45.アルビオン内戦
ほどなくして、王位継承戦争が終結した。ジョージ元帥が降伏し、リチャード王太子が勝った。勝った……と言っていいのかわからないが、少なくとも次の王はリチャードだ。
ジョージ元帥はさすがにおとがめなしとはいかず、処刑が決まった。その奥方と娘は北の修道院に幽閉されることになった。
ミシェラもミシェラで、開いた野戦病院の事後処理がある。それに、眠ったままのエレインとリンジー。さらに、ニヒルの遺体もある。
野戦病院を閉めたミシェラは、目を閉じたままのエレインを覗き込んだ。眠りについてから一週間近く経つが、衰えは見えずに眠っているだけに見える。
その枕もとで、ランスロットが丸くなっている。こちらも、起きている時間が短くなってきた。ミシェラはその体をわしゃわしゃとなでる。
「ミシェラ」
名を呼ばれてミシェラはエレインの顔を見るが、もちろん起きていない。先ほどから彼女が撫でているランスロットがエレインの声で言葉を発していた。
「何?」
「わたくしはもう持たないわね」
「……そうだね」
エレインのベッドに突っ伏し、ランスロットの顎をかりかりとなでる。気持ちよさそうに伸びをし、ランスロットはエレインの声で続けた。
「わたくしの魔法を継承してほしいわ」
「……」
『旧き友』はずっとそうしてきた。エレインがそう願うのは当然だ。
「……私にはエレインの魔法を受け取る容量がないんだけど」
「わかってるわ」
事実であるが、こうもはっきり認められるとちょっとショックである。
「あなたが受け取って、そのままリンジーに流しなさい」
「……そんな事できるの?」
「ええ……たぶん」
未だ魔力の足りないミシェラに何をさせようとしているのだろうか。まあ、ミシェラしかやる人がいないから、やるけど。ミシェラは左手でエレインの手を、右手でリンジーの手を取って握った。なんだか間抜けな格好だが、ミシェラを経由するならこうするしかない。魔法権利の譲渡と同じ要領でできるはずだ。
エレインからリンジーへ、魔法陣が流れていく。その中間点にあたるミシェラは、ただの経由地点にすぎないがそれでも負荷が大きい。
三百年にわたるエレインの魔法の叡智。それを移し終えたとき、眠っている二人ではなくミシェラの方が憔悴していた。
「……何やってんだ、お前」
「うるさい」
床にひっくり返って気を失っていたミシェラは、エルドレッドの声で目を開いた。ゆっくりと身を起こす。
「大丈夫か?」
「……たぶんね」
ミシェラはエルドレッドが差し出した手に掴まって立ち上がる。そのままエレインの側へ行き、彼女が横たわるベッドに腰を下ろした。ほっそりした白い手を握る。
その瞬間、ミシェラの目の前に草原が広がった。その草原を一人の女性と子供が手をつないで歩いて行く。金髪の女性はエレインだ。そして、子供の方は……。
黄泉路を下る。ともに。エレインが、『ニヒル』を連れて行く。ミシェラは手を伸ばしてランスロットを撫でようとしたが、その前に彼の姿が消えた。
「……逝ったか」
「そうだね……」
ミシェラはエレインの頬に手を当てた。まだ温かい。ミシェラはうなだれるように目を閉じた。涙が零れ落ちる。
「ともに、黄泉路を下るだろう。だからきっと、寂しくないね」
目を細め、ミシェラはそうつぶやいた。エレインの額にキスをすると、振り返ってリンジーの様子を見た。意識のない状態で魔法を引き継いだので、容体が気になる。
身体的なことも魔法陣の様子も確認するが、特に問題はなさそうだ。エレインから魔法陣を引き継いだときに魔力の供給もあったはずだが、目は覚まさない。
見よう見まねでエレインの遺体を整え、棺に入れる。とりあえず厳重に封印したニヒルの棺と一緒に並べておいたが、この後どうしただろう。この国の慣例に従うのなら土葬であるが、他に何かしていただろうか。
しばらくすれば、リチャード王太子の戴冠式があるだろう。『旧き友』の中の誰かが出席するべきだろうと思うのだが。
