくれるということか?」
「そうだね」
エルドレッドの言葉にあっさりとうなずくと、男二人から歓声が上がった。
「よし。これですぐにジェインが見つかるな!」
「やるのはあんたらだよ。と言うかやっぱりお前は一発殴らせろ!」
ミシェラはツッコミを入れながらエルドレッドを本当に殴った。グーで殴ったが、左手だったし、手加減もした。
「師匠!」
「本気で殴っちゃだめって言いましたよね!」
おとなしく様子を見ていたはずのサイラスとニコールからツッコミが入った。サイラスとジェイムズがエルドレッドを支えて起こす。
「いきなり何なんだ」
殴られ、赤くなった頬をさすりながらエルドレッドが言った。自分で殴っておきながら、ミシェラはその頬に治癒術をかける。
「自分の心によく聞いてみな。さっき、心当たりはありますって顔してたでしょ」
「……」
エルドレッドはその整った顔をひきつらせた。ミシェラは笑ってその肩をたたく。
「ま、私も人のことは言えないからこれ以上は言わないけど、自分で何とかしなさいよ」
ニコールにもツッコまれているが、やっていることとしてはミシェラも人のことは言えないので、これ以上は何も言わない。エルドレッドもエイミーも、一応成人した大人だから。
「……何となく察しはついたけど、とにかく、ジェインを見つけてからにしよう」
一人冷静に、ジェイムズが言った。そうだね、とうなずきかけたミシェラであるが、はた、と思い出した。
「そうだ。クララとフィー!」
「あ、僕たちで見ておきますよ」
サイラスがしれっと言ったが、そう言うことではない。ミシェラはこれからこの家を空けるので、二人を保護する必要がある。ニコールとサイラスも心得ているので、むやみに家から出すようなことはしないだろうが、この家にはその四人と体調を崩したエイミー、眠ったままのリンジーだけになってしまう。
「……三分待って。リンジーを要に保護魔法を強化してくるから」
ミシェラはそう言って本当に三分きっかりで戻ってきた。エルドレッドとジェイムズは落ち着いて紅茶を飲んでいた。
「妹もしくは婚約者が誘拐されているのに、余裕だね」
さすがにツッコミを入れると、ジェイムズが悪びれなく言った。
「叔母上が協力してくれるならすぐに見つかると思って」
「さっきも言ったけど、やるのはあんたたちだからね」
あくまでミシェラは手伝うだけだ。家を出てから保護魔法をちらっと確認したが、うまく機能しているようだ。何事もなければいいけど。
脅迫状が来るとしたら、一番可能性が高いのはアーミテイジ公爵家だ。上から数えたほうが早いくらいの地位にある公爵家の娘を誘拐するなんて、思い切ったことをしたものだ。
「ああ、殿下、姫様、いらっしゃいませ。お帰りなさいませ、旦那様」
後回しにされたアーミテイジ公爵は不機嫌そうだったが、公爵家にやってきたジェイムズとミシェラは無駄に歓迎された。それにしても、『姫様』と言うの、何とかならないだろうか。たまに『将軍』と呼ばれることもあるが。
まあそれはともかくだ。アーミテイジ家の家令が差し出したのは、まさに脅迫状だった。中身を見れば、妹を無事に帰してほしければ王太子の婚約者の座から降りろ、と言うような内容が書かれていた。
「筆跡からはわからないな」
ジェイムズがしれっと恐ろしいことを言った気がするが、年長者二人はスルーした。こいつ、知っている筆跡ならわかるのか。手紙を書くときは気を付けよう。
「無地の封筒だし、封蝋もよくあるやつだな……ミシェラ、これから追えないのか」
「追えたら苦労しないねぇ。私、そう言うの苦手なんだよね」
とういうか、魔術全般勉強中である。早くリンジー、目を覚まさないかな……。
「ま、こういうのはそもそも対象者が絞られてるからね。一つずつ可能性をつぶして行けば、すぐに行きあたるよ。ジム。あなたと釣り合う年齢のご令嬢のいる伯爵家以上の家をすべてあげなさい」
ミシェラに無茶ぶりをされたジェイムズは顔をひきつらせたが、全ての家名をあげたのはさすがである。
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