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47.杖









 街中の家に戻ったミシェラの元に、『創造者ファケレ』ジェンナが訪れた。

「……ホントに来た」

「何か言ったかい」

「いや、よく来たね。茶と茶菓子くらいは出すけど」

「……せっかくだ。ご相伴にあずかろう」

 ジェンナがお菓子に惹かれて家に上がった。ちょうど、ユージェニーがピーチパイをオーブンから取り出していた。

「いい匂いだな」

「ジェイン。姐さんにも出してあげて」

「はぁい」

 ユージェニーが朗らかに返事をする。紅茶を入れているのはサイラスだ。エイミーは隣で見ている。彼女は家事に関する能力が壊滅的なのだ。まあ、彼女が伯爵家の出であることを考えれば不思議ではない話で、むしろ、公爵家の出でありながらお菓子が焼けるユージェニーの方が珍しい。

「おや。水使いの子は?」

「実家に帰省中だよ。たまにはね。帰るところがあるなら、帰るべきだ」

「言うようになったのう、お前も」

 ニヤッと笑ってジェンナが言った。


 古めかしい言葉遣いのジェンナだが、彼女はそのとっつきにくそうな印象とは裏腹に甘いものが好きだ。今もピーチパイをおいしそうに食べている。

「専属のパティシエとして雇いたいくらいだ」

「一応その子、公爵家のお嬢さんだからやめて」

 身分が高いほど、姿をくらますのは難しいのだ。お前はどうなんだ、と言う話だが、ミシェラに関しては事情が特殊なので全力で表舞台から姿を消すしかなかった。


「本題だが」


 ずいっとジェンナが細長い棒、つまり杖をミシェラに向かって差し出した。ミシェラはそれを受け取る。前のものよりも軽い。


「ナナカマドとラピスラズリの杖だ。ナナカマドは生命力を意味し、ラピスラズリは最古の宝石。お前にふさわしかろうよ」


 ねじったような螺旋を描く杖をまじまじと眺める。まっすぐだが、ねじってある。ツイスト、と言うのだろうか。どうやって削りだしたのか気になる。青い宝石はラピスラズリだ。

「……姐さん、私には月桂樹ローリエだとか言ってなかったか」

「言ったかもしれんな。しかし、結局、ナナカマドの方が良かろうと判断した。お前自身が魔よけのようなものだから、魔よけの力は必要ない。勝利もお前は自ら手にしに行くだろう。この杖で、よく助けておやり」

「……ああ。ありがとう」

 新しい杖はなかなかなじまないが、使って行くうちになれるだろう。その前に魔法を覚えなければならないが。


「ていうか、もうすぐ戴冠式ですよね。師匠マスター、行くんですか」


 そう。リチャード王太子の戴冠式が三日後に迫っていた。今まで、『旧きウィタ・アミカス』は戴冠式にも出席していた。エレインが生きていれば彼女が言っただろうが。

「……姐さん、行く?」

「何故私が。お前行って来い。兄の晴れ舞台だろう」

 まあ、それはそうなのだが。下の兄が処刑されたことを考えると微妙な気持ちになるというか、まあ、原因を作ったのはミシェラなのだが。


 どちらにせよ、故ジョージ元帥の娘二人を引き取りに行かなければならない。杖ができてよかった。『旧き友』が杖なしと言うのも恰好がつかない。それもあって、ジェンナは早めに仕上げてくれたのだろう。

「少し兄と話をしてくるのも良かろうよ。お前が言ったように、帰るところがあるのなら帰るべきだ。まあ、帰るわけにはいかんがね」

「どっちだよ……」

 ジェンナの言いたいことはわかる。家族がいるのなら、会いに行くべきだということだ。ミシェラもニコールに同じようなことを言ったし。

 ピーチパイをお土産に、ジェンナは帰っていった。サイラスが「面白い人でしたね」とジェンナを称した。


「まあ、おおむね『旧き友』はキャラが濃いよ」


 直球で変人と言ってもいい。悪い人ではないし、面倒見の良いものが多いのだが。


師匠マスター……キャラが濃い自覚があったんですね……」


 思わず、ミシェラはサイラスの頭をはたいた。ちなみに、女の子二人はテーブルの片づけをしてくれていた。エイミーがすでにいくつか皿を割っているけど。
















 戴冠式は、王都内の最も格式度伝統と大きさがある大聖堂で行われた。大主教がリチャードの頭に王冠クラウンをかぶせる。その手には王笏セプター宝玉オーブ。いわゆるレガリア、戴冠宝器というやつだ。王笏がカーテナになる場合もある。


