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5.ニコール・ローガン

9月ですねえ。









「うん。やはり難しいね」


 一方、ニコールに定着した腕のうろこを取るのは難航した。医師ドクターミシェラ曰く、「取り除くことは不可能ではないが、時間がかかる」とのことだった。


「魔法が複雑に入り組んでるんだよ。何をしたんだろうね、この馬鹿は」

癒し手ソーサレスにも見破れないほどの魔法を作ったと言うことだ」


 と、何故か魔術師は嬉しそうに言ったが、エルドレッドに殴られていた。ミシェラが注意を飛ばす。

「エル、やめておきなさいよ。君、肉体的には弱いんだから」

「そこまで弱くねぇよ」

 エルドレッドの返答を聞いて、ニコールは弱いのは認めるんだな、と思った。

「まあ、少しずつ魔法を紐解いていけば大丈夫だと思うけど……」

 もしかしてミシェラがやってくれるのだろうか、とニコールは期待してみたが、彼女はエルドレッドの方を向いた。


「エル、彼女預かってあげてよ」

「はあ!?」

「もともと君んとこに来た依頼でしょ」


 と、ミシェラはにべもない。

「彼女は魔法力もあるだろう。お前が弟子にとればいいだろう」

「それなら、エルの方が向いているだろう。私の力は反則めいたものだもの」

 二人の態度を見ていると、自由だが見識深い姉と、まじめだが融通の利かない弟のやり取りのようだ。

「少しずつ呪いを引きはがすことは、エルにもできるでしょう。最後まで責任もちな」

「……」

 ミシェラの言っていることはまっとうであり、エルドレッドに拒否権はないだろうと思われた。どうやら、ニコールの身柄はエルドレッドに預けられることになりそうだ。

「君こそ、一人くらい弟子を取ってみれば? 人間の人生は短いのだからね」

 からかうようにミシェラはエルドレッドに言った。捕らえられた魔術師が遠い目をする。

「だめだ、次元が違うわ……」

 ニコールにはよくわからなかったが、この魔術師はミシェラとエルドレッドに対し、敗北感を抱いたようだった。


「……彼のことはどうするんですか?」


 ニコールが気になって尋ねると、エルドレッドが「もうすぐ軍警察が引き取りに来る」とだけ答えた。その後のことは知らないらしい。

「ええ~」

 不満げな声をあげた魔術師だが、「法を犯しているからな」とエルドレッドは取り合わない。ミシェラも笑う。


「魔術師は一線の向こう側に足を踏み入れやすいからね」


 好奇心旺盛と言うことだろうか。好奇心で腕がうろこのような肌になってしまったニコールはたまったものではないが。


 その後、本当に軍警察が魔術師を引き取りに来た。彼にニコールの呪いを解けない以上、彼にもう用はないらしい。結びつきはあったのだが、エルドレッドが解除したので、本当にニコールから少しずつ引きはがしていくしかないようだ。

「では、彼はこちらでお預かりします」

「よろしく」

 敬礼した軍警官に、ミシェラがこれまたきれいな敬礼で返した。あまりツッコむ気はないのだが、ミシェラは何者なのだろうか。それを言うのなら、エルドレッドの正体も気になるが。

 その後、ニコールのことでバーナードと話し合った。ローガン男爵家の当主は、曲がりなりにも彼なのである。


「……わかりました。エルドレッドさんに妹をお預けします。よろしくお願いします」


 バーナードは少し悩んだ後にそう言った。おそらく、エルドレッドと言うより、ミシェラの言うことを信用したのだろう。外見は十代後半ほどであるが、彼女の落ち着いた物言いや彼の足を治したと言う事実が効いているのだろう。たぶん、エルドレッドよりミシェラの方が人望があるのだろうな、と言う気がした。

「ニコール、エルドレッドさんに迷惑をかけないようにね」

「わかっているわ。……でも、あの、叔父上のこと……」

 ニコールが気がかかりなのはそこだった。叔父はニコールたちにとって家族ではあるが、兄を監禁し、あの魔術師を雇い入れた人物である。魔術師は明らかに法を犯しており、ミシェラとエルドレッドが処理をしたが、叔父の処分はバーナードが決める必要がある。

