42.アルビオン内戦
ミシェラはその場に膝をつくと、大きく息を吐いた。彼女自身は大きなけがを負っていないが、やはり魔力が不足している。動くのも億劫だ。だが、そうも言っていられない。
ひとまず、ミシェラは動かなくなったニヒルを確認する。まあ、この状態で動き出したらさすがに怖い。何しろ、頭と体がオワカレしているのだ。そうしたのはミシェラだが。
医者でなくても死んでいるとわかる状況。しかし、ミシェラは一応魔法医としての観点で彼を確認した。たまにいるのだ。首が離れているのに動き出すやつが!
そんなことは無いと確認し、ミシェラは立ち上がると先ほどから倒れて動かないリンジーの元へ向かった。
「ちょっと、リンジー。終わったわよ。起きて」
リンジーの側に膝をつき、肩をたたく。反応はない。うつぶせに倒れている彼をひっくり返し、脈と呼吸を確認する。目の動きを確認して、生きていることを確認した。
リンジーの『鏡』の魔法は自分にも跳ね返ってくる。ニヒルの動きを止めるのに全力を出し切ったのだろう。魔力を全放出したため、はねかえってくる力も強い。それを遮断するために、一度すべての感覚を切り離したのだろう。彼が戻ってくるかは、ミシェラにもわからない。前回は杖が身代わりになったのだろうが、ミシェラの杖にそんな力はない。
ひとまず、この場で息をして動いているのはミシェラだけだ。彼女が二人を連れて帰らなければならない。ミシェラはリンジーの体と杖を持ち上げる。いや、リンジーは引きずってるけど。
まだ、彼女の兄たちは戦っているのだろうか。彼らはその先に何を見るのだろう。栄光だろうか。平和だろうか。幸福だろうか。
戦いの先に得られるものに、全ての人が笑える未来など見えない。少なくともミシェラには。
「戦い抜いたその先に、あなたは何を見るのだろうか。何を得るのだろうか。きっとあなたは、求めた平穏に手を伸ばしても、届くことは無い」
ニヒルの遺体の側に移動したミシェラは、そのまま転移した。
△
ミシェラの転移魔法は、保護魔法をぶち抜いて彼女らをハイアット城の中に送り届けた。自立できなかったミシェラはその場に倒れ込んだ。リンジーを抱え込めずに頭を打ったが、もう知らない。
「ミシェラ!」
少女の声が聞こえた。駆け寄ってきたのはユージェニーだ。ミシェラ自身は何とか身を起こす。
「え……っと。二人とも死んでる?」
「……首がない方は死んでるね」
ミシェラは何とか起き上がるとニヒルの側に膝をつく。封印用の魔法陣を描き、聖剣をその胸元に置く。簡易の封印だ。魔力が回復すれば、強力なものを施せるのだが今はこれが限界である。
「棺……棺ある? 棺桶」
「え、棺桶? あ、遺体を入れるのね」
ユージェニーが納得して駆け出した。この状況で納得できるのはすごい。言ったミシェラもなかなかだが。
「大丈夫か、ミシェラ!」
駆け寄ってきたのはイーデンだった。片手をあげて見せるミシェラに、「意外と平気そうだな」などとうそぶく。
「私は魔力切れ……悪いけど、リンジーの怪我を見てやって……」
「わかった。にしても、バッサリいったな……」
さすがのイーデンも、頭と体がオワカレしているご遺体に引き気味だ。イーデンが傷口の開いたリンジーを見ている間に、棺が来た。魔法で運んできたのはエルドレッドだ。
「顔面蒼白だぞ、お前」
「うるさい……」
魔力が足りないのだ、魔力が。何ならこいつから奪ってやろうか。
「師匠、髪はどうしたんですか」
サイラスが尋ねた。今まさに棺に納めたニヒルの遺体に、さらに強固な封印を施そうとしていたミシェラは、不可思議なことを言われた、とばかりに髪の毛に手をやる。言われるまで気付かなかったが、確かに髪の毛の右半分が燃えたように切れていた。
「……おお……」
反応は薄いが、結構ビックリしている。また伸びるので惜しくはないが、全く気付かなかった。
