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49.ジェイムズ










 帰ってきたニコールを大喜びで出迎えたのはユージェニーだ。ちょうど往診に出かけていたミシェラとサイラスは遅れて「お帰り」と言った。ニコールはエイミーに勉強を習っているクラリッサとフィオナを見て、それからミシェラを振り返った。


「なんか増えてません……!?」

「どう見ても増えてるね」


 クラリッサとフィオナだよ、とミシェラは簡単に紹介する。ニコールは首をかしげた。

「何となく、ミシェラさんに似てますね」

「姪っ子だからね」

「……」

 ニコールが何とも言えない表情でミシェラを見た。彼女の姪っ子だというと、必然的に王族を連想するからだ。そして、その連想は間違っていない。

「引き取ったんだ。クラリッサは剣術を学んでるところ。フィオナは午後から乗馬の練習をする予定。

「アグレッシブですね……」

 ニコールがしみじみとつぶやいた。確かにクラリッサは大変行動力がある。


 増えたのは、二人だけではない。ふらっとジェイムズがやってくるようになったのだ。いわく。


「軍事関係が足りないのであれば、私が補えばよいのでは、と思った」


 とのことで、誰に聞いても現在の最高の戦術家はミシェラなのだという。だから来た、と言うわかるようなわからないような理由で彼は五日に一度くらいの割合でやってくる。

 もっとも、それだけが理由ではないような気もする。彼は積極的にユージェニーに話しかけていたから。彼女もまんざらでもなさそうではあるが、元来の人見知りのせいかうまく会話が成立していない。まあ、おどおどしている様子もかわいらしいのだが。

「ニコール、お兄さんたちはどうだった?」

「元気にやってました。領地経営も問題ないようですし、少し離れているので、王位継承戦争の影響もありません」

 そう言った後で、ニコールははばかるようにクラリッサをちら見した。十二歳の彼女はしっかり者で、こちらの言いたいことを察しているだろう。案じなくても、彼女は聞かないふりをしていた。空気の読める子だ。

「それと、ミシェラさんたちによろしくって」

「そう」

 ミシェラは目を細めてニコールにそう答えた。彼女の兄バーナードも元気なようで良かった。ニコールの腕のうろこ痕もだいぶ良くなっており、しばらくミシェラたちが離れても大丈夫だったようだ。


 フィオナが新しく増えたニコールに興味津々である。ニコールが帰ってきたので、ミシェラの負担がちょっと軽くなった。いや、もともとユージェニーやエイミーが結構面倒を見てくれていたけど。

「リンジーさん、まだ目を覚まさないんですか」

 薬を作っていたミシェラに、ニコールが尋ねた。一か月たってもリンジーは眠ったままである。

「まあ、そのうち目を覚ますよ。死んだわけじゃないからね」

「気長ですねぇ」

「私たちは長寿だからな」

 十年でもちょっと、くらいの感覚である。ミシェラはまだ慣れないところもあるが、自分の顔を見ていると不老長寿だというのは本当なんだな、と思う次第だ。


「先生! シャロン先生はいる!?」


 診療所側の入り口から声が聞こえた。ニコールが作業を中断して入口をのぞきに行く。しばらくしてから駆け戻ってきた。

「ミシェラさん。近くで事故があったみたいなんですけど」

「おや、そう?」

 事故があったなら、ミシェラの感応魔法に引っかかってきてもいいと思うのだが、魔力が回復していないのと、供給をカットしているために感受性が鈍っているのだろうか。

 ミシェラがサイラスに診療鞄を持たせて入口に行くと、待ち構えていた奥さんに引っ張られてせかされる。

「早く早く! 子供が馬車にひかれて、馬車同士が衝突しちまったんだよ!」

「結構な事故だねえ」

 珍しい。馬車が人を撥ねるというのは珍しくないのだが、馬車同士の衝突はめったにない。馬も暴れているかもしれない。


 馬をなだめるのも覚悟の上で現場に向かったミシェラだが、そこではすらりとした青年が馬をなだめていた。非常に見覚えがある。

「おや、ジム。ご苦労様」

「叔母上。今から行こうと思っていたのだが」

「あいにくと、私は不在だねぇ」

 そんな軽口をたたきながら、事故現場はミシェラの家に向かう途中らしかったジェイムズに任せ、ミシェラは怪我人に向き合う。はねられた子供、女の子だ。彼女が一番重症で、馬車同士が衝突したときに馬車から落ちたらしい御者も怪我をしている。

