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58.クラリッサ










 翌日、ミシェラはクラリッサを連れて隣の領地に来ていた。二人とも動きやすい恰好をしている。ミシェラはスラックスに編み上げブーツ、ロングコート。クラリッサはワンピースであるが、ミドル丈でポンチョを羽織っている。足元はミシェラと同じく編み上げブーツだ。

 何となく旅行者っぽい。歩き回っても不自然ではない、と思う。


「……こっちの街はにぎわってるわね」

「そうだね。ウィナンドは魔法地であることを重要としているから」


 だから、あまり開発を行っていない。観光地ではあるが、自然を重要視しているのだ。逆に、この街は王都に追随するように発展してきている。クラリッサ曰く、「ギャラガー伯爵は派手好み」なのだそうだ。

「あんまり人がいないわね」

「まあ、人食いの魔物が出るとなればねぇ」

 必ず勝てる自信があるミシェラのような人間でなければ、外に出ようとは思わないだろう。

「ミシェラ。小さい子を食べる魔物って何?」

「民間伝承ではブギーマンとか。……でも、今回は人間に擬態している気がするね」

「人間に擬態……?」

 クラリッサは考え込んだ。彼女は王都のミシェラの家にある本を読み漁り、知識を蓄えているが、まだ魔法関係は網羅できていないようだ。それにしても、頭のいい少女である。

 そう言うと、「ミシェラは十三歳で初陣だったんでしょ」と頬を膨らませて彼女は言った。そう言われると、確かにそうだ。

「オーガのようなものだろうかね」

 有名どころと言えばこんなところだろうか。魔物には人間を食べる種族がいくつかあるが、魔力の多いものを好んで食らうもの、柔らかい、それこそ赤ん坊や子供の肉を好んで食らうものなどがいる。ミシェラは女性の肉ばかりを食らう魔物に出会ったこともある。


「子供を狙うのなら、クラリッサも狙われるかもね」

「私、言うほど子供じゃないわ」


 むくっとクラリッサはむくれる。それはミシェラもわかっている。だが、用心している子供たちが多い中、出歩いているのはクラリッサくらいだろう。

 魔力を狙う魔物に、ミシェラは狙われそうなものだが、彼女に手を出そうものならもれなく返り討ちであるし、そもそも、強い聖に属する力を持つミシェラは魔物に狙われるということは少なかった。


「や、お姉さんたち旅行者? よかったら案内しようか」

「……」


 出歩く人が少なくても、こういう族はいるらしい。ミシェラはクラリッサの手を引いて無視しようとしたが、しつこい。しかも、気づけば人数が増えている。

 ミシェラは大人の女性だが、美人と言うほどではない。クラリッサは美人だが子供だ。それも声をかけてくるこいつら……。まあ、顔立ちが似ているので姉妹に見えるだろうし、クラリッサはもちろん、ミシェラも華奢で小柄に見えるので、ある程度は仕方がないのかもしれない。


「私は母娘水入らずの旅行を楽しみたいの。しつこい男は嫌われるわよ」


 ミシェラはきっぱり切り捨てる。この危ない時期に、旅行は苦しいかもしれない。だが、ミシェラは無理やり振り切った。

「……ミシェラ、強引じゃない?」

「いいんだよ。構ってる暇ないしね」

 クラリッサが歩き疲れてきたようなので、一度カフェに入って休むことにした。こんな片田舎の街にもカフェがあるのか……。

 クラリッサに好きなものを注文させ、ミシェラもミルクティーを注文した。お茶や菓子を運んできたウェイトレスがミシェラとクラリッサを見て言った。

「ご姉妹ですか?」

「いえ、親子です」

 ミシェラがしれっと答える。こういう時、クラリッサは口を挟まない。自分が口を挟まない方が良いとわかっているからだ。ミシェラに任せていた方が、話に齟齬が生まれないし、楽だ。

