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48.クラリッサとフィオナ

 幼い住人が増えて、シャロン家はにぎやかだ。診療室から戻ったミシェラは、楽しげにキッチンに立っている子供たちを見て微笑んだ。ユージェニーがクラリッサとフィオナに料理を教えているようだ。意外なことに、二人ともエイミーより手際が良い。





 先日までお姫様だったクラリッサとフィオナだが、わりと自分のことはできるようだ。たぶん、父親の教育方針だろう。父親を亡くし、母親と引き離された二人だが、元気そうに見える。表面上は。


 それでも、クラリッサが夜に泣いているのを見かけるし、フィオナはさみしいと、ミシェラのベッドにもぐりこんでくる。ミシェラたちには一緒にいることしかできない。





「ジェインも楽しそうですね」





 同じく診療室から出てきたサイラスが言った。ユージェニーは十六歳で、クラリッサと一番年齢が近い。今まで一番年下だった彼女も、自分より幼い妹ができたようでうれしいのか、よく面倒を見てくれる。公爵家の出身でありながら、あまり貴族らしくない彼女だが、クラリッサは結構懐いている。





 一応、いつも家の全員で食事をとる。クラリッサとフィオナがやってきてから既にひと月近くが経っている。秋が近づき、だいぶ涼しくなってきた。ニコールもそろそろ実家から戻ってくるだろう。そんな時、クラリッサがミシェラに言った。


「ねえ、ミシェラ」


「ん?」


 基本的にクラリッサはミシェラに反抗的だ。自ら話しかけることはめったにない。珍しい。


「あの……」


「……」


 なかなか用件を言いださないクラリッサの言葉を、ミシェラはせかさずに待った。三分ほどたってから、彼女は言った。





「……私に、剣術を教えてほしいの」


「……別にかまわないけど」





 突飛なことを言いだしたクラリッサに驚いたが、断る理由はない。


「反対しないのね」


「反対するようなことではないよ。魔法を学びたいと言えば教えるし、医学が学びたければそうすればいいさ」


「……いつかあんたより強くなって見返してやる」


「そいつは楽しみだね」


 それくらいの気概があるのなら大丈夫だろう。ミシェラが微笑むと、サイラスがツッコミを入れてきた。





「いや、クラリッサちゃん。師匠マスターより強くなるとか、人間やめないと無理だよ」


「お前はそろそろ師を敬おうかね」





 むしろ、時間が経つごとに扱いが悪くなってきている気がする。まあ、ミシェラの日ごろの行いのせいだろうが。





「わかってるわよ! お父様も、おじい様も、ミシェラはたぶん、アルビオンで一番強いって言ってたわ」


「いやあ、君らのお父様の方が強かったと思うけどね。単純な剣術なら、兄上の方が強かった」





 やはり、体格の良いジョージと割と小柄なミシェラでは戦い方が違うのだ。ミシェラに剣術を教えたのはジョージであるが、戦闘方法は別の人物に習った。当時のナイツ・オブ・ラウンドである。





「どっちでもいいの! 私はこれからフィオナと一緒に生きて行かないといけないの! 悔しいけど、ミシェラの庇護下にないと、私たちは生きていけないわ!」





 クラリッサが言った。やはり、賢い子だ。





「でも、いつまでもいるわけにはいかないでしょ。一人でも生きて行けるように、できるだけのことは学びたいの」





 それで剣術……。





「護身術の方がよくない?」


「どっちも教えてあげればいいんじゃないの」


 エイミーとユージェニーだ。二人してまともなツッコミを入れてきた。


「それでもいいけど、魔法は基礎だけかな。……早くリンジーが目覚めればいいけど」


「早くって、三日くらい?」


 両手でマグカップを持ったフィオナが首をかしげた。可愛い。


「それは早すぎるかなぁ。そうだねぇ。三年くらいかなぁ」


「それ、長くない?」


 クラリッサが顔をしかめた。十二歳のクラリッサが、まだ王侯貴族であれば社交界デビューしているくらいの年月だ。ミシェラは頬杖をつく。


「まあ、最近、自分の感覚がおかしいなぁとは思うんだよね」


「『旧き友』にとっては三年は短いかもしれませんね」


 サイラスが肩をすくめて締めた。それから言う。


「どうでもいいですけど、その角度だとすごくハンサムですね」


 ミシェラは隣に座るサイラスを横目で見上げた。確かにミシェラはどちらかと言うと中性的な顔立ちである。髪が短くなったので、余計にそう見えるのだろう。ミシェラは弟子の顔を見て苦笑いを浮かべた。
















