 ヘンリー四世の葬儀の時とは違い、祝い事と言うことで白地に金の刺繍のローブをまとい、目深にフードをかぶったミシェラは大聖堂の祭壇の側に控えていた。真新しい杖を持って、間近で兄の戴冠の様子を見ている。

 ことほぎを受け、リチャードが立ち上がる。割れんばかりの拍手の中、新国王リチャード二世が誕生した。
















 戴冠式後、ミシェラは王宮で二人の子供と対面していた。亡き次兄ジョージの遺児、クラリッサ(十二歳)とフィオナ(八歳)だ。クラリッサは淡い茶髪、フィオナは栗毛をしていた。瞳の色は二人とも濃い青で、父親の姿を喚起させた。


「聞いていると思うけど、私が二人を引き取る。要するに親代わりだね。よろしく」


 フィオナは比較的ミシェラに懐いているのでこちらに来たそうにちらちら見てくるが、クラリッサがそれを押しとどめている。

「……お母様は北の修道院へ行ったわ」

「知っている。レイラ様は、私の世話になどなりたくないだろうからね」

「私たちも同じよ!」

 クラリッサが憤慨して叫んだ。さりげなく巻き込まれているフィオナだが、姉の剣幕に驚いた顔をしている。

「お、お姉様……」

 フィオナがクラリッサのワンピースを引っ張る。クラリッサは叫んだ。


「あんたがお父様を殺したんだ! あんたが、お父様に降伏を勧めたりしなければ……!」


 やはり、クラリッサはその辺の事情を分かっているらしかった。確かに、彼女の言う通りではある。しかし。

「あのまま戦っていて、君たちのお父様は伯父様……国王陛下に勝てたと思うか?」

「……」

 クラリッサが無言になる。わからないだろう。ミシェラも、十二歳の少女に難しいことを聞いた自覚はある。

「クラリッサ。私はね。君たちが生まれる前から、君たちの父上と共に戦っていた。君たちの父上は、とても強くて、状況判断に優れた人だったよ。きっと、玉座に座っても良き王になれただろうね」

 ミシェラの二人の兄は、二人とも良き王になる素質を持っていた。ジョージに勤まらないだろうとは思わない。


「強いということは、引き際をわきまえているということだ。兄上……君たちのお父様は、私が説得に行かなくても、遠からず降伏していたよ。何より、君たちのためにね」

「だって……」


 反論しようとするが、クラリッサは何も言えずに唇をかんだ。その青い瞳に涙の膜が張る。姉の涙を見て、フィオナも泣きそうになった。


「降伏せずに負ければ、君たちも道連れだったかもしれない。降伏したから、レイラを修道院に預け、君たちを私のところに寄こすことができた」


 リチャード王は優しい。しかし、必要とあれば切り捨てられる怖い人だ。幼い子供でも、邪魔になると判断すれば切り捨てただろう。ジョージは家族を守るために降伏を選んだ。妹が『旧き友』であったことも、彼の背を押したのは確かだろうけど。

「私……お父様と一緒に行きたかった」

「うん。そうだね」

 ミシェラはクラリッサとフィオナを抱きしめる。この年で親から引き離されるのはつらかろう。ミシェラは『旧き友』として見いだされた当時、すでに十六歳であったが、それでも家族とは違う時を生きることに痛みを覚えた。


「君たちはまだ幼い。未来が開けている。私が教えられることは教えよう。そしていつか、生きていてよかったと思えれば、それでいい。歴史に葬られるであろう君たちのお父様のことを、君たちは覚えていておやり」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


やっと一部完結。中編の多い私にしては、長くなりそうです。


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