61.グレン
「いやあ、何やらよくわかりませんが、ご協力ありがとうございます」
軍警察の偉い人にそんなことを言われて、ギャラガー伯爵を説得、もとい脅迫してきたミシェラは肩をすくめた。ギャラガー伯爵は、国から派遣された監察官に連れて行かれることになった。まあ、頑張れ。犯人はミシェラだけど。
何度も軍警察に礼を言われ、連れ去られた女の子たちも家族と再会を果たし、ミシェラもクラリッサたちと再会した。
「捕まったのね」
「まあね。素直に言うことを聞いてくれたよ」
ミシェラがしれっと言うと、クラリッサはじろりと彼女を睨みあげた。
「ミシェラ、昔、何したの?」
「まあ、いろいろと。昔は破天荒だったからね」
「今はまともみたいに言わないでよ」
クラリッサ、相変わらずの毒舌である。まあ、ミシェラの場合はまだ落ち着いてはいない気もする。
「というか、ばれるようにやっていたのが悪いよね」
「よりにもよってミシェラに見つかるなんて運悪すぎ。それくらいの人間なら、確かにこんなもんかもね」
まだ子供だが、彼女はしっかり者である。ミシェラが伯爵にしたことは、今から考えるとどう考えてもやり過ぎなので沈黙を貫いた。
「グレンも、クララを見ていてくれてありがとう」
「いやいや。俺たちもグールの出元に行って来たんだ」
「人の娘連れて何してくれんだ」
絵になればおそらく、ミシェラには怒りマークが浮かんでいただろう。ヴィヴィアンがついていたから平気だったとは思うが、そういう問題でもない。
「悪かったって、何も言わずに連れて行って。でも、無事だったからいいだろ」
「言ったら止めてたじゃない」
「そりゃそうだろ」
クラリッサにまで反論され、ミシェラは眉をひそめる。そんな危険なことはさせない。というか、クラリッサもよくグレンを信用したものだ。
「というか、姐さんが言ったんだろ。グールは本当ならもっと知能が高い。誰かが魔法をかけたんじゃないかって」
「……言ったけど」
それだけの手がかりで、グールの出元……つまり、グールに魔法をかけたと思われる魔術師のところに行ってきたというのだろうか。
「町のはずれに、違法魔法生物を大量に飼っている魔術師を見つけた。グールも一緒に住んでたっぽいが、逃げたんだろうなぁ。とりあえず、通報しといた。姐さん、そういうの逃がさないだろ」
「……否定はしないけど、よく見つけたね」
通報してきたということは、発見したが手は出してこなかったのだろう。ならセーフだろうか? だが、違法魔法生物を大量に飼育している、と言うのがわかっていることから、中は覗いたのだろうな……。
「うん。ヴィヴィアンが連れて行ってくれたわ」
クラリッサの声に、ミシェラは思わず彼女の肩に停まったヴィヴィアンを見た。ヴィヴィアンは小さく鳴き、クラリッサの頬にくちばしを擦り付けた。クラリッサがよしよし、とヴィヴィアンを撫でる。ミシェラもヴィヴィアンを撫でると、干し肉を与えた。
「ヴィヴィアン……あまりクララに危ないことをさせるなよ」
「姐さん、ちょっと過保護じゃね?」
グレンに突っ込まれ、ミシェラは思わず彼を蹴り飛ばした。十六歳のころの彼女を知っている者が見たなら、ああ、こいつこんなんだったな、と昔を懐かしむことだろう。
「そうよ! 私だっていろいろしたい!」
「……まあ、いろいろするのは大事だね。私も国中を旅したからね」
四年かけて。そして、魔法医と言う職に就くことを決めた。騎士から思い切った転換だ。
「へえ。つーか、姐さんっていくつ? ホントにクララちゃんのお母さんってことはねぇだろ」
「ミシェラが母親だったら、私、憤死する」
普通にひどい。まあ、母親と言う柄ではないのは確かだ。母親のように慕われているだけで、彼女はただの保護者だ。
「……叔母だよ、私は。預かってるんだ」
「だろうなあ。ま、わけありなんだろうけど首ツッコまないぜ、危ないからな」
