59.グレン
「が、頑張って」
クラリッサから応援されることになるとは。男は何者なのだろうか。暗殺者にしては堂々としている。傭兵だろうか。
身体能力的に、ミシェラはかなり強い方に入るが、体格的にはどちらかと言うと小柄で華奢だ。長身の男とは、どうしてもリーチに差がある。懐に飛び込む必要があるが、とらわれて寝技をかけられたらミシェラには抜けられないだろう。魔法を併用して互角に戦っている。
ミシェラは男の鳩尾に蹴りを入れようと足を振りぬく。絶対にろっ骨が折れたはずだが、男はひるみもしない。こういうタイプは面倒だ。
関節を極めてやりたいが、そううまくも行かない。剣があればまた違うが、素手だと体格の不利がもろに現れる。
男の蹴りを腕で受け流すように受けたが、重い蹴りだ。腕がしびれる。彼女は空間に剣を一本仕舞っているが、取り出す暇もなかった。
「きゃあっ」
悲鳴が上がった。クラリッサの声だ。ミシェラは反射的に振り返り、クラリッサが捕まっているのを見ると駆け出した。ためらいもせず、クラリッサを捕まえている生き物に蹴りを放った。
「すげえ」
ためらいなくその生物を蹴りつけたミシェラに、先ほどまで彼女と戦っていた男は感嘆の声を上げる。
「グールか。珍しいな」
クラリッサを取り戻したミシェラは震える彼女を抱きしめながらつぶやいた。人間に化けていたのだろうが、今は醜い顔をさらしている。体格は人間に近い。
蹴りを入れられたことで、グールはミシェラを敵認定したようだ。襲い掛かってくる。グールは鉄に弱いと言われるが、ミシェラの剣はどうだろう。ただの鉄ではないのだが。しかし。
「私の力は、リビングデッドのお前たちには毒だろう」
ミシェラの破魔の力は、少なからず彼らに影響を与えるはずだ。しゃむに襲い掛かってくるグールを蹴り飛ばし、一閃の元、切り捨てる。首の落ちたグールをまともに見てしまったらしいクラリッサが「ひいっ」と悲鳴をあげた。
しかし、彼女は気丈だった。グールの首を落としたミシェラに駆け寄る。ミシェラも彼女を引き寄せ、後ろにかばうと先ほどまで戦っていた男に剣を向けた。
「ちょ、待って! 降参!」
男は両手をあげてそう叫んだ。ミシェラが「はあ?」と思わず声に出す。クラリッサもミシェラの影に隠れながら男を睨んでいる。
「いや、姐さん強すぎだ。剣なんかもたれたら俺に勝ち目なんてねぇよ」
「……」
ミシェラが見るところ、この男も十分強い。だが、本人が自覚する通り、ミシェラが剣を持てば、彼女に軍配が上がるだろう。体格差のハンデが解消されるからだ。
ひとまず剣は下ろしたが、鞘には納めなかった。クラリッサがミシェラを見上げてから、グールを見た。
「……こいつは死んでる?」
「死んでるよ。一般的に魔物と呼ばれるものは、私と相性が悪いからね」
一閃のうちに浄化されただろう。グールは一撃で殺すことができるが、とどめを刺そうともう一度斬ると、傷が妙な感じでふさがって復活することがある。なので、この状態で置いておいた方がいいだろう。
「だけど、妙ではあるね。グールは知能が高いはずだが……」
こんなに単調に動く魔物ではない。ミシェラが顔をしかめると、男がふっと笑う気配がした。ミシェラは男の胸ぐらをつかみあげた。
「知っていることをすべて言え」
「契約主を裏切るようなことは言えないな」
男はニヤッと笑って顔をそむけた。ミシェラは口元を引きつらせる。
「そうか。じゃあ、答えなくてもいい。私が勝手に『視る』から」
「え、ちょ、姐さん開心術でも使えるの? 待って待って! 言うから!」
「……」
反応がいちいち大仰である。怒ってもいいだろうか。
「俺はギャラガー伯爵に雇われた傭兵だ。伯爵にとって都合の悪い相手を消すように命じられている。例えば姐さんとか」