「……そうでしたか。お母様、お若いですね……」

 明らかに年上なのはミシェラが、年相応十代前半に見えるクラリッサの母には見えない。実年齢上ではそんなに不自然ではないのだが。

「ご旅行ですか?」

「ええ。湖水地方に来たので、他も回ってみようと思って」

「そうでしたか……でも」

 ウェイトレスが声を低めて言う。


「早めに離れたほうがいいと思いますよ。最近、子供を食べる魔物が出ますから」


 ちらっと彼女はクラリッサを見た。彼女は小さな子供、と言うには大人びているが、それでも、狙われる可能性はある。


「……その話、少し聞かせてくれない? 私、魔術師でね」


 と、ミシェラはウェイトレスにチップを渡し、あれこれと話を聞きだした。


 ウェイトレスによると、ここひと月ほどで八件の事件が起きている。そのうち七件で乳幼児、もしくは子供が食われており、このことは領主ギャラガー伯爵が保守的で公開されていないらしい。残り一件は未遂だとのこと。

 その魔物が現れるのは夕方の日が暮れて以降。大人が一緒でも、大人が襲われたことは無い。目撃情報では、大きな人型で見るに堪えない醜い容姿をしているのだという。

「子供って、何歳くらいまで襲われてるんだ?」

「下はゼロ歳から、上は十二・三歳だったと思います」

 思ったより年齢層が高い。ミシェラはウェイトレスの言葉に、クラリッサを見た。

「クララ、今いくつ?」

「十二よ」

「おや」

 一応、襲われた年齢の範囲内には入っている。まあ、ミシェラが一緒だし、アミュレットも持っているのでめったなことは無いだろうが。

 カフェを出ると、クラリッサが尋ねた。

「何か分かった?」

「うーん、そうだねぇ」

 ミシェラは首をかしげると、クラリッサに言った。


「不思議だと思わない?」

「……何が?」

「いくら保守的だと言っても、普通は人食いの魔物が出たら軍警察や国に助けを求めるものだ。狙われているのは子供とはいえ、いつ自分に矛先が向くかわからないからな」


 ギャラガー伯爵の話だ。ミシェラが不信感を覚えたのは、彼が何の対策も取っていないことである。


「しかも、この件を放置しているとなれば、見つかったときに処罰があるだろうに」

「確かに、そうかも」


 クラリッサがうなずいた。国民を危険にさらしているので当然だ。クラリッサも元王女として、王族としてのふるまいを学んでいるはずだ。ミシェラと同じものを持っている。

「つまり、この事件には二面性があるっていうこと」

「二面性?」

 首をかしげたクラリッサだが、ミシェラはすぐに応えずに少し彼女に考えさせた。

「……つまり、本当に赤ちゃんが食われる事件がある裏で、人さらいみたいなことが起こってるってこと?」

「ご明察。クララは頭がいいな」

 褒められて、さすがのクラリッサもうれしげだ。照れ笑いを浮かべていた彼女だが、いつも通り、途中で「はっ」となった。むすっとした表情をする。ここまで徹底していると、逆に可愛らしく思えてくるものだ。

「じゃあどうするの」

 クラリッサがむすっとした表情のまま言った。日が暮れてきた。


「まあ、普通に通報しようか」


 信じてくれるかは不明だが、動いてくれない場合はリチャード王に直談判になるだろうか。

「それは困るんだよ」

 背後から声をかけられた。人の少ない小路地を歩いていたミシェラをクラリッサは振り返る。夕方の闇に融けるような黒いコートを着た長身の男性が立っていた。クラリッサがミシェラを見上げる。

「計ったのね!」

「当然。さがってな」

 クラリッサは文句を言いながらもおとなしく下がった。その間に男が一気に接近してきた。つかまれそうになった腕を振り払い、蹴りを入れる。

「……とんだじゃじゃ馬だな」

 腕で蹴りを受け止めた男はミシェラを見てそう言った。どうやら、彼女が誰か、察しがつかないようだ。それならばそれでいい。ミシェラは目を細めた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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