43.アルビオン内戦
停戦させることを請け負ったものの、ミシェラの魔力が回復していない。しかし、緊急事態と言うことで裏技を使うことにした。
「お前……鬼だな……」
「それでも魔力が足りない。八割くらい」
「どんな魔力馬鹿だ!」
半分以上ミシェラに魔力を持って行かれたエルドレッドが怒鳴る。最近はユージェニーの方が魔力が強いが、鋭意勉強中のユージェニーは、魔力供給には向かない。代わりに予言をくれた。
「きっと、ミシェラの思っていることは正しいわ。あなたは悲しむけど、立ち止ることは無い。近いうちに、親しいものがあなたの元を訪ねるわ。そして目覚める。長き眠りから」
「……そう。わかった」
最後の方の予言から現状とは関係がないことが言われた気がするが、ミシェラはとりあえず了解を示した。
ちなみに、ミシェラの魔力回復にはエルドレッドだけでは足りず、サイラスやニコールなどからも供給を受けて、やっと二割ほど回復した状態だ。
ミシェラは取り寄せたここ数日の戦闘状況を見て、ため息をついた。一緒に小さな応接室に入っていたキャロライナが身を乗り出す。
「どう?」
「このまま戦闘を続けても、ジョージ兄上の負けだ」
ミシェラはきっぱりと言い切った。キャロライナが目を伏せる。
「夫も、同じことを言っていたわ……」
「そうだな。メイフィールド公爵なら見きっているだろうね」
初めから、土台無理があったのだ。リチャード王太子は官僚に人気があり、ジョージ元帥は軍人から支持がある。リチャード王太子は確かに、戦いの式となるとジョージ元帥に劣るだろう。だが、リチャード元帥は自分の能力を正確に把握している。だから、初めから戦略的に手を打ってあったのだ。有力貴族や地方の要となる貴族たちに、味方はしなくてもいいが敵にもなってくれるな、と触れを出して回ったのだ。地方貴族の参入を狙っていたジョージ元帥は、その時点で数的に負けている。
「本拠地も、リチャード兄上の方が近い。ジョージ兄上は、最初から戦略的に負けているんだ」
ミシェラが落ち着き払って言うと、キャロライナは不審げに眉をひそめた。
「あなたも夫もそう言うのだし、そうだと思うんだけど……でも、戦いではジョージお兄様が勝っているわよね?」
「戦闘に勝利したからと言って、必ず勝てるとは限らない。目の前の戦いで勝利しても、指揮官が殺されれば負けだろう。それと同じだ」
キャロライナはわかったようなわからないような、と言う表情を浮かべてミシェラを眺めていた。
「キャリー。十六年前、私がまだ王女で、エイリーンと呼ばれていたころ。よく兄上たちと共に戦った」
「ええ、覚えているわ」
「ジョージ兄上が軍を整えて戦場で指揮を執り、私は留守を預かることが多かったな。リチャード兄上は敵情を探り、戦場を整え、後方支援と戦争総括を担っていた」
「……そう、なの?」
やはり、戦争や軍隊から遠い人間にはピンとこないらしい。ミシェラは口角をあげ、笑みを浮かべた。
「そうなんだ。いつも、情報をつかんでいたのはリチャード兄上だ。それが得意だったというのもあるんだろうが、戦争とは、結局情報が戦況を左右するんだよ。いくら戦場で勇猛果敢でも、内部で争いが起こればそれまでだ」
あまり軍略を語ってもキャロライナにはわからないだろう。ミシェラは切りあげると、最後に言った。
「二人とも、得意分野が違うんだよ。母親が違う王子同士である以上、ある程度の対立は避けられないが……それでも、共存し合う方法が、あったはずなのにな」
「……ねえ、エイリー。わたくしも、昔の話をしてもいいかしら」
「どうぞ」
ミシェラが促すと、キャロライナは「ありがとう」と微笑み、口を開いた。
「昔、わたくしもお兄様たちと話をしたことがあるわ。エイリーが女王になればいいのにねって」
「……」
「内政はリチャードお兄様が、武力面はジョージお兄様が担う。エイリーは国外に嫁がせることはできないから、いいんじゃないかって話をしたことがあるわ」
