64.生誕祭
「兄上。わがままを聞いてくれて感謝する」
白いローブを羽織ったミシェラは、王である兄に向かって言った。ここは宮殿。すでに大ホールでは生誕祭のパーティーが始まっている。その控室で、異母兄妹は対面していた。
黒っぽい礼服を着たリチャード王はいかにも魔法使いな出で立ちの異母妹を見て眼を細めた。
「いや、お前の頼み事は珍しいからな。それに、『旧き友』が出席してくれれば私の治世に博が付く」
「兄上の治世って……立憲君主制に移行中のくせに」
ミシェラは思わずツッコミを入れた。まるで自身の絶対王政下であるかのような口ぶりだが、現在、アルビオンは緩やかに立憲君主制に移行中だ。政治は国王の手元を離れつつあり、そのうち、たとえ王族でも議会の決定に逆らえなくなるだろう。
議会制民主主義、と言うのだったか。先代王ヘンリー四世のころから続いている政治改革だ。急激な変化は禁物。緩やかな変化を行っている。ジェイムズも、その一端として幅広い知識を求めているのだろう。
「ああ、まあ、そうだな。だが、お前に借りを作れる魅力は捨てがたいな」
リチャードの言いように、さすがのミシェラも肩をすくめた。ナナカマドの杖を持ち直し、ミシェラは顔を隠すようにフードを深くかぶった。
「準備はよさそうだな。……ドレスでもよかったんじゃないか」
ちらりと異母妹を見て、リチャードは言った。白いローブの下には、ネイビーブルーのドレスを着ているが、それをさらすことは無いだろう。
「私が十六年前と同じ姿で現れたら、阿鼻叫喚だろうね」
「自分がやりすぎている自覚はあるのか」
みんなに似たようなことを言われて、さすがのミシェラも半眼で兄を睨んた。
気の置けない者同士のやり取りと見る者もいるだろう。そんな二人は、ともに会場に入場した。本来なら王妃がリチャードの隣に立っただろうが、王妃となるはずだった女性は、末の娘を生んだ時に亡くなっていた。ミシェラもその時、その場に居合わせていた。
いかにも魔法使いな格好をした人物と国王がともに入場してきたことで、かなりの注目を浴びた。元王女であるミシェラは、優雅に膝を折り、リチャードから少し離れた斜め後ろ辺りで控えることにした。占いでもできれば人々を楽しませることができたかもしれないが、ミシェラは残念ながらできない。占星術は少しわかるのだが。ユージェニーならもしかしたら、占いができるかもしれない。
そのユージェニーは兄のエルドレッドにくっついていた。人見知りが発動しているのか、長身の年の離れた兄にくっついておどおどしている姿は、男性たちの庇護欲を誘うらしい。
代わりに同世代の女性たちからは白い目で見られている。ミシェラくらい年が離れていれば可愛いなあくらいですむのだが、年が近いとあざとく見えるのだろう。人見知りがなければ気の利く娘ですむのだが。
隣に、未婚の公爵(兄)がいるのも女性の反感を買うのだろうなぁ、とミシェラは何となく感じていた。ミシェラも、男性から熱狂的な支持があったが、女性からは評判が悪かった。怖がられていた、とも言う。
さらに見渡せば、ニコールとその兄バーナードも見つけることができた。この二人はもともと社交的なので、身分が低く慣れていなくてもうまくやっているようだ。あ、ニコールがユージェニーの方へ向かって行った。
本来なら、公爵令嬢であるユージェニーから男爵令嬢たるニコールに声をかける必要がある。できるだろうか?
