65.シャロン家の人々
年が明け、寒かった冬が過ぎ、春が近づいてきた。ミシェラは見事な魔法式を組みあげたクラリッサを見て微笑んだ。
「すごいものだね。私より才能があるんじゃないか」
「こっちも必死なのよ。成果が出てくれないと困るわ」
と、クラリッサは冷静である。十三歳になった彼女は、勉強熱心だ。本気で独り立ちを考えているのだろう。また、四つ年下の妹も守らなければならない、と必死なのだろう。ミシェラが彼女らより長く生きるからと言って、いつまでも庇護下にいることはできない。
一方のフィオナであるが、彼女はサイラスに薬づくりを習っている。医学にも興味があるようだが、今は薬づくりが楽しいらしい。サイラスにとっても、人に教えるのは勉強になるので、教えさせている。もちろん、簡単なものだけだが。
ニコールもだいぶ魔術を覚えてきていた。彼女は水魔法と相性が良く、よって、ミシェラは教えづらい。エルドレッドやリンジーの魔法と系統が似ているのだ。繊細かつ緻密。ミシェラは計算高い魔術を使うが、彼らに比べてだいぶおおざっぱだ。クラリッサもこのタイプ。血はつながっているのだな、と思う瞬間だ。
「ね、私も転移魔法は使える?」
外で訓練をしていたので冷えた体を温めるためにジンジャーティーを飲みながら、クラリッサがミシェラに尋ねた。先日出た医学論文を読んでいたミシェラは視線を上げる。
「そうだねぇ……補助用の魔法道具を使えば可能かもしれないけど。転移魔法って使える人が限られているんだよ」
たぶん、クラリッサは何らかの事体で逃げる場合を想定しているのだと思う。彼女らの出自を考えれば、杞憂、と言うことは無いだろう。用心するに越したことは無い。
「ミシェラはバンバン使ってるじゃない。『旧き友』だから?」
「『旧き友』でも使えない人はいるよ。ジェンナは使えないし、リンジーも怪しいものだね」
ジェンナはモノづくりは得意だが、こういった魔法は苦手だ。リンジーは使えなくはないが、出現点に自分と強い因果のあるものがないとまっすぐに飛べない。内戦中、ミシェラが彼を呼ばなければ彼が転移できなかったのは、そう言う理由もある。
「魔術的な相性の問題だね。それに、一般魔術師で使い手が少ないのは、使用魔力が大きいから、と言うのもある。これは、魔法石とかで解消できるから……まあ、クララは私の血縁だし、もしかしたらできるかもしれないし、試すだけ試してみる?」
ミシェラが提案すると、クラリッサは驚いたように目を見開いた。ミシェラは「うん」とうなずく。
「これなら私も自信を持って教えられるし、やってみて損になることは無いでしょ」
と言うわけで、次から転移魔法の勉強をしてみることになった。
続いて、ミシェラはエイミーの様子を見に行った。この子は相変わらず季節の変わり目になると体調を崩すのだ。これでも、年中寝込んでいた時に比べればだいぶ丈夫になったのだが。
「本当は、もっと空気のいい田舎にいたほうがいいんだけどね」
ミシェラの魔法力が守護しているこの家にいるから、何とかなっている面はある。熱っぽい顔をした彼女は潤んだ瞳でミシェラを見た。
「……昨日、父上から手紙が来た」
「うん」
「エルドレッドから婚約の申し出があったって」
「そう」
「……受けようと思うけど、どう思うかって聞かれたんだ」
「そうだね」
やはり来たか。もう少し早く行動を起こすかと思ったが、妹ユージェニーの方が先に縁談がまとまってしまったので、そちらにかかりきりだったのかもしれない。
「ミシェラ、昔、エルドレッドと結婚するかもしれなかったんだろ」
「そうだね。私の父はそのつもりだっただろう」
ミシェラを手放したくなかったからだ。アルビオンの有力貴族であるアーミテイジ公爵家に嫁げば、国を出なくて済む。それくらいには、ミシェラの才能は手元に置きたいものだったのだろう。
ミシェラの方が一つ年上だが、年齢は釣り合う。少なくとも、エルドレッドとエイミーの十四歳差とか、ミシェラとリンジーの約六十歳差よりはマシなはずだ。いや、ミシェラたちを数に入れていいのかはちょっとわからないが。
ミシェラはエイミーの頭をそっとなでる。魔法で多少の癒しを与えながら、彼女は言った。
「エイミーが良く考えて決めな。人に相談したっていい。一生に関わることだからね。お前が何を選んでも、私も手伝ってやる」
「ん、ありがと」
エイミーはそっと微笑むと、そのまま目を閉じた。ミシェラは軽く彼女の肩をたたくと、立ち上がった。一階に降りると、ケーキを焼いているニコールを呼んだ。
「どうしたんですか? あ、一緒にケーキ作ります?」
「それもいいね……いや、ねえ。前にエルが来たのっていつだっけ」
「えっと……年が明けて帰領するまえに、寄って行きましたね」
「ああ……私が頼んだんだったね……」
一晩、ミシェラが家を空けることになったので、エルドレッドに留守番を頼んだのだ。リンジーがまだ目を覚まさないので、次善策である。
クラリッサとフィオナを置いているので、不安だったのだ。不安だったので頼んだのだが、別の懸案事項が出てきてしまった。
「その時だな……月数も合うし……あの野郎」
次に顔を出したらぶん殴る。エルドレッドは既に王都に戻ってきていて、王太子妃修行としてユージェニーもアーミテイジ公爵家に戻っていた。そのうち顔を出してくるだろう。
「エヴァレット伯爵になんていえばいいんだろう。あーあ」
「ミシェラさんでも悩むことあるんですね」
くすりとニコールが笑い、オーブンの中のケーキを見ながら言った。
「やっぱり妊娠してるんですね、エイミー」
「だろうね。私は産婦人科医ではないけど、可能性は高いよ」
エイミーの交友関係はせまい。誰が腹の子の父親か、すぐに見当がつく。エルドレッドしか考えられない。サイラスはニコールに気があるようなので、エイミーに手を出すようなことはしないだろう。
「まあでも、ミシェラさんも人のこと言えないんじゃないですか。夫婦じゃないって言いながら、リンジーさんと関係ありましたよね」
「ニコール……言うようになったね」
こんなに気の強い娘だっただろうか。周りに感化されたのか? その割には、ユージェニーは人見知りのままだが。
「でもまあ、ミシェラさんたちとエイミーたちでは立場が違いますもんねぇ。どうするんでしょうね……」
「押し切るしかないだろうな……」
ミシェラも元王族なので、婚姻前に関係を持ち、子供ができてしまった事例はいくつか知っている。部下の中にもそう言うやつがいたので、ぶん殴ったことがある。
うん。やっぱりエルドレッドは殴っておこう。
「殴ってもいい事案だとは思いますけど、ほどほどにしないとエルドレッドさんが死んじゃうと思います」
ニコールがまじめな表情で言った。本当に、言うようになった……だが、これくらいの方がミシェラは良いと思う。自分がずばずば言うからかもしれないが。
「あ、ケーキ、焼けましたよ」
オーブンからケーキを取り出し、ニコールは微笑む。今、キッチンを仕切っているのはニコールだ。今日は夕食をミシェラが作ろう。そう思った。
そんな時、事件は起こった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
おそらく、今年最後の投稿でしょうか。
皆様、よいお年を!