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44.アルビオン内戦









 不審がる騎士たちを説き伏せ、ジョージ元帥はミシェラを要塞に招き入れた。彼の旗下には、ミシェラも見知った騎士や兵士がちらほらと見える。急ごしらえにしてはしっかりとしたつくりの要塞である。指揮官室には、一通りのものもそろっていた。

「戦場だ。茶も茶菓子もないが我慢しろよ。酒ならあるぞ。つまみも」

「……みんな、私のことをどれだけ酒が好きだと思ってるの」

 とても心外である。ジト目でにらんできた妹の頭を、ジョージ元帥はたたいた。

「冗談だ。さて……まさか、共に戦ってくれるわけではないだろう?」

「当然だな」

 しれっとミシェラは言ってのけた。かつて騎士だったころと同じ服。短くなった髪を束ねると、あの頃と姿はほとんど変わっていないのだということが良くわかる。


 もっとも、立場は変わった。ミシェラはもう、ジョージ元帥たちと同じ側に立つことはできない。

「私に降伏勧告でもしに来たのか?」

「私はジョージ元帥に与しないが、リチャード王太子にも与さない」

 きっぱりとミシェラは言った。あくまで彼女は中立でなければならない。しかし、彼女は今、ある意味ジョージ元帥に降伏を促しに来ていた。

「……そう言えば、髪はどうしたんだ?」

「ちぎれたので、切った」

 正確には気づいたら切られていたのだが、ミシェラはさほど気にしていなかった。十代のころはショートカットヘアだったし。

「少しは女らしくなったかと思ったが、相変わらず男前だな。モテるだろう、奥様方に」

「余計なお世話だ。みんな、私のことをなんだと思ってんの」

 憤慨して見せたミシェラに、ジョージ元帥は笑った。笑って、言った。


「懐かしいな。お前が王女のころ、前線でよくこうして話をした。特に、お前の姿は全く変わらん」

「兄上は年取ったね」

「お前が若作りなんだ」


 ミシェラも微笑んだ。一度息を吐き、ミシェラは言った。

「兄上、わかっているだろう。リチャード兄上はすべての準備を完璧に整えてこの戦争に臨んだ。初めから、ジョージ兄上には勝ち目がない」

「……はっきり言ってくれるな。正直、指揮官としての才覚は私の方が上だと思うが」

「だろうね。私もそう思うよ」

 ミシェラは椅子の背もたれに身を預けた。伏し目がちに言う。

「だが、指揮官の才覚があることと、王としての素質があることは別の話だ。兄上は戦術を立てるのは得意だが、リチャード兄上は戦略的に物事を考えるのが得意だ。往々にして、戦術は戦略に勝てないものだよ」

 静かに言った妹に、ジョージ元帥はため息をついた。

「お前は兄上に戦略政略謀略術を習ったんだったな……」

「正確には叩き込まれたというか」

 言い方が気になるが、その通りだ。ミシェラはリチャード王太子にもジョージ元帥にも教えを受けている。だから、双方が取る方法がわかった。それから推察して、ミシェラはリチャード王太子が勝つだろうと思った。そして、現状を見る限りその考えは正しかった。


「リチャード兄上は国中に手をまわして、自分に有利なように進めている。勝つためではなく、ジョージ兄上を追い詰めるためだ」


 ミシェラは、リチャード王太子から敵の選択肢を狭め、自分に有利な方に進めていく方法を習った。彼は、自分が言ったことをそのまま実行しているわけだ。

 ジョージ元帥にはもう、選択肢が残っていない。リチャード王太子には劣るが、ジョージ元帥も戦略的な視点がないわけではない。自分の置かれた状況を理解できているはずだ。


「……はあ。やはり、勝てなかったか。……エイリー、お前なら勝てたかもしれないな、兄上に」

「どうだろうね。そもそも、戦わなかったと思うね」

「最初から負けが見えているからか?」

「……」


 ミシェラは答えなかった。たぶん、ミシェラならリチャード王太子に勝てる。だが、勝利を得るまでに払う犠牲が大きすぎる。リチャード王太子の勢力は広く強い。それをひっくり返すのだ。並大抵のことではない。


