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6.ニコール・ローガン










「あら、やっぱりずれたわね」


 そんな声が聞こえて眼を開くと、ニコールはきょろきょろと周囲を見渡した。先ほどまでローガン男爵家にいたはずなのに、今は全く別の場所にいるのである。きょろきょろと見渡すと、エルドレッドの家が見えた。


「え……転移魔法?」


 知識としては知っていたが、実際に経験したのは初めてだ。転移魔法はその意味のまま、ある場所から別の場所へ瞬間的に移動する魔法だ。座標計算など、魔法式が複雑であり、さらに膨大な魔力が必要であるので使える魔術師は少ないと言う。


「そうだね。ちょっと人数が多かったから出現点がずれちゃったけど」


 ミシェラはそういうとエルドレッドの家に向かって走って行った。


「おい、待て!」


 これが速いのである。エルドレッドが叫ぶが、彼女は無視して家の扉を勝手に開ける。エルドレッドも走って行ったので、ニコールは荷物を持ってそれに続いた。ちなみに、家に到着する前にエルドレッドには追いついた。

「ミシェラ!」

 エルドレッドが叫びながら玄関から中に入る。ニコールもすぐに続いた。中では、ジェインが泣きじゃくっていた。

「ほら、大丈夫だ。落ち着いて息を吐け」

 ソファでミシェラがプラチナブロンドの女性を抱きしめて背中をさすっていた。ジェインはエルドレッドにしがみつくようにしながら半泣きで様子を見守っていて、ニコールは何となく居心地が悪い。とりあえず玄関扉は締めた。