グレンはそうやって傭兵業界を生き残ってきたのだろう。腕の良い傭兵と言うのは、そう言うところがあるのだ。
「ってことは、やっぱり姐さん、二十代半ばくらいか?」
「いや、三十越えてるけどね、私は」
「……年上なんだ……」
たぶん、童顔な二十代だと思ったのだろう。ミシェラは顔だけ見ると十代だと思われるが、いろいろなものを総合した結果、二十代半ばと思われることが多かった。
「クララの親だと言っても信じてもらえないのがね」
「顔は似てるんだけどね。不本意だけど」
と、クラリッサ。確かに、顔立ちは何となく似ているのだ。
「ま、グレン、協力ありがとう。クララも見ていてくれたしね」
そう言ってミシェラは契約料の残りを支払うために小切手を取り出した。その手をグレンがつかむ。
「おっと。姐さん、金はいい。代わりに、しばらく一緒にいさせてくれないか?」
「浮気だとか言われるから嫌」
「ミシェラ、気にするのね……」
気にするというか、面倒くさいから嫌だ。
「ええー、残念。姐さんと一緒なら、面白いことが起きそうなのに」
「うるさい。金を受け取って元の生活に戻りなさい」
「姐さん、警備員とか募集してないの?」
「してません」
ミシェラの言葉に、グレンは「ちぇっ」と舌打ちした。結局彼は小切手を受け取った。
「まあまた縁があったら声をかけてくれ。姐さんの為なら駆けつけるからな」
「そりゃどうも。世話になったね」
そこでグレンと別れ、ミシェラとクラリッサは目を見合わせた。
「……じゃあ、ウィナンドに帰ろうか」
「そうね……」
クラリッサもうなずいた。ミシェラよりも会ったばかりだったグレンに気を許しているようで、ちょっと悔しい。
ウィナンド城に戻ると、フィオナが満面の笑みで出迎えてくれた。グウェンも微笑んでいる。
「無事だとわかっておりましたが、何よりです。クララ様を危険な目には合わせていませんよね」
「一応ね」
グレンに預けたのは失敗だったかもしれない、と思ってもいるが、本人も結構楽しかったようなのでミシェラは深くは何も言わなかった。
「フィー様もお利口でしたよ。一緒にケーキを作りましたので、後で食べましょう」
「……グウェン、ミシェラよりも子育て上手かもよ」
クラリッサがささやいた。まあ、グウェンは世紀単位で生きてるからね、そうかもしれないね。ちなみに、グウェンとフィオナが一緒に作ったというケーキはシムネルケーキで、季節外れであるがおいしかった。
領地の魔法に関しては特に問題なかった。半年ほど前まで、リンジーがいたからだろう。ハイアット城もこのように維持すればいいのだろうか、と考えながらのアフターヌーンティー中に、フィオナは突然言った。
「お母様はもっと北にいるのかなぁ」
「フィー!」
反射的に怒ったのはクラリッサだ。彼女はミシェラに反発はするが、本当にしっかり者だ。
紅茶を一口飲んだミシェラは、フィオナに向かって口を開いた。
「そうだねぇ。フィーがもっと大きくなったら、会いに行くこともできるよ」
ミシェラが一緒だと嫌がるだろうけど。しかし、会いに行けるのは事実だ。
まだ八歳のフィオナは、庇護者であるミシェラの元を離れられない。しかし、学んで、力をつけて、年齢を重ねれば、彼女の母レイラのいる北の修道院に行くことができるかもしれない。選択肢を広げるために、彼女は今、学ぶ必要がある。クラリッサはそれがわかっている。ミシェラが気に食わなくても、彼女は自分より知識を持った人だと知っている。だから、学ぼうとする。
「うん。わかった! いっぱい勉強するね」
フィオナが納得してうなずいたので、クラリッサもまあいいか、と思ったようだ。あとでこっそりクラリッサがミシェラに言った。
「ミシェラ、はぐらかすのがうまいわね」
そんなセリフ、誰かにも言われたなあと思うミシェラである。そうして、領地での日々は過ぎていった。
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