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56.グウェン










 ウィナンド城はそれほど大きな城ではない。『旧き友ウィタ・アミカス』が所有する領地や城は、代々彼らが受け継いできたものが多いが、ミシェラの領地ウィナンドは、王家から下賜されたものだ。ちょうど、後継ぎのいなくなった貴族家の領地をもらったのである。今から考えると、ミシェラの父ヘンリー四世は娘に甘かった。


「きれいなお城ね」


 ミシェラと手をつないで城に入ったフィオナが言った。外観は、確かにかわいらしい。カントリー風とでも言えばいいのだろうか。

 内装は城主であるミシェラの趣味を反映しているので、無駄がなく、シックな印象だ。物がなくはないのだが、質素に見えるのは否定できない。

「夏前にはリンジーがいたからたぶん大丈夫だけど、一応、領地の仕事を片づけてから戻ろうかね」

「わかった!」

 フィオナが両手をあげて了承したとき、彼女とは反対側にいたクラリッサが悲鳴を上げてミシェラにしがみついた。

「お姉様、どうしたの?」

 フィオナが姉を心配そうに眺める。クラリッサは震える手でミシェラの腕をつかんだまま、震える声で訴えた。


「い、今、そこを幽霊みたいなものが……!」


 通り過ぎたというのだろうか。この城がミシェラの所有である限り、悪いものは近づけないので、たとえ本当に幽霊だったとしても悪さはしないだろう。それに、クラリッサが目撃したのはそもそも幽霊ではない。


「今のがシルキーだよ。紹介しておこうか」


 その声に反応したように、目の前に白い女性が現れた。濃い金髪に赤い瞳で、非常に美しい女性に見えるが、人ではないことがすぐにわかる。


「この城のシルキーで、グウェン」


 白、の名を持つシルキーは微笑んでカーテシーを行う。


「いらっしゃいませ、小さなお客さま方。わたくしのことはグウェンと呼び、なんでもお申し付けくださいね」


 家事妖精シルキー。しかし、何かがやはり違う。シルキーは気性が荒いことが多く、グウェンはかなりおとなしい方に入る。まあ、性格はサディストっぽいところがあるが、よくしゃべるし主張するし、さりげなくではなく堂々と家事をしている。

 シルキーと言う精霊は、家が片付いていないと片づけるし、片付いていると散らかすような生き物だ。家事に手を貸し、礼は暖炉に一杯のミルクを置いておくものとされる。人ではなく家に付き、元の主がいなくなり、次の主が気に入らなかったら追い出してしまった、という逸話を持つような精霊だ。

 何故こうなのだろう。グウェンはミシェラよりはるかに長い時を存在しているので、ミシェラに感化されたわけではないと思うのだが。


「グウェン、この子がクララで、小さい子がフィー。一週間ほど滞在するから、たまに見ててあげて」

「承知しました、『癒し手ソーサレス』」


 グウェンは丁寧に頭を下げると、家事に戻っていった。しばらく滞在すると言ったので、張り切って料理をしてくれるだろう。まあ、自分でもしに行くけど。

 王都の家と同じく、クラリッサとフィオナは同室にした。ミシェラの隣の部屋だ。それほど大きくない城、と言っても、三人とひとりでいるには広すぎる。

「この城って、グウェンしか住んでないの?」

「うん?」

 ウィナンドの魔法状況を確認しているミシェラに、クラリッサが尋ねた。

 領地経営などは、宮殿からの出向機関に任せてしまっている。ミシェラはどちらかと言うと、この地の魔法力を守る『領主』なのだ。

「そうだね。リンジーが滞在していることもあるけれど、だいたいグウェン一人かな」

 王都にいることの多いミシェラとは違い、リンジーは各地を放浪しているので、ウィナンド城にいることも少ないだろう。

「さみしくないのかな」

 フィオナが首をかしげた。クラリッサがそんな妹の頭を撫でながら言った。


「ねえ……私、独り立ちしたら、この城に住んでもいい?」


 さすがのミシェラも驚いてクラリッサを見た。彼女は真剣に言った。

「ちゃんと魔法地の管理も覚えるわ。……私たちは、いつまでもあの家にいるわけにはいかないでしょ」

「……しっかりしてるね、お前は」

 ミシェラは感心してため息をついた。外見の変わらないミシェラたちも、何年かで住処を変える必要がある。しかし、クラリッサたちはもっと差し迫った理由でいつまでも王都にいることはできない。