いかにもリチャード王太子が考えそうなことだ。リチャード王太子の母親はアルチュレタ王国の王女。ジョージ元帥とミシェラの母親はホリングワース大公家の出身。アルビオンの高位貴族で筆頭の立場にある家だ。
それぞれの後ろ盾が騒いでいるのである。一国の王女の息子たるリチャード王太子のことをないがしろにできない。かといって、国一の貴族の機嫌を損ねるわけにもいかない。二人とも、優秀な王子だ。どちらが王になってもしこりが残る。
なら、全く別の人を国王に擁立すればいい。当時、最適な人物がいた。ジェネラル・エイリーンと呼ばれた第三王女。母親はジョージ元帥と同じホリングワース大公家の令嬢であるが、女性であることがネックだった。
アルビオンでは女性が王位を継ぐことができる。だが、その実権はどうしても、男の王よりも弱い。ならば、その王配にアルチュレタ王国の関係者を据え、バランスを取ればいいのではないか。リチャード王太子がヘンリー四世にそんな相談をして、話を詰めようとしていた矢先に、戦争でエイリーンが負傷。『旧き友』であることが明らかになったらしい。
「相変わらず、腹の中が真っ黒だな」
「エイリー、お兄様に言ったら、たぶん泣くわよ……」
キャロライナが苦笑するので、ミシェラも笑みを返した。リチャード王太子派気づいているだろうか。その冷徹すぎる思考が、自らの選択肢を狭めていることに。ミシェラは、自分がジョージ元帥の立場であれば、リチャード王太子を打ち破る自信があった。
しかし、仮定の話だ。ミシェラならそもそも、王位を争おうとは思わない。正当な王位継承者はリチャード王太子であり、本来ならつけ入るすきがないからだ。王やその跡継ぎに何の過失もないのに玉座を簒奪すれば、その簒奪者は国民からの指示を得られないだろう。恐怖政治を敷く方法はあるが、リスクが高い。歓迎される王の方が良い。
「ねえ、エイリー。あなたがまだ王女であったなら、こんなことにはならなかったのかしら」
何気なくつぶやいたキャロライナは、すぐにはっとした様子で謝った。まるで、ミシェラがいなくなったせいで戦争が起こった、とでも言うような口調だったことを気にしたのだろう。ミシェラは微笑んで首を左右に振る。
「気にするな。そうだな……結局、あの二人は争ったような気もする。けれど、私に力があれば、戦争になる前に止めていたよ」
武力の行使は国家の大事であり、戦わずして勝つのが用兵学上では最善とされる。尤も、そう簡単に行くものでもないが。それでも、彼女に力があれば止めたはずだ。例え、その手で二人の兄の首をはねることになってでも。
△
その日、ジョージ元帥が陣を構えるログレス平原に、小柄な騎士服の人物が現れた。司令部として利用される簡易の要塞に、その人物は迷わず近づいて行く。
もちろん、その周囲ではジョージ元帥の兵たちが野営をしており、この珍客に声をかけたり、物理的に止めようとした。しかし、立ち止らない。声を無視し、つかみかかろうとした兵は一瞬のうちにひっくり返っていた。
ジョージ元帥がその珍客のことを聞いたのは、それから間もなくのことだった。武器も持たず、手ぶらで一人で近づいてくる騎士がいる。そう言われて興味を持ったジョージ元帥は、二階のバルコニーから外を眺めた。件の人物はすぐに見つけた。
黒い騎士服に青いマントをはためかせている。その腰にあるべき剣は無く、完全に手ぶら。女性騎士であるが、女性であることを差し引いても騎士にしては小柄だった。
ふっと、彼女の視線が上がり、まっすぐにジョージ元帥を見据えた。その翡翠色の瞳に射抜かれる。
「久しぶり……と言うほどでもないな。ジョージ元帥」
明楼たる声でそう告げた。ジョージ元帥はそれに返答するように名を呼んだ。
「エイリー……」
十六年前、共に戦ったときと同じ格好をして、彼の妹はそこに立っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
内戦編も決着がつきそうです。