60.ギャラガー伯爵
軍警察の駐屯所で、ミシェラは受付カウンターをたたいた。
「昨日、うちの娘がかどわかされそうになったの。聞けば、ここ最近、小さな子が姿を消す事件が多発しているそうじゃない。何の対策も取らないで、どういうつもり!?」
ミシェラの剣幕に受付にいた軍警官はびくっとおびえた表情をした。かわいそうな気もするが、ここはミシェラが怒らなければ意味がないのだ。普通、娘が誘拐されそうになって落ち着いている母親は少ない。
少々お待ちください、と言って奥に入って行った受付の軍警官は上司らしい軍警官を連れて戻ってきた。
「申し訳ありません、奥様!」
ミシェラが怒っていると聞いてきたのだろう。まず、その軍警官はミシェラに向かって謝った。ミシェラは腕を組んで言う。
「たまたまこの方が助けてくれたからよかったものの、連れ去られていたらどうしてくれるのよ!」
と、示されたのはグレンだ。ミシェラの無茶苦茶な主張に、グレンは苦笑している。
昨日のうちに、グレンはギャラガー伯爵の屋敷に監禁されていた少女を一人、外に逃がした。ついでに、伯爵との契約も切ってきたのだという。自分が依頼されたのは伯爵の護衛であって、誘拐の手伝いではない、と。
代わりにミシェラの依頼を受け、遂行してくれたのだ。その理由がいまいち納得いかないような気もするが、彼はやってくれたので、こちらもやらなければ。
「お、落ち着いてください、奥様! その件については、一応の決着を見せております」
「どういうこと」
ミシェラが眉をひそめる。ミシェラは大人びて見えるよう化粧をしているとはいえ、せいぜい二十歳過ぎにしか見えない。その年でクラリッサほどの年齢の子供がいるようには見えないだろうに、軍警官はミシェラを「奥様」と呼んだ。驚異的な童顔だとでも思っているのかもしれない。いや、若作りか?
「と、とりあえず、奥様、こちらへ……」
軍警官が応接間に案内し、ミシェラたちにお茶を出した。グレンはソファに座ったミシェラとクラリッサの背後に立っている。
「……あの、旦那様はあのままでよろしいので?」
軍警官に示されたのはグレンだ。二十代後半に見える彼は、ミシェラの夫だと思われたようだ。
「彼は夫ではないわ。この方がこの方がいいそうなので、お気になさらず」
しれっとミシェラは言った。軍警官は戸惑いながらもミシェラに従うことにしたようだ。怒っている相手に逆らわない方がよいと思ったのだろう。
「この度はお嬢さんに怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「それはもういいわ。もう解決したって、どういうことかしら」
ミシェラがすごむと、軍警官はびくっとした。クラリッサが「手加減してあげれば」と言うような表情でミシェラを見たが、何も言わなかった。口を開くとややこしいことになるとわかっているのだ。
「いえ……出没は確認されていたのですが、今まで幼い子供たちを襲っていたのはグールだったのですが……昨日、何者かに首を斬られているのが発見されまして」
言うまでもなく、下手人はミシェラである。面倒なので、手を下したのはグレンだということにしてしまったが。彼は今、凄腕の旅の傭兵と言うことになっている。
「ああ、それ、俺です。すみません。その後に、この子が連れて行かれそうになっているのを見たので、放置しちゃいました」
うっかり、とばかりにグレンは言った。時系列が前後しているが、グールを放置したのは誘拐の現場を放っておけなかったからだ、と言うことにした方が少なくとも外聞は良い。実際はどうしようもなくて放置したのだけど。
「え、その話、詳しく……」
軍警官の視線がグレンにそれたので、ミシェラはとんとん、とテーブルをたたいた。カウンターでやったようにたたかなかったのは、紅茶がこぼれるからだ。