「あの、ミシェラさん。お客様」
未だハイアット城で生活していたミシェラに、ニコールが声をかけた。ミシェラは「そう」とうなずくと玄関に向かう。
「こんにちは、『癒し手』」
「……アーリン」
各地に散らばる『旧き友』のなかで、最も王都の近くにいるのが『風使い』のアーリンだ。思った通り、彼が最初に来た。エレインが息を引き取ったのを確認した翌日のことだ。
「あなたにしては辛気臭い顔をしていますね」
「……この状況でニコニコ笑っていられるほど、私も図太くはないよ」
アーリンを中へ招き入れながら、ミシェラはニコリともせず言った。これまでの彼女からは考えられないふるまいだが、致し方ない面もある。
「ここに来る前、ロンディニウム・タワーに寄ってきました」
「……」
今日は、ミシェラ……エイリーンの兄ジョージが処刑される日だ。アーリンはそれを見て来たと言っているのだろう。さすがのミシェラも、見に行く気にはなれなかった。
「戴冠式はひと月後のようですね」
アーリンがミシェラに話しかける。ずいぶん早いが、リチャード王太子なら事前に準備を進めていただろう。
「……ミシェラ。よく頑張りました」
「……みんな、私に事後処理をさせたがるものでね」
後を押し付けられたとは思わないが、みんな、ミシェラがいるからとばかりに後へまわしてくる。彼女には後がないというのに。
「でも、来てくれてよかった。エレインとニヒルの遺体、どうすればいいかわからなくて」
「そうだろうと思いましたよ。そのうち、ジェンナも来るでしょう。もう一人は、来るかわかりませんが」
そうなると、『旧き友』のほぼ全員が集まってくることになる。レイラインは大丈夫だろうか。
二人の遺体を確認したアーリンは、ミシェラに指示しててきぱきと処理をした。まじないはかけたが、普通に土葬だった。ただし、杖を一緒に葬る。
「昔の話です。『旧き友』を土葬したら、這い出てきたやつがいまして。まあ、悪霊に取りつかれていたわけですが」
「何それ怖っ」
「そうなんですよ。『旧き友』といえど、魂がない抜け殻であれば、悪霊は取り付けるんです。しかも、肉体にはそれなりに力が残っていますからね。で、それ以降、封じ代わりに杖を一緒に埋葬するんです」
「なるほど……故なきことではないわけだ」
ミシェラが感心してうなずいた。エレインはニワトコの杖と共に土葬したが、ニヒルには杖がない。仕方がないので、一緒にミシェラの銀の杖を埋めた。
「いいのか?」
「……いい。新しい杖をあつらえようと思ってたところだし」
今度はちゃんと、木で作ろうと思う。殴る用途ではなく、普通に杖として使うために。その意図を察したアーリンはミシェラの頭を撫でた。
「君は近しい人の死に触れるたびに成長していきますね。良いことで、とても悲しいことでもある」
アーリンはカイルの弟子だった。カイルの死に際に立ち会ったし、その後のミシェラの行動も見てきている。あのときが一度目の変化。そして、今回が二度目。
「……別に、成長しているわけではないんだよ。あきらめ? 悟り? ……むしろ、そんな境地だね」
「それらも成長の一種ですよ。杖のことは、ジェンナに頼むとよいでしょう。彼女ならうまい具合に作ってくれますよ」
「……うん。そのつもり」
聖剣の製作者、ジェンナ。『創造者』と呼ばれる彼女は、その名の通り魔力のこもるものを作るのが得意だ。ミシェラがもともと持っていた銀の杖も、彼女が作成したものだ。ぶつぶつ言いながらも注文通りのものを作ってくれる。
「……ミシェラ。助けられなかった私が言うのもおかしな話ですが、あまり落ち込み過ぎないように。今のあなたは、師であり、母でもあるのですからね」
「わかってるよ」
ミシェラはそうつぶやいて、目を閉じた。子供たちには、こんな顔は見せられまい。
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