46.旧き友
主のいなくなったハイアット城。ここは魔力の集まる場。レイラインの濃い場所である。この場所を放置するわけにもいかず、ミシェラたちはしばらくこの城に住まうことになった。どちらにしろ、リンジーの回復のためにはこの城にいたほうが都合がよい。
リチャード王太子の戴冠式があるひと月後までに、この城をどうにかしなければ。ミシェラが住むのが、一番いいのだと思う。しかし、ミシェラは既に北方に城が一つある。二つも維持するのは大変だ。
「そこまで難しく考える必要はないであろ」
古風な口調でのたまったのは、先刻やってきた黒髪の女性、ジェンナだ。二十代半ばほどの外見の彼女だが、実年齢は二百歳くらいとのことだ。『旧き友』の仲間である。
「つまり、この城が不届きものの手に落ちねば良い。ならば、わざわざ住まう必要もなかろうよ」
バッサリと切り捨てたジェンナに、アーリンは苦笑を浮かべた。
「言うのは簡単ですけどね、ジェンナ」
「私は工房を移る気はない」
「わかってますよ」
誰も、ジェンナを動かそうなどと思わない。彼女の頑固さは筋金入りである。
「……まあそれはあとで考えるよ。それより『創造者』。お願いがあるんだけど」
「なんだ? ああ、聖剣の使い心地はどうだった」
「良かったよ。よく切れた……そうじゃなくて、杖を一つ、誂えてほしいんだが」
「ああ、そう言えば杖がないな」
今更気づいたようにジェンナはうなずいた。
「構わん。どういうものがいい? 前と同じ、銀か?」
「いや。今度は普通の木の杖で」
「ほう。どういう組み合わせがいい?」
「そうだね……ナナカマドか、柊」
「嬢なら月桂樹だな」
「人の話、聞いてる?」
人の希望を聞いておいて自己完結している。まあ、ミシェラも似たようなところがあるのであまり強くは言えないが。
ジェンナと軽く杖の打ち合わせをして、リンジーの様子を見に行く。やはり、目を覚ます気配はない。このハイアット城もどうするか決めなくては。それに、エイミーやユージェニー、ニコール、サイラスとも話し合う必要もある。
お茶でも飲もうとキッチンへ向かうと、全員が集まっていた。お茶を入れているユージェニーに自分の分も頼む。
「ミシェラ、ジェンナがすごい勢いで出て行きましたが」
「ああ……杖を頼んだら、そのまま素材を探しに行ったんだよ」
「ははあ。やっぱり」
苦笑を浮かべてアーリンがうなずいた。彼は、戴冠式が終わるまでここにいるようだ。ミシェラの魔力がまだ全回復していないせいもある。
「ちょうどいいから、少し話をしよう」
全員が席についているのを見て、ミシェラは言った。エイミーなんかはクッキーをつまんでいたが、特に咎めずに話を進めた。
「正直、決めかねている。街中に戻るか、このハイアット城に居を移すか。まあ、こちらに移るとしても、一時的なものだけど」
ミシェラが医者であることを考えれば、街中に戻りたい。不老長寿である彼女は、いつまでも一か所にとどまることはできない。しかし、もうしばらくは持つだろう。
「……五人になる。リンジーやエルがいたころは、彼らが魔法を教えていたけど、私はまだ教えられるレベルには達していない。かといって、お前たちを放り出すことはできないからね。中途半端なことはしたくないけど、私が面倒を見る。もし嫌だというのなら、止めないけど……」
誰も、出て行くとは言わなかった。しかし、ニコールがそろっと手を上げる。
「あの、私もミシェラさんには教わりたいですけど、一度実家に帰っていいですか?」
「ああ……そうだね。腕、見せてみな」
忙しさにかまけて最近見ていなかったが、ニコールの腕のうろこを見る。どうやら、エルドレッドたちが気にかけていたようで、もうだいぶ薄くなっていた。
「……うん、これなら大丈夫だろう。でもちゃんと戻ってくること」
「はい。魔法の修行もしたいですし」
にこっと笑ったニコールに釣られ、ミシェラもかすかに微笑んだ。サイラスもミシェラについて医学を学ぶ。残り二人。貴族のお嬢さん方だ。
「ジェインは魔力コントロールを学ぶからね。本当はこういうのは、リンジーが得意なんだけど……目が覚めないのは仕方ないもんね。エイミーはどうする? 一応、街中でも私の結界の中にいればそうそう体調は崩さないだろうけど」
エイミーの体のことを考えるのなら、ハイアット城にいたほうがいい。しかし、ミシェラにもこれ以上管理地が増えてたまるか、という思いがある。
「えー……私だけ仲間外れってのは嫌だ」
「……そう。じゃあ、一緒にいようね」
いろいろと突っ込みたいが、ひとまず耐えた。
「ミシェラ。ハイアット城のことは新しい陛下に頼んでみましょう。リチャード殿下は聡明な方です。貴女のお兄様ですからね」
「……そんなことすれば、たちまち乗っ取られるよ」
リチャードと言う王子は、そういう人だ。隙を見せれば、付け込まれる。
「良いのでは? この城は代々、我々『旧き友』が管理維持してきましたが、そろそろ限界です。年々、『旧き友』は減っていく。昔はねえ、ミシェラ。『旧き友』と呼ばれる魔術師はもっと多かったのですよ。私が見いだされたころには、アルビオンには三十人以上いました。それが今は、たった六人。認知されているだけの人数だから、本当はもっと多いでしょうけど、それでも十人を越えるかってところでしょう。……もう、我らだけで守っていくのは難しい。もしかしたら、あなたが最後の『旧き友』なのかもしれない」
「……」
その可能性は無くはない。『旧き友』が見つかる間隔が長くなってきているのだ。
「……あと、十二歳と八歳の女の子を引き取るから、面倒見てあげてね」
「え、誰ですか?」
女所帯に男一人となるサイラスはさすがに慄いたように尋ねた。ミシェラは「見ればわかると思うよ」と答えない。身元を知らない方が彼らのためだ。
「じゃあ、ぼちぼち引き揚げ準備をしようか。……姐さん、待った方がいいかな」
「いや、いなかったらいなかったで街の家の方に行くから大丈夫でしょう。ミシェラもだいぶ持ち直してきたみたいですね。良かった」
アーリンが微笑んで言った。やっぱり、年齢が三ケタになるとこんな感じに食えなくなるのだろうか。
「ねえ、質問」
手をあげたのはエイミーだ。ミシェラが「どうぞ」と促す。
「リンジーはどうすんの? 置いて行くの?」
「……連れて行くしかないね」
まさか寝たきりの彼を放置するわけにもいくまい。あの調子ではなかなか目を覚まさないかもしれない。
「あたしたちが生きてる間にまた会えるんでしょうか」
ニコールの疑問も尤もだ。ミシェラは会えるだろうが、彼女らはもしかしたら、もうリンジーにまみえることはできないかもしれない。
「会えるわ。きっと目覚める。リンジーも、もう一人も」
ユージェニーのぽつりとした言葉に、ミシェラはアーリンと目を見合わせた。ユージェニーの予知はさらに強くなってきている。むしろ、彼女にはその状況を引き寄せる力があるのではないか、とすら思う。
「ミシェラ。良く教えてあげなさいね」
アーリンがにっこり笑ってミシェラに丸投げした。まあ、もともとミシェラが面倒を見ていた子であるし、能力の性質的にもミシェラが教えたほうが良い。
一気に面倒を見る人数が増えて、ミシェラはため息をついた。
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