いっそのこと、と、ミシェラは長い左半分の髪をひと房手にとると、切った。髪には魔力が宿る。これを使って、封じにしようと思ったのだ。破魔の力を持つミシェラの封じは強力だ。封印、と言う意味では、リンジーの『反射』のほうがいいのかもしれないけど。
棺は城内の小さな礼拝堂に運ばれた。『旧き友』は亡くなると、その体をどうするのかミシェラは知らない。リンジーかエレインが目を覚ませばそれでよい。だが、目を覚まさなければ他の『旧き友』に教えを請う必要がある。
最低限の封じと保護を行い、さすがのミシェラもそこで力尽きた。礼拝堂で意識が途切れたミシェラであるが、目を覚ますとベッドで寝ていた。魔力が多少回復したらしい。それでも、あるところから引き寄せてしまうので、できるだけ、魔力の需給をシャットアウトする。緊急用に、ミシェラは杖に魔力をためていたのだが、リンジーが使い切ってしまった。
「エイリー」
誰かがミシェラの顔を覗き込んだ。呼ばれた名から、何となく予想はついていたが、姉のヘンリー四世第二王女キャロライナだった。メイフィールド公爵家に降嫁しており、四人いる王女の中では、ミシェラをのぞいて唯一国内にとどまっている王女でもある。ほか二人は、国外に嫁いだのだ。
「キャリー。メイフィールド公爵家は、こちらに避難してきたのか」
「……ええ。子供たちと、わたくしだけ。旦那様は宮殿に残っているわ」
「宰相閣下だからな」
ミシェラはつぶやくと、ベッドの上に身を起こした。ミシェラと同じ翡翠の瞳を潤ませて、一つ年上の姉はミシェラを見ていた。髪の色はキャロライナの方が濃く、美人度も彼女の方が上。しかし、外見年齢は十歳は違うように見えた。驚異的な若作りのミシェラに対し、キャロライナは年相応なのである。
「……大丈夫なの?」
キャロライナが心配そうにミシェラを見つめる。ミシェラは「動ける程度には」と簡潔に答えた。本当は、動くのもきつい。
「……その髪型、懐かしいわ。何も変わらないわね、あなたは。あの頃と」
いつか父にも言われた言葉を姉からもかけられ、ミシェラは目を細めた。ミシェラの髪は、彼女が眠っている間に整えてくれたのだろう。ざんばらになっていたものが切りそろえられていた。肩に触れるほどの長さの髪は、それでも、あの頃……十六歳の頃よりは長い。
「……キャリー。エレインとリンジーがどうしているか知ってる?」
「え……いえ。目覚めていないとは聞いてるけど」
「……そう」
キャロライナは王族だが、お客様だ。エルドレッドやイーデンは、彼女に内も言わなかったのだろう。ただ、親族であるのでミシェラの元へは通した。
「兄上たちは?」
「……まだ、戦ってる。ねえエイリー……いえ。『旧き友』の『癒し手』ミシェラ。お願いがあります」
「何?」
ミシェラが尋ねると、キャロライナは泣きそうな表情になった。
「お願い……お兄様たちを、止めて」
すでに、王位継承戦争が始まってから半月、ミシェラがニヒルとの戦いから帰還して丸一日が経過している。その間に、キャロライナはハイアット城へやってきた。
「もう、たくさんの人が傷つき、亡くなったわ。お兄様たちだってそう。あんなに仲が良かったのに……見かけだけだとは、思えないわ」
そう。母親は違えど、仲の良い兄弟だったと思う。それでも、戦わねばならなかった。
「もうたくさんよ。リチャードお兄様も、ジョージお兄様も、国を、人々を護りたいという気持ちは同じはずなのに」
「……」
「だからミシェラ。お願い」
戦争を止めて。
これが国外との戦いだったら、できないだろう。しかし、今回は内戦。そして、双方の大将はミシェラと旧知。
だから、ミシェラはいつものように答えた。
「誓約と盟約の元、請け負おう」
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