「サイラス、御者をお願い。私はこの子を見るから」

「わかりました」

 サイラスが頼もしくうなずく。彼を預かってから半年ほどたつが、すっかり頼もしくなった。


 ミシェラは少女を見る。頭を打っているのか、意識がない。脈と呼吸を確認し、処置に入る。出血は多いが、傷自体はそれほど深くないようだ。頭は傷が浅くても血が多く出ることがある。

「大丈夫だよ。あまり動かさないように家に運んであげて。しばらくたっても目を覚まさないようなら、私を呼んでくれ」

「わかりました。ありがとうございます……」

 少女の母親らしき女性が礼を言った。それを見て取ったサイラスが小声で「師匠マスター」とミシェラを呼んだ。


「馬車の上客らしい人が怪我をしたって騒いでるんですけど」


 貴族みたいです、とサイラス。ジェイムズが出て行かないのは、ここに王太子がいるのがばれてはまずいからだろう。帽子を目深にかぶっておとなしくしている。


「なるほどね。私が行こう」


 平民であるサイラスは貴族相手に強く出られないが、『旧き友ウィタ・アミカス』であるミシェラはそんなことを気にしない。年かさの貴族なら、ミシェラの顔を覚えている可能性すらある。

 ミシェラは馬車の扉を開けると言った。

「さて、怪我を見せてもらえます?」

「なんだその言い方は! 私がどれだけ待ったと……」

 と、その初老の男性はミシェラの顔を見て蒼ざめた。四十代と思われるその男性は、ミシェラの顔に見覚えがあったのだろう。眼鏡をしているとはいえ、髪が短くなってから「エイリーン王女だよね」と言われることが増えた。


 たぶん、自分の表情や振る舞いもあるのだろうとはわかっている。どうしても、以前のように明るく女性らしく(?)振る舞うことはできなかった。リンジーが目覚めれば、また違うのかもしれないが。

「ジェ、ジェネラル……!」

「久しぶりだね、フラトン伯爵。さて、怪我を見せてくれる?」

 ミシェラが軍を率いていたころに軍務省に勤務していた男だった。彼は真っ青になって首を左右に振った。

「い、いえ! ぶつけただけですので!」

「ぶつけただけでも、骨にひびが入ることだってある」

 ミシェラとしては事実を述べただけだが、フラトン伯爵は必要以上におびえていた。

「いえ! 本当に、大丈夫です!」

「そう?」

 かたくなに否定するので、ミシェラは引き下がった。痛むところが出て来たら医者にかかるようにいいぞえて。ちなみに、もう一人の馬車の所有者も似たような反応だった。


「……たまに思うんだが、叔母上、一体何をしたんだ?」


 ジェイムズが尋ねる。ミシェラは「古い話だよ」と適当に受け流す。

「私が破天荒だったって話だな」

「今もそこそこ破天荒でしょう」

 サイラスが呆れてツッコミを入れた。そう言われると、否定できないミシェラだ。

「すみません、先生」

 くいくいとミシェラのコートの裾が引っ張られた。今度は近所の年若い奥さんだ。

「どうした?」

「すみません。ちょっとうちの子を見てほしいんですけど……」

 年はサイラスと同じくらいだろうか。若い母親だ。ミシェラは少し考え、うなずいた。

「わかった。サイラス、ジムを連れて先に帰ってて」

「いいですけど……ちゃんと帰ってきてくださいね?」

「君の中で私はいくつなのかな?」

「たまにクララの方がしっかりしてるんじゃないかって思うことはありますね」

 クララはクラリッサの愛称である。クラリッサのことはクララ、フィオナのことはフィーと呼ぶようにしていた。どちらもよくある名だが、念のためだ。

「まああの子はしっかり者だけど、まあちょっと行ってくる」

 結局、送り出すサイラスだった。まあ、確かにミシェラなら、たいていのことからは生還できるので、心配するだけ損な感じはあった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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