「つまり、伯爵は人に知られるとまずいことがあるということか」
「ああ。あのおっさん、幼女趣味なんだよ」
「……」
クラリッサがぶるりと震えた。大人びているとはいえ、自分がまだその趣味の範疇に入るとわかっているのだろう。確かに恐怖だ。
「自分好みの女の子を攫ってきてるんだよ。グールが子供を食べてるってことで、自分の行為が隠されると思ったんだろうな。まったく、馬鹿だよな」
男は容赦がない。だからこそ、気になった。
「そんな相手の命令を、何故お前は聞くの」
「何故? まあ、報酬が破格だったからな」
「……いくら?」
ミシェラが尋ねると、男は待ってました、とばかりに答えた。その金額を聞いてミシェラは顔をゆがめる。男が言うように、破格の報酬だった。一傭兵に払う金額ではない。
「……わかった。その倍払う。私に鞍替えする気はない?」
「待ってたぜ、姐さん!」
はい、とも言わずに男はミシェラに使われることを了承した。
「え、いいの? 信用できる?」
クラリッサが驚いたようにミシェラを見上げた。ミシェラより早く、男が答えた。
「俺みたいなのは、自分より上だと認めた相手には尽くすんだよ。どうせなら、そう言う相手に使われたい。逆らうなんてもってのほかだ。お嬢さんとこの姐さん、強い上に頭もいいだろ」
「……否定はしないけど」
クラリッサはまだ不審げだが、ミシェラは苦笑して男に尋ねた。
「ところでお前、名前は?」
「グレンだ。グレン・シートン」
「それ、本名?」
「いいや? ま、名前なんて呼び分けるのに不都合がなければいいだろ。姐さんの知り合いに同じ名前がいるんなら、変えるが」
あっさりとした男改めグレンの言葉に、ミシェラは首を左右に振る。
「いや、構わん。私も本名ではないからね。私はミシェラ・フランセス・シャロン。魔法医なんてものをやっている。この子はクララ」
「……姐さん、魔法医なんて言葉で片付けられる強さじゃなくないか?」
「余計なお世話だ」
確かにミシェラが魔法医と言い張るには少々強すぎるが、嘘は言っていない。本当のことを言っていないだけで。
「ひとまず、ロリコン伯爵をしょっ引こうか」
「……ロリコンって犯罪なのかしら」
「いや、ロリコン事体ではしょっ引けいないね。だけど、少女をかどわかしているのであれば、立派な誘拐教唆だ」
「……さすがに詳しいのね」
クラリッサが言った。グレンは楽しげに二人を眺めている。
「で、姐さん。俺はどうすればいい?」
「そうだね……女の子って何人捕まってるの?」
「俺が把握してるだけで五人かな」
思ったより多いのだが。ミシェラは顔をしかめると言った。
「……一人を逃がすことはできる? それから、私と一緒に軍警察に言ってもらう」
「突き出すの?」
さすがにそれはどうなの、とばかりにクラリッサが目を見開いた。ミシェラは目を細める。
「いや、さすがに私もそこまで鬼ではないよ。彼は目撃者だ。証言者になってもらう。クララは被害者役だから、覚悟しておきなよ」
「……」
クラリッサが嫌そうな顔をしたが、口ではそうは言わなかった。
「じゃあ、グレンもよろしく」
ミシェラは前金代わりに自分のネックレスを彼に渡した。それほど高いものではないが、例によってミシェラの魔力が移っているのでそれなりの価値はあるだろう。
「さて、私たちは宿に行こうか」
ミシェラはクラリッサを連れて宿に向かう。グウェンには明日帰ると言ってあるので大丈夫だろう。
そう言えば、グレンとグウェンは発音が似ているな、と思ったが、そこに言及する前に、初めて民衆が泊まるような場所に行くクラリッサが緊張気味だったので、そちらのフォローに入ることにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。