保護者のようなはらはらした気分でミシェラは二人を見守った。近づいたのはニコールからだったが、声をかけたのはユージェニーからだったのでほっとする。普段はミシェラも気にしないが、貴族社会は上下関係に厳しいのである。ニコールはユージェニーを妹のように見ているし、その逆も姉のように思っているだろう。
エルドレッドはニコールにユージェニーを預けて安心したのか、一人離れて宮廷官僚の元へ向かう。リチャードも場所を離れたので、ミシェラも少し場所を移動して壁際に身を寄せた。移動中にジェイムズがユージェニーに声をかけるのを目撃した。ダンスに誘っているようだ。ミシェラは少しひやりとする。
ミシェラもエルドレッドも、ユージェニーやエイミーには貴族のマナーを叩き込んではきたが、ユージェニーはダンスが苦手だ。今流れているのはゆったりとしたワルツなので大丈夫かもしれないが、基本的に彼女は運動神経がよろしくない。そもそも、兄エルドレッドも身体能力はそれほど高くないので、血筋なのかもしれない。
しかし、これでジェイムズとユージェニーの接点ができる。本当に婚約したいのであれば、進めやすくなるだろう。
さて。今宵は生誕祭だ。聖なる夜、とも言う。預かっている子たちのプレゼントも用意したが、それを開けるのは明日だ。フィオナはおとなしくしているだろうか。クラリッサもエイミーもサイラスもいるので、大丈夫だとは思うが。
「『癒し手』。退屈だろう。一曲いかがかな」
真顔でそんなことをのたまったのは国王リチャードだった。ずいぶんの間、ミシェラは一人ぼんやりしていたらしい。
「……あら、リチャード陛下。ご冗談がすぎますわ」
「……」
ミシェラの貴婦人風の口調にリチャードが微妙な表情になった。さすがに、衆人環視の中で敬語を抜くようなことはミシェラにもできない。
「わたくしに声をかけずとも、陛下と踊ってくださる方はいらっしゃるでしょう? メイフィールド公爵夫人とか」
キャロライナのことだ。ミシェラの同母の姉にあたる。リチャードにとっても異母妹だ。彼女もミシェラに気づいて手を振ってきていた。
「……いや、お前が来ることの方が珍しいからな」
「それはそうですね」
ミシェラはあっさりと納得し、リチャードにうなずいて見せた。
「いつまでも陛下がこちらにいらっしゃるのはどうかと思いますわ」
と、さりげなく自分の側から追い立てようとする。その時ふと、騒ぎが起こった。女性が一人倒れたらしい。ミシェラはすっと人を避けるように歩き、その場所へ向かう。
「どうぞわたくしに見せて下さらない?」
ミシェラは見えている口元に笑みを浮かべ、倒れた女性の夫に尋ねた。ミシェラが招待された魔術師『旧き友』であることが分かったのだろう。彼がうなずいたのを見て、ソファに座らせた女性を診察する。酒類は飲んでいないようだ。
ミシェラは女性の顔色を確認して、言った。
「申し訳ありません。わたくしは外科が専門ですので、はっきりとは言えないのですが、ご懐妊かもしれません。詳しい医師に診てもらった方がいいでしょう」
おめでたいという生誕祭であるが、さらにおめでたいという雰囲気に包まれた。若い夫婦は照れている。ミシェラはつぶやくように言う。
「生誕祭の家族に、幸多からんことを」
不意に背後からローブを引っ張られた。ユージェニーである。
「どうなさいましたか?」
「あ……ぅぅ」
口を開いたが言葉が出てこない。頬が赤くなった彼女を、ジェイムズが抱き寄せた。
「私たちの未来にも祝福をいただけますか」
「……」
ついに口説き落としたのか……ミシェラは自分の妹とも娘とも等しい少女が他人のものになるということに、とっさに言葉を返せなかった。
「……殿下。それは、まずは親御様におっしゃるべきではありませんか?」
この場合はジェイムズの父リチャード王、それに、ユージェニーの兄エルドレッドだ。まあ、リチャードは駄目だ、とは言わないだろう。身分にうるさい貴族たちも、アーミテイジ公爵家の令嬢であれば納得せざるを得ないだろう。若干社交性に問題がある気がするが、ユージェニーもやればできる子だ。
別に自分が何かをしたというわけでもないのに、妙に疲れたミシェラであった。
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