39.アルビオン内戦
新たに運び込まれた怪我人の半数が不死者であった。不死者は既に死んでいる……つまり、遺体が動いているのである。いわゆるアンデッドであり、通常の方法では倒せない。
人体破壊の要領で二体の不死者の活動能力を奪ったミシェラは、立てかけてあった杖をひっつかんだ。魔力が回復していないが、致し方がない。杖に仕込んである魔法陣を起動する。杖をつかんだ右手を通じて、彼女の体に青い魔法陣が浮かび上がる。
「全員耐えろ!」
ミシェラは警告を飛ばすと、そのまま破魔の力を最大出力で放った。不死者は魔に属すため、ミシェラの破魔の力で浄化することができる。彼女のもくろみ通り不死者は動かなくなったが、無理やり魔法を放ったためにミシェラは膝をついた。
「ミシェラ!」
手伝いをしていたユージェニーが駆け寄ってくる。ミシェラは手をあげて彼女をとどめた。
「私はいい。それより、不死者を片づけようか」
「……うん」
ユージェニーはうなずいたが、玄関の方を気にするそぶりを見せた。今の一瞬で、ミシェラの魔力は割かれた。正面を突破してくるのは難しくない。
「イーデン、ちょっと外を見てくる。ジェイン、一緒においで」
「うん」
ユージェニーがミシェラについてくる。と、ユージェニーがミシェラの腕をつかんだ。
「どうした?」
ミシェラが振り返った瞬間、彼女の背後で何かが壊れる音がした。かなりの破壊音がした。ミシェラは「わあお」と声を上げながらユージェニーを後ろ手にかばう。
「何、これ」
「ドラゴン……の、なりそこない?」
「なりそこない?」
「混じり物かもしれないね」
ミシェラが戦闘態勢を取りながら言った。純粋なドラゴンにしては姿がおかしいし、純粋種をここまで連れてくるのは難しかろう。ミシェラはユージェニーに杖を押し付けると、壁に飾られた装飾剣を手に取る。ミシェラは攻撃魔法の数が少ないので、剣で戦う方が安全だ。ミシェラは床を蹴るとその生物の体を駆けあがった。この城のエントランスはかなり広いのだが、そのエントランスいっぱいにその体が収まっていた。これでは身動きが取れないだろう。
翼を半分きり落とし、その勢いのまま首を背中側から貫こうとするが、硬かった。
「ちっ。硬いね」
ミシェラの魔法で補強しても装飾剣ごときでは切れなかった。十六年前、彼女が所有していた聖剣であれば、斬れたかもしれないが。もしくは、彼女の魔力が全開であれば一息に屠れただろう。
「地道にやるしかないか……」
あきらめてミシェラは弱いところを斬りつけていく。そうしていれば、少なくとも弱っていく。そのうちエルドレッドや魔術師たちが来たら、弱ったところをたたいてもらえばよい。
再びドラゴンの首を駆けのぼったミシェラであるが、不意に目に入ったものに思いっきり顔をゆがめた。
「げっ!」
銀髪の男性がミシェラの銀の杖を持って魔法を用意していた。杖の中に用意してある魔法陣を利用し、先ほどミシェラが使ったものと同じ破魔の魔法。彼の体にも、青い魔法陣が浮かんでいた。
ミシェラはドラゴンを蹴って距離を取る。と、同時に増幅されて強力になった破魔の力がドラゴンに向けて放たれた。元はミシェラの力だとはいえ、彼女が食らえばひとたまりもない。閃光が収まるとミシェラは持っていた装飾剣を放った。その剣は正確に、うろこの崩れ落ちたドラゴンの首に刺さった。痛みに悶えるそれは、しばらくして動かなくなった。
「……お見事」
つぶやくように言ったのはエルドレッドだ。たぶん、助けようと来てくれたのだろうが、出番なしで終わってしまった。ミシェラは肩をすくめると回り込んで彼らの方へ歩み寄る。
「にしても、いつ起きたの、リンジー」
ミシェラの杖を持ち、弟子を巻き込む勢いで魔法を放ってくれやがったリンジーにミシェラは問う。彼はニコリと笑った。いつも束ねている銀髪を下ろしているので、女顔が際立っている。たぶん、ミシェラよりきれいな顔をしているだろう。もうあきらめているけど。
