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63.エルドレッド・アーミテイジ













 生誕祭前日。さすがに診療所を閉めてごちそうを用意していたミシェラ宅に来客があった。いつも通り、ニコールが玄関を開けに行く。それから、すぐに戻ってきた。


「ミシェラさん。エルドレッドさんです」

「ん?」


 エルドレッドは勝手知ったるとばかりに家に入ってきていた。キッチンからリビングに入ったミシェラは呆れる。

「勝手に入ってくるな」

「いいだろ、別に」

 ぶすっと悪びれないエルドレッドに、ミシェラは眉を吊り上げた。

「何かあったの?」

 聞いてほしそうだったので尋ねると、エルドレッドは訴えてきた。

「周囲が結婚しろとうるさい」

「お前、自分の妹に縁談を持ってきておいて何を言っているんだ」

 ミシェラは本気で呆れて言った。


「自分がいくつかわかってんの? 三十越えてるんだからね」


 女の三十代未婚は完全な嫁き遅れだが、男の三十代独身もそろそろ危ない。周囲が結婚しろと言うのもうなずける話だ。

「違う。絶対に爵位を見てる」

 と、子供っぽい主張。ああ、女性に言い寄られているんだな、とミシェラは気づいた。もしくはその親。

 社交界シーズンは終了したが、この生誕祭の時期は宮殿でパーティーが開かれるので、王都に戻ってくる貴族も多い。エルドレッドもその一人だろう。秋が深まったころに、領地に帰ると言っていた気がする。その後、そのまま忘れていたけど。


「お兄様、領地に帰ったんじゃなかったっけ」


 お茶を出しながらユージェニーが首をかしげる。彼は「生誕祭のパーティーに参加するんだよ」と平然と答えた。やっぱり。

「お前も行くぞ」

「……え!? 私も!?」

 ユージェニーの瞳にじわじわと涙が浮かぶ。

「む、無理……」

 そう言えば最近忘れていたが、ユージェニーは人見知りであった。それを聞いて、あ、とニコールが声を上げる。

「そう言えば、あたしもお兄様から一緒に出席してくれないかって言われてるんでした」

「ほら、仲間がいたよ」

 と、ミシェラもユージェニーの背中をたたく。一度は社交界に出なければ、彼女の思い人であるジェイムズ王太子との公式な接点が作れない。王侯貴族って面倒くさい。

「う、うう……」

 ユージェニーがうなる。そんな彼女に、ミシェラは言った。

「君のお兄様、言い寄られて困ってるみたいだよ」

「行く」

「どういうことだそれは」

 エルドレッドは妹の変わり身に怪訝そうな表情をする。しかしまあ、そう言うことだ。

「ここにリンジーがいれば、一緒にからかってくれるのに」

「恐ろしいことを言うな……お前はいいな。リンジーがいるからな」

「まあ、私らの場合は人生が長いからね。同じ時を生きる相手とともにいる方が気楽だ」

 先に死んでいくものを好いても、いなくなったときに辛いだけだ。もう手遅れなような気もするけど。


「……お前が『旧き友ウィタ・アミカス』でなければ、俺はお前と結婚していたんだろうか」

「かもね。父上にはその気があったみたいだけど」


 しかし、可能性で終わった。ミシェラが『旧き友』として見いだされたからだ。ミシェラが見いだされたのは、かなり早い段階だ。

「リンジーなんかは結婚歴と離婚歴があるよ。七十年くらい前だけど」

「七十年って……おじい様の世代くらい?」

「ジェインはそうかもね。曾祖父くらいの世代かも。少なくとも、リンジーはエイミーの曽祖父の弟らしいから」

「え、そうなの?」

 エイミーが驚いてミシェラを見た。ミシェラもそうだが、リンジーも別に隠していないだろう。

「つまり、リンジーは私の大叔父ってこと?」

「そうなるね」

 たぶん。ミシェラが聞いた限りでは。少なくとも、エヴァレット伯爵家の出身であることには間違いなさそうだが。


「言われてみれば、顔立ちも何となく似てるもんね」


 ユージェニーが何とはなく言った。ミシェラもそこまでは気にしたことがなあかったが、確かに、きれい、としか表現しようのない顔立ちは、よく似ている。

「……そう言えば、エイミーは伯爵令嬢だったな」

 エルドレッドが気づいたように言った。彼の思惑を察したらしいサイラスとクラリッサがぎょっとした表情をしたので、とりあえずミシェラはツッコんだ。


「お前、それ犯罪じゃない? 十四歳差だよ」

「お前とリンジーは半世紀以上の開きがあるだろうが」

「……」


 駄目だ。反論できない。墓穴を掘った。しかもリンジーには結婚歴があるしね! 一般的な常識に照らし合わせたら、政略としてもかなりおかしい。

 対して、犯罪感はあるものの、エルドレッドとエイミーの十四歳差ならあり得ないわけではない。通常の時を生きる人間たちの感覚からすれば、そうなのだ。

「……まあ、ミシェラとリンジーさんの場合は、常識が当てはまらないからいいんじゃないの。見た目的には釣り合ってるし」

 しれっと言ったのはクラリッサだった。エルドレッドがぼそっと、「お前と似てるな」とミシェラにささやいた。

「……とにかく、そう言うのはエイミー本人じゃなくてエヴァレット伯爵家にいいなよ。お前のところなら、エイミーもそうそう体調を崩さずに過ごせるかもしれないしね」

 年齢差を取っ払って考えれば、エイミーの体調に考慮してくれる、良い縁談なのかもしれない。

「ねえ、保護者二人。勝手に人の行く末決めないでくれないかい。別にいいけど」

「いいのね……」

 ニコールが苦笑した。ユージェニーとジェイムズのこともそうだが、本人たちがいいのならそうすればいいのかもしれない。


「はあ……お前たちも、もうそんな年齢なんだね……」


 頬杖をついてミシェラは息を吐いて言った。クラリッサが「おばさんくさいわよ」とツッコミを入れてきた。

「いや、実際叔母さんだから……小さかったころを知っているわけだから、余計感慨深いよね」

 こういうのを、ミシェラは何度も見続けることになるのだろうか。『旧き友』は、長ければ三百年以上生きるし、短くとも二百年は生きるだろう。人生を三度ほど経験するに等しい。

「ふーん、それはいいけど、私もパーティーに行った方がいい?」

 エイミーのその口調は、他の二人とは違って行きたそうだった。体は弱いが、彼女は好奇心旺盛である。

「それはドクターストップだ。駄目」

「ええ~」

 エイミーが不満げな声を上げる。ユージェニーとニコールが来てほしそうにエイミーとミシェラを交互に眺めていた。

「お前が行くくらいなら、私が行くよ」

「ぜひ!」

 何故か、少女の声だけではなく成人男性の声も混じった。

「エル……お前ね」

 ため息をつくミシェラに、サイラスなどはすでに「行ってらっしゃい」と声をかけている。

「兄上に相談してみるかな……クララとフィーを置いて行かなければならないのが気になるけど」

「平気よ。ミシェラの保護魔法下にある限り、私たちは何ともないわ」

 クラリッサはやはり冷静に言った。最近魔法の勉強を始めたばかりなのだが、すでに概要をつかんでいた。ミシェラの力が、聖に属すると知っていて、その力が破魔と保護に長けることもわかっていた。自分たちからこの家を出て行かない限り、ミシェラの魔法が彼女らを守る。


「……一応、ヴィヴィアンとギャレットは置いて行こうかね」


 何故か雪だるま式に、生誕祭のパーティーへの出席者が増えていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


少しずれましたが、季節的にはちょうどよいクリスマス的な話。


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