 その間に女性の荒かった呼吸は落ち着いてきて、ミシェラがとんとん、と背中をたたいた。


「良くなっただろう? 安心してお眠り」


 ミシェラは呼吸の落ち着いた女性をソファに寝かせる。クッションを背中の下に敷いて、座っているような体勢だ。

「横にした方がいいんじゃないか」

「この方が呼吸しやすいのよ。これでも医師だからね。信じな」

 ジェインが女性にブランケットをかけた。目を閉じていてもかなりの美人だとわかる。ニコールと同じくらいか、少し年下くらいだろうか。

「ジェインもびっくりしたわね。もう大丈夫よ」

「……うん。ちゃんと対処法を教わってたのに……」

「ああ、一度で冷静に判断出来たらびっくりするね」

 と、ミシェラはエルドレッドにくっついているジェインの頭を撫でた。彼女は少し嬉しそうに笑う。

「次はちゃんとする」

「お前ならできるよ」

 ミシェラの言葉にうなずいたジェインは、ニコールに目をやった。首をかしげる。

「えっと、お兄様のお客様よね?」

「ああ、いろいろあって、しばらく預かることになった。仲良くしろよ、ジェイン」

「……うん」

 ジェインはうなずいたが、人見知りなのかエルドレッドの後ろに半分隠れた。ニコールはその可愛らしい姿に微笑む。


「改めまして、よろしくお願いします。ニコール・ローガンです。お世話になります、ジェイン」

「ほら、お前も自己紹介」


 エルドレッドにつつかれて、ジェインが少し前に出た。


「……ユージェニー・アーミテイジです……みんな、ジェインって呼ぶので、そう呼んでもらえれば」

「わかったわ」


 勝手にそう呼ばれていたのでそう呼んでいたのだが、本人から言いだしてくれたのでニコールは返事をした。エルドレッドが「妹だ」とユージェニーの頭を撫でる。

「今十六歳か?」

「うん」

 結構年が離れている。十五歳差なので、親子と言うほどではないけれど。顔立ちは似ているので、同母の兄妹なのだろうと思う。


「ちなみに、そこで寝ているのはお前と同じでうちで預かっているエイミー・エヴァレットだ。体が弱くて、ここで静養している。ミシェラは主治医だ」


 なるほど。それでニコールが依頼に来たとき、ミシェラはこの家にいたのか。

「部屋はいくらでも余っているから、好きなところを使え。詳しいことはジェインに聞けばだいたいわかる」

「エルは社会不適合者なの」

 つまり、家事を妹に丸投げしているらしい。まあ、炊事ができないと言う男性は多いし、もっといえば貴族の女性などは絶対に出来ない。

「うるさい。お前はいつまでいるんだ」

 エルドレッドが指摘してきたミシェラに向かって言う。すると、彼女は真剣な表情で「それなんだけど」と言う。

「私も一晩泊めてくれない」

「お前は帰れ」

 即答だった。エルドレッド、容赦がない。だが、ミシェラは言った。


「いや、別に楽しそうだから言っているわけではなく、エイミーの容体が気になるからだよ」

「……悪いのか」


 エルドレッドが眉をひそめて尋ねた。ミシェラは首を左右に振る。


「今回のは過呼吸よ。だけど、この子はその後に発作を起こすことが何度かあったでしょ。私がここにいる以上、容体を確認してから帰ることにするわ」


 と、主治医の主張である。そう言われるとエルドレッドもうなずかざるを得ない。

「……わかった。だが、王都の方はいいのか?」

「もうしばらく不在にしてるからね。あと一日くらい延びたって変わらないわ」

 そう、かもしれない。そうなのか? どうなのだろう。医師の不在は結構大きいのではなかろうか。

 まあ、医師本人がそういうのであれば、いいのだろう。

「わかった。頼む」

 エルドレッドがそう答えると、ユージェニーは喜びの声をあげた。


「やったぁ。ミシェラ! ミシェラのミートパイが食べたい」

「はいはい。じゃあ、買い物に行こうか」

「行く!」


 懐いてくる娘をあしらう母親のようだ。見た目、そんなに年が離れているように見えないけど。

「部屋を整えてから、ニコールも一緒に行こうか。足りないものとか、あるでしょう」

「あ。はい」

 ニコールは自分にも声をかけられちょっと驚いた。ミシェラはどう? と首をかしげて尋ねてくる。

「そう、ですね。よろしければ同行させてください」

 と言うわけで、ニコールの同行も決まった。まあ、荷物持ちくらいにはなるだろう。エルドレッドは留守番だ。

「何かあったら、伝聞魔法を飛ばすのよ」

「わかってる。早く行け」

 エルドレッドが追い払うような手振りを見せた。ミシェラは笑って娘二人を連れて近くの街に買い物に出かけた。


 エルドレッドの家は街の中心から少し外れているが、遠く離れているわけではない。十分徒歩で行ける距離だった。そこで食料品やニコールが必要とする消耗品などを買い、戻ると眠っていたエイミーが起きていた。開かれたその眼は、鮮やかな空色をしていた。そして、眠っていてもわかったがとんでもない美人である。


「やあ。先ほどは初対面で失礼したね。私はエイミー・エヴァレット。君の同居人になるね。よろしく頼むよ」


 颯爽とした、男性のような語り口だった。ニコールは戸惑いながらも名乗り、エイミーと握手をした。


「これからよろしくね、ニコール」


 なんというか、美人と言うより格好いいと言った方がしっくりくる人だった。背も高いし、男性だったら惚れていたかもしれない。いや、女性でも格好いいけど。ちなみに、年はニコールより三つ下の十七歳であるらしい。

 ミシェラは料理上手だった。おそらく、彼女も貴族家の出身と思われるのだが、何故肉をさばいたりできるのかと言うと。


「実は昔、従軍したことがあるのよねぇ」


 とのことだった。エルドレッドが何か言いたそうにしていたが、結局沈黙を貫いた。娘たち三人はミシェラを手伝ったが、エルドレッドは妹とミシェラどころかエイミーからも戦力外通告をなされ、おとなしく食卓に座っていた。ミシェラの作ったミートパイは絶品であった。

「ねえミシェラ。明日の朝はふわふわのチーズオムレツをお願い」

 ちゃっかり、エイミーもお願いしていた。ミシェラは「はいはい」と気楽に答えている。明日の朝食はオムレツのようだ。


 翌日の朝食の後、ミシェラはエイミーを診察し、問題なしとして王都に帰っていった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ニコールの話はここまでです。


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