「それ、後でいいわよね? つまり、娘が攫われそうになったのはグールとは関係がないということよね。何か隠してない?」
ミシェラは押す。やっぱりクラリッサが「手加減してやりなよ……」という目で見ている。何も言わないけど。グレンに関しては、背を向けているのでわからない。
ミシェラ、睨む。軍警官、ひるむが口を割らない。さらにミシェラ、睨む。
そこに、年若い軍警官が入ってきて、ミシェラと対峙している上官に何事かささやいた。そのまま若い軍警官は出ていく。
「……失礼ですが、奥様。お名前をお伺いしても?」
「ミシェラ・フランセス・シャロン」
ミシェラが本名を名乗ることはもうないが、この名はよく使っている。ちなみに、領地関係でリンジーが名乗るときは、リンジー・クラレンス・シャロンを名乗っているらしい。
「失礼いたしました。お隣のご領主の奥方様ですね」
「そうだったらなんだというの」
わざと挑発するような口ぶりで話したが、ミシェラが隣の領地の主(の関係者)だとわかると、軍警官の態度が替わった。
「奥様とは知らず、失礼いたしました……実は、この地の領主であるギャラガー伯爵が、その、誘拐を働いていたらしく……」
昨日、一人の少女が逃げ出してきて伯爵の行いを訴えた。もともと伯爵には怪しい噂があったので、これは本当なのではないか、と言うことになった。グールが活動しているのをいいことに、裏で幼い少女を誘拐していたのではないか?
そんな推測がなされても不思議ではない生活態度なのだそうだ。ミシェラは十六年前の彼を思いだそうとしたが、無理だった。当時はまだ伯爵子息で、ジェネラル・エイリーンとも面識があるはずだが、記憶にない。
それはともかく、ギャラガー伯爵は白を切り続けているそうだ。そうなると、軍警察としては手を上げるしかない。そこに怒鳴り込んできたのが、隣の領主(の奥方)ミシェラだ。もうこの際、領主の妻だと思われていることは置いておく。
ウィナンドの領主は領主であるが、貴族ではない。しかし、王領地を統治するウィナンド領主は、王家とつながりがあった。軍警察はここに目を付けたのだ。もちろん、ミシェラも初めからそれを狙っている。
そして、ミシェラは軍警察と共にギャラガー伯爵の屋敷にいた。クラリッサのことはグレンに預けている。二人きりでは心配なので、一応ヴィヴィアンを招喚した。
はっきり言って、ギャラガー伯爵家は悪趣味だった。あまりこだわらないミシェラが思うのだから、相当である。
隣の領主が一緒だと聞いて、さすがに門を開かないわけにはいかなかったのだろう。ギャラガー伯爵は応接間でミシェラと軍警官二人を出迎えた。
「私がこんな雑事に付き合わねばならない理由を説明してくれるのだろうな」
ギャラガー伯爵が言った。軍警官を鼻で笑った彼だが、続いてミシェラに視線を移し、何故か二度見した。ミシェラも思い出した。
「ああ……あの時の変態」
ぽん、と手をたたいた。ミシェラがまだ王女だったころ、王家主催の夜会で十代前半の少女のお手洗いをのぞこうとしていた変態だ。華やかな場所に飽きて庭に出たところをミシェラが発見した。彼女に発見されたのが運のつきである。
「勘当されてなかったんだ」
そっちにビックリである。ギャラガー伯爵は震える声で言った。
「ジェ、ジェネラル……!」
みなまで言う前にミシェラはギャラガー伯爵に肉薄した。軍警官が驚いて「奥様!」と叫ぶ。ミシェラは伯爵の胸ぐらをつかみあげると、目を細め、笑みを浮かべて言った。
「お前、その名前を呼んでみろ。明日には社会的にも生物的にも生きていないと思え」
「わ、わかり、ました」
「今からお前を軍警察に突き出す。自分の変態行為を白状しな」
結局社会的に終了しているが、生物的には終了していないのでいいだろうと思うことにする。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
モンスタークライアントのミシェラ。変態が書けない。