「お前の魔力で目が覚めた」
「ああ、そう……」
不死者を一掃したときのことだろう。そんなにミシェラは無作為広範囲に魔力を放っていたのだろうか。
その魔力に触れ、一時的にリンジーは魔力が回復し、目が覚めたのだろう。
「うん。よく頑張った」
リンジーはミシェラの頬を両手で挟んで優しげに微笑むと、その顔を引き寄せて唇を重ねた。ミシェラは一瞬目を見開き、すぐにリンジーを押しやった。
「……っ! どさくさに紛れて何をする!」
「思ったより回復しないな……」
残念そうに言う銀髪美人にミシェラは「当たり前だ!」と怒鳴る。
「私も魔力が足りてないんだから! 魔力不足で倒れるわよ、私が」
リンジーも魔力が足りていないだろうが、ミシェラも魔力欠乏から回復していない。
ひとまず、このドラゴンもどきは邪魔なのでミシェラとリンジーは協力してその体を灰にして外に出した。装飾剣は見るも無残なので、破棄することにした。
「イーデン、ここお願い」
「ああ、うん。了解」
不死者やらドラゴンもどきやらが襲ってきても、イーデンは冷静だった。医者と言うのは、そういうやつが多い。かく言うミシェラも、非常事態でも落ち着いていられる方だ。
お手伝い中のサイラスとユージェニー、ニコールは残していく。エイミーは体が弱いので、近寄るなと言ってある。今頃エレインの様子を見ながらランスロットをもふもふしているだろう。
「わかっているな? お前に保護魔法が引き継がれて、保護が弱まったんだ」
ひとまず回復の助けになるだろうと食事をとりながらリンジーは言った。ミシェラも紅茶を飲みながら「わかってるわ」とうなずく。
「弱体化しているところをつくのは、戦いの常識だわ。でも、中立地帯であるこの城を狙ってくるなんて、兄上たちじゃないわ」
現在王位継承戦争中のリチャード王太子とジョージ元帥は手を出して来たりしないだろう。二人は『旧き友』たる妹エイリーン=ミシェラがここにいることを知っているし、彼女と敵対したくないはずだ。
となれば、おのずと答えが見えてくる。
「ニヒルだな」
「無?」
ミシェラがリンジーを見上げて首をかしげる。彼は「ああ」とうなずいた。
「エルドレッドの父親に霊薬を盛った魔術師だ。……私たちが敗退した相手でもあるな」
「……」
改めて聞くととんでもないな。ジェネラル・エイリーンと言う姫将軍は負けを知らないが、まさか『旧き友』として生きるようになってから知ることになろうとは。
「そいつ、そんなに強いの?」
「強力な魔法を行使する。能力が『支配』に近いから、一般的な魔術は行使権を奪われてはねかえってくる」
「……うー」
ミシェラはうなった。リンジーの交戦記憶を見た時に、そんな事だろうと思ったが、本当にそうなのか……。
「それ、私たちで行くしかないの?」
勝てる気がしないんだが。
「ほかの『旧き友』を今の場所から動かすわけにはいかない……お前の言葉を借りれば、ここが、一番弱いと思ったからついてきたんだろう」
「……そうね」
だとしたら、他の場所を空けてそちらが弱体化するようなことは避けたほうがいい。ミシェラやリンジーがいなくなっても、この国は続いて行くのだから。
とはいえ、自らを守るためにも、そのニヒルとやらを何とかしなければなるまい。ちなみに、リンジーのイチイの杖はやはり、彼の身代わりとして砕けたようだった。杖がなくても魔法は使えるが、精度が鈍るのは否めない。
「借り物の杖でも大丈夫なんだっけ?」
「私の魔力の性質上、相性の良い相手の杖なら問題ないが……何を考えている?」
リンジーは不肖の弟子を見た。ミシェラは引きつった笑みを浮かべる。
「ニヒルを、どうやって倒すかって話よ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なかなか内戦が完結しないです。