 ミシェラはクラリッサに剣術の手ほどきを始めたが、最初にやったことは体力作りである。ミシェラもあまりある方ではないが、体力筋力がある程度なければ剣はふるえない。





「厳しい!」





 クラリッサが模擬剣を投げて訴えた。ミシェラはその剣を拾い上げて言った。





「厳しくないと上達しないだろ。頑張ってると思うよ」





 むーっとクラリッサがむくれる。彼女は剣術と、それに魔法の勉強を始めたが、フィオナはこれらより医学の方に興味があるらしかった。たまに、ミシェラやサイラスの手元をのぞいている。


 ミシェラとクラリッサは庭で稽古をしていたのだが、玄関のドアベルが鳴ったのがわかった。と言うか、この家は魔法を張り巡らせてあるので、どこにいても客人が来たことがわかるようになっている。


 二人が仲に戻ると、長身の青年がリビングにいた。いかにもお忍びの紳士と言う格好で、シルクハットとステッキを手にしている。





「ひと月ぶりだね、ジム。クラリッサとフィオナを見に来たのかい?」





 青年がシルクハットを取って顔を見せる。不機嫌そうな端正な顔立ちの青年だった。


「……父上に見て来いと言われたんだ。私も二人のことは気になったし」


「なるほど。兄上は元気?」


「生真面目すぎてすでに宮廷内で敵を作っている」


「元からだろう」


 彼の父はそういう人だ。新国王リチャード二世は。ジムことジェイムズはリチャードの長男であり、現在は王太子の立場にある。


 兄弟同士の仲は良かったため、ジェイムズは従妹であるクラリッサ、フィオナとも仲が良かった。すでにフィオナはジェイムズに抱き着いて甘えている。


「叔母上が間に入ればもう少し円滑になると思うけど」


「さて、どうだろうね。埒もないことを言うべきではないさ」


 ミシェラが微笑んで一蹴する。まあ座れ、と家主から許可が出たので、ジェイムズはフィオナを膝の上に乗せて座った。





「ジェイン、お茶。……ジェイン?」





 いつもならすぐに返ってくる返事がなく、ミシェラが不審げに振り返ると、ユージェニーはぽーっとジェイムズを見ていた。確かに、我が甥ながらジェイムズはハンサムだ。柔らかな金茶色の髪にヘイゼルの瞳。理知的な面差しは父親譲りだろう。


 見惚れているユージェニーに、ミシェラは苦笑し、再度声をかけた。


「ユージェニー。レモンメレンゲパイがあるでしょう。出してあげて」


「……あ、はい」


 ユージェニーがちょっと赤くなってうなずいた。いつも愛称で呼ぶミシェラに改まって名を呼ばれて、はっとしたようだ。あわてて準備に行く。手伝いに行こうか、とも思ったが、サイラスが向かったのでやめた。エイミーはクラリッサと共に椅子に腰かけている。


「今の、アーミテイジ公爵の妹だな」


「ああ、預かってるんだよ。いい子だよ」


「……公爵とずいぶん年が離れているな」


「あの子、十六歳だったかな。まあ、私とジムくらいは離れてるね」


 ユージェニーは幼いころにエルドレッドに連れられてミシェラに保護を求めに来たので、あまり貴族界に顔を知られていないのだ。存在は知られているようだが。ジェイムズはふうん、とうなずく。





「かわいい子だな」


「……」





 うーん、これはもしかして、もしかするのだろうか。しかし、ミシェラのこういう感は当てにならないので、しばらく様子見にすることにした。もう少しして、ニコールが帰ってきたら聞いてみよう。


「もめてるんだよ。軍事関係がぽっかり穴が空いたからな。父上はそういうの苦手だし」


「確かに、ミシェラならできそう」


 エイミーが無責任に言った。そりゃあ、できるかできないかで言ったらできるだろうね。


「バランスが微妙だよな。父上は清廉すぎる。議会からは私がクラリッサかフィオナを娶ってはどうか、とか言いだしたぞ」





 いとこ同士だ。婚姻は結べる。そんな事例がないわけではない。





「絶対に嫌。フィーだってあげないわ」


 クラリッサが言い切った。だよな、とジェイムズ。


「私も、お前たちは妹くらいにしか思ってないし。叔母上と結婚しろと言われた方がましだ」


「それ、私に対してとっても失礼じゃない!?」


 クラリッサが怒った。ミシェラと比べられたのが気にくわなかったのだろうか。ジェイムズは顔をしかめる。


「私の初恋が叔母上だったというだけだ。相変わらず騒がしいな、クラリッサは」


「何それ面白い」


 エイミーが小声で茶々を入れた。お茶を持ってきてミシェラの隣に座ったユージェニーは涙目だ。ミシェラは彼女の頭をよしよしとなでる。


「せっかくのパイだ。もう少し楽しい話をしようじゃないか」



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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