 確かにこのウィナンドは、王領地ではあるが、『旧き友』ミシェラの管轄下にある。安全と言えば安全だ。

「……わかった。構わないよ。私としても、ここに人がいてくれるのはありがたいし」

「じゃあ決まりね」

 にこっと笑ってクラリッサが言った。初めてミシェラに笑いかけた気がする。ミシェラが穏やかな表情で眺めていると、クラリッサははっとして仏頂面になった。ミシェラは苦笑する。


 実際、剣術を教わっているクラリッサは、武術系よりも魔術など、頭を使うようなことに才能がある。フィオナも医術や薬学に興味を示しているし、まだ王家に籍があれば、大成出来たかもしれない。現実とやらは残酷で、彼女らは日陰に生きるしかないのだが。

 だが、二人ともまだ子供。成長すれば、面差しが変わるかもしれない。そうすれば、多少は行動範囲が広がる。

 記録のある魔法現象を確認した後、昼食を取った。シルキーであるグウェンの料理はおいしい。


「クララ様ととフィー様はよく食べてくださるので、作り甲斐があります」


 と、グウェンは喜んで料理を作ってくれた。さらにお菓子を持たされて、せっかくなので湖に観光に行くことにした。グウェンは家を離れられないので、ミシェラとクラリッサとフィオナの三人だけ。外見だけ見れば、姉妹にも見える。

「きれい、きれい!」

「お姫様してたら、こんなところには来られなかったわね……」

 透き通った水と生い茂る緑。小動物が行きかい、小鳥の鳴き声が聞こえる。フィオナははしゃいで駆け回る。クラリッサが「こら!」と一応たしなめたが、それ以上は止めようとしなかった。

「おや、いいの?」

「むしろ、私じゃなくてあなたが止めるべきでしょ。一応保護者なんだから」

「ごもっとも」

 苦笑してミシェラはうなずいた。クラリッサの主張は正しいが、ミシェラはどちらかと言うと駆け回る方だったので、あまり強くは言えないのだ。


「……私たちはもう王女じゃないわ。私もフィーも、もっとたくさんのことを経験して、学ばないといけないと思う」


 思慮深い言葉に、ミシェラはクラリッサの頭を撫でた。クラリッサは「やめて」と嫌そうに手を振り払う。

「クララ、ついでだ。少し魔術の勉強をしようか」

「……突然何よ」

 唇をとがらせながらも、彼女は拒否しなかった。おやつの入ったバスケットをおろし、草の上に膝をついたミシェラに従って、クラリッサも膝をつくと、ミシェラが差し出した手の上に自分の手を乗せた。

「目を閉じて」

 クラリッサが言われたとおりに目を閉じる。クラリッサにミシェラの感覚を共有する。魔法の初歩の初歩だ。

「わかるか。これが大地を流れる魔力……レイラインだ」

「……うん」

 クラリッサが理解できたようなので、ミシェラは感覚同調を解除した。


「通常、魔術師と言うのは自分の中にある魔力を使い、魔術を作り出す。しかし、この魔力の流れに逆らうのは困難だ。レイラインの濃い魔力地では強い魔法を使えるのは自明の理だ。クララは頭がいいから、原理を理解した方がわかりやすいだろう」

「……そうなのかしら」


 クラリッサが首をかしげている。まだ勉強を始めていないので当然の反応だ。それに、ミシェラ自身も、教えるほど得意ではないと思っている。

 それから二人は湖を覗き込んでいるフィオナの側に行って、一緒に湖を覗き込んだ。


「あら? 領主様の奥様?」


 女性の声が聞こえて、ミシェラは振り返った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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