「……私は、戦ってまで王位が欲しいとは思わないからな」


 ミシェラの言葉に、ジョージ元帥は目をしばたたかせ、笑った。次第に笑い声が大きくなる。

「はあ、なるほどな……奪いたいと思うほどではないか。お前を玉座につかせようと考えたこともあったが」

「キャリーから聞いた。まったく、恐ろしいことを考えるものだ。私が王など、世も末だ」

「自分で言うか? まあ、お前が女王になっていたら、私も兄上も、内戦などしなかっただろう」

「どうして?」

「兄上と同じ立場だからだ。お前が女王なら、兄上は宰相だろうし、私は変わらず元帥だ。頂点ではない」

 対等でいたかった、と言うことだろうか。わからず、ミシェラは首をかしげた。

「……うらやましかったんだよ。兄上が」

「……馬鹿なの?」

「うるさい。手が届くんじゃないかと思ってしまったんだ」

「……」

 女性がお姫様にあこがれるように、男性は王や騎士にあこがれるのだろうか。ジョージは王子で騎士だから、王にあこがれたのだろうか。


「……なあ、ミシェラ。私は、どうするべきだったのだろう」

「……過去にもしもは無いんだ。ジョージ兄上がしたくなくても、戦争は起こったかもしれないし」

「そうか……そうだな……」


 しばらく沈黙が流れた。ミシェラが口を開く。


「もし、兄上が望むのなら、私は手を貸すことはできる」


 ジョージ元帥を助けることは、もうできない。しかし、彼の妻や子を保護することはできる。彼には妻と二人の娘がいる。

「リチャード兄上は冷静で冷酷で容赦のない人だが、公正な人だ。『旧き友ウィタ・アミカス』に助けを求めたものを追い詰めるようなことはしないだろう」

「……ああ。考えるより先に手が出る私より、兄上の方が王にふさわしいだろうな……」

「……」

 うなだれたジョージ元帥に、ミシェラは手を伸ばし、しかし、彼に触れることなく手をひっこめた。代わりに言葉をつむぐ。

「ねえ、ジョージ兄上。もう、終わらせよう」

「……エイリー」

「引き際をわきまえているのは、いい指揮官だよ」

 そう言ったのはジョージ元帥自身だ。彼は顔をあげ、ミシェラを見つめた。姿勢をただし、言った。

「では、頼む。これから、私はリチャード兄上の元へ行く。レイラはお前に世話になることを良しとしないだろう。娘たちを保護してくれ」

「相わかった。承ろう」

 ミシェラが請け負うと、ジョージ元帥は突然笑いだした。目元を掌で覆う。


「何をしていたんだろうな、私は。兄にかなわないということが、わかっていたはずなのに。こんなにも多くの人を巻き込んで……」


 泣き笑いのような声に、ミシェラはふと思って聞いた。

「兄上。青みがかった銀髪の魔術師に見覚えはないか? 長身で、すらりとした優男なんだが」

「瞳の色は?」

「濃い紫かな。すっと切れ長の目をしていた……と思う」

「……覚えがある」

 ジョージ元帥の返答に、ミシェラはため息をついた。銀髪の魔術師……『ニヒル』は、精神干渉魔法も持たないはずなのに、ミシェラの周囲を引っ掻き回してくれたようだ。

「それがどうかしたのか」

「……いや。先日、少し世話になってな」

 完全に嫌味である。ジョージ元帥に言っても仕方がないのだが。


 いつまでもここにいるわけにはいかない。ミシェラはお暇しようと立ち上がり、同じく立ち上がった兄を振り返って見上げた。

「この内戦。リチャード兄上も気づいていた。あの人なら、起こらないようにすることだってできた。私は戦いの先に何も見ることはできないが、あなたたちには見えたんだろうね。その先が」

「……お前、嫌になるくらい現実主義者だな」

「なんとでも。存在自体はふわっとした存在なのに、不思議だね」

 適当にはぐらかす。ジョージ元帥はつれない妹を見て笑った。

「エイリー。最後になるだろう。抱きしめさせてくれ」

「うん」

 ミシェラがうなずくと、ジョージ元帥は彼女を抱きしめた。三十代にもなって兄に抱きしめられるのは気恥ずかしいが、彼の言うとおり、これが最後になるだろう。ミシェラもギュッと抱きしめかえした。

「エイリー。ありがとう。娘たちを頼む。お前も、あんまり無茶するなよ」

「姪っ子たちは承ろう。もう一つの方も善処する。……兄上。私は、兄上のことが好きだったよ」

「ああ。私もだ」

 ミシェラは兄から離れ、そのまま帰路についた。これが、二人の永遠の別れとなった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


内戦終結。

戦術では戦略には勝てないって誰が言ってたんだっけ。ル〇ーシュ?


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