「……叔父上には、このままこのうちにいてもらうよ」

「お兄様がそういうのなら反対はしないけど……」

 ニコールはそう答えた。バーナードが決めたのなら、文句は言うまい。心配ではあるけど。

「大丈夫だよ。今回のことで、叔父上も反省しているだろうし、僕も何もできなかったと言うのは事実だし……」

 バーナードは、自分がもっとちゃんとして入れば、ニコールもアリシアもこんなに苦しむことはなかったし、ブレンダンが違法に足を突っ込むこともなかっただろうと悔いているのだろう。


「いい子だね、君たちは」


 ミシェラが感心したように言った。バーナードは、自分より年下に見える女性の言葉に少し顔を赤くした。

「そんなことはありません」

「そして殊勝だ。いいことよ。……見習えば、エル」

「うるさい」

 怒った子供のような口調でエルドレッドが返した。ニコールもバーナードもさすがに笑えなかったが、ミシェラは笑った。そして、ニコールはふと思い出したことがある。

「ミシェラさん、お父様に借りがあるって言ってましたけど……」

「うん。トマス……君たちの父上がいなければ、私は今ここにいなかったかもしれないね」

 それは、命を助けた、と言うことか? ニコールは首をかしげたが、ミシェラは笑うだけで教えてくれない。彼女はついでに気になっていたことを尋ねることにした。教えてもらえなければ、それでよい。

「失礼ですけど、ミシェラさんっておいくつですか?」

「ニコール」

 バーナードが尋ねた。すさまじく失礼なことである。女性に年齢を尋ねるのは。


 ミシェラは見た目、十代後半ほどに見える。言動からしてもっと年は食っていそうで、二十代半ばくらいにも見える。しかし、ニコールの父が亡くなったのは十一年前であり、仮にミシェラが二十五歳と見積もっても、父が生きていたころには十四歳で、知己を得ていたようには思えないのである。


「エルよりは年上だね」


 と、ミシェラははぐらかしたが、エルドレッドは三十代らしいので、彼女は少なくとも三十代らしい。本当だろうか。……本当なのだろう。

 前回、屋敷を出た時とは違い、ニコールは荷造りをした。しばらく、エルドレッドの元で世話になることになったからだ。ミシェラはあの家に住んでいないらしいので、ちょっと不安はあるが、彼やその妹のジェインと仲良くできたらいいな、と思っている。

 あまり多くを持っていくのは大変だし、気が引けるので大事なものだけトランクに詰めた。荷物の少なさにミシェラやエルドレッドがびっくりしていた。

「ニコール、元気でね。迷惑かけないんだよ」

「お兄様も、頑張り過ぎないでね」

 軽くハグをすると、バーナードがニコールの頬にキスをした。ミシェラが「あんたもジェインにこれくらいしてあげなよ」とからかっている。何かとエルドレッドをからかうのが好きな人らしい。


 帰りは、ローガン男爵家の馬車を出すことにした。近いし、男爵家の問題を解決してくれた礼でもある。そう言えば、ミシェラは最初から無償労働を宣言していたので置いておくとして、エルドレッドへの謝礼も常識の範囲内で収まったらしい。探偵らしからぬ仕事をしたのに、いいのだろうか、と思いつつ深くはツッコまないニコールである。

 このままゆっくりと行こう、と言うことだったのだが、そうもいかなくなった。

「あら、ヴィヴィアンじゃない」

 イヌワシが舞い降りてきた。ニコールにはイヌワシの見分けはつかないが、そのイヌワシはミシェラの腕に停まったので、エルドレッドの家を出発したときに見たイヌワシと同じなのだろう。小さく鳴いたヴィヴィアンに、ミシェラが顔をしかめた。

「どうやら、急いで帰らないといけないみたいね」

 そう言った彼女はくるりとエルドレッドとニコールを振り返った。

「あなたたちはゆっくりくる?」

「なぜそうなる。連れて行け」

 横柄にエルドレッドが言った。ミシェラは怒らず、「そうよね」と苦笑を浮かべた。


「じゃあ、急いで帰ろうか。ヴィヴィアン、お前は飛んでいきな」


 と、ミシェラはヴィヴィアンを放つと、どこからか杖を取り出した。キメラを倒した、あの銀の杖だ。


「ほら、行くわよ」


 ミシェラが差し出した手を、エルドレッドが握った。彼はさらに反対の手でニコールの手首を握る。


「へ?」


 その瞬間、ニコールの視界は反転した。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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