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37.アルビオン内戦









「ミシェラ!」


 ミシェラははっと目を開いた。ぐらりと視界が揺れて額に手を当てる。ゆっくりと息を吐きだし、なんとか落ち着く。


「……どれくらい経った?」

「十分くらいだ。……うなされてたから呼び戻した。すまん」

「……ううん。助かった」


 珍しくエルドレッドに殊勝に謝られ、ミシェラは少し面喰いながら首を左右に振った。親和性が高いために、引き込まれてしまう可能性があった。

「何か分かったか?」

「……最悪だ」

 ミシェラは見たものを思い出しながら言う。

「『彼』は十中八九『旧き友ウィタ・アミカス』だ。見る限り、魔法法則に関する使役能力を持ってる」

「使役能力?」

 独特な表現で、エルドレッドにはわからなかったらしい。


「通常の魔法法則を捻じ曲げてくるんだよ。だから、この二人でも駄目だったんだわ」


 古き魔女のエレイン、多様な魔法を駆使するリンジー。この二人は、『彼』の『無効能力』を打ち破れなかった。『彼』の魔法を越えられなかったのである。

 『旧き友』であるのなら、魔術にもたけているだろう。勝てる気がしない……。

「お前にしては後ろ向きだな」

「私、普段そんなに自信満々かしら」

「少なくとも不遜ではある」

「お前に言われたくないよ」

 もっともエルドレッドは不遜と言うよりは厚顔である。


「ヴィヴィアン、ギャレット」


 ミシェラが自分とリンジーの使い魔を呼び出す。使い魔は主の力に左右されるが、自立行動も可能である。特に、ギャレットは力の強い使い魔である。

「さみしそうだな」

 ギャレットがそう言ってミシェラの足に体を摺り寄せる。ヴィヴィアンはそんなギャレットの背中に停まっていた。ミシェラはヴィヴィアンの頭を撫で、ギャレットの首のあたりをもふもふとなでる。

「わかる?」

「ああ。大丈夫だ。リンジーはお前を置いて行ったりはしない」

「……そうだね」

 ミシェラは微笑むとギャレットの頭を撫でた。


「ヴィヴィアン。各地の『旧き友』に伝言を頼む。その場を動かないように、とね」


 ヴィヴィアンはひと鳴きすると、翼をはためかせてエルドレッドが開けた窓から飛び出した。


「ギャレットはランスロットと一緒に、城を見回りしてくれる? どうしても、私だけだと力が足りないのよね……」


 ミシェラの破魔の力は守護に向くが、何分、ミシェラ自身が半人前だ。この広大な城を維持するには力が足りない。それを、使い魔たちで補う。


「ほかの『旧き友』に来てもらうことはできないのか?」


 エルドレッドがもっともなツッコミを入れてくるが、使い魔たちを見送ったミシェラは首を左右に振る。


「『旧き友』は確認できるだけで七人。うち、一人は眠ったまま起きない。だから、実働六人、うち、三人は同じ場所にいる。残り三人には、レイラインを守ってもらう必要があるんだよ。戦争してんだからね」


 レイラインは魔力の通り道。『旧き友』の城は、その起点となる部分に置かれている。放置されているところも多いが、だからこそ、さらに不在箇所を増やすのは気が引ける。


 戦争中なのだ。戦いと言う現象に、魔力は荒れる。聖に属する力を持つミシェラは、すでにピリピリとした魔力の奔流を感じている。早めに、終わるといいのだが。

「では、現状の戦力で何とかするしかないのか」

「そういうことだね」

 エレインもリンジーも重症だ。リンジーは、数日程度で目を覚ますかもしれないが、エレインは難しい。ミシェラも、魔力が完全回復しているわけではない。


 少なくとも、ミシェラ一人ではどうにもできないし、リンジーの回復を待つしかない。リンジーの回復状況を見ながら、作戦を考えておくしかないか。彼の記憶を読み取った情報もあるし。


 そこに、ガンガン扉をたたく音が聞こえ、ニコールが顔をのぞかせた。魔力を奪われるから入るな、と言われているので、中には入ってこない。

「ミシェラさん!」

「ニコール、どうした」

 ミシェラが尋ねると、ニコールはあわてた様子で言った。


「戦場近くの避難者の女の人、産気づいたって!」


 今、イーデンと看護師さんが見てる、と言われ、ミシェラはパッと身を翻す。部屋を出る前に、エルドレッドに言った。

「エル、悪いけど、二人のこと見てて」

「……わかった」

 エルドレッドは腕の良い魔術師である。いざと言う時に動いてもらわねばならないので、いつでも体が空くようにしてほしいのだ。それに、しばらくすればギャレットとランスロットが戻ってくるだろう。


 ニコールがミシェラを呼びに来たのは、サイラスから伝言を受け取ったからだ。そのまま二人で産気づいたと言う女性の元へ向かう。

「ああ、ミシェラ。すまん」

 イーデンが痛がっている女性を前に困惑の表情を浮かべていた。避難者の女性だ。この城は野戦病院と化しているが、そうであるがゆえに避難者も集まってくるのである。戦場付近の村々の住民が何人か逃げ込んできている。そのうちの一人である。


 妊婦さんの名前はエマ。年齢は十九歳。初産である。住んでいるのは、最初に戦場となった付近の村。そのために結構な初期からこの城に逃げ込んでいる。彼女が妊娠していると言うことで、義理の母親と共に医者のいる場所までやってきた、と言うことだ。賢い。

「思わず来ちゃいましたけど、私、産科の経験ってあんまりないんですけど……」

「それでも、私よりは出産への立会経験があるだろ。婦人診療もしてるし」

「……それはそうだけど」

 確かに、男性医師に診られるのは恥ずかしい、という女性の方々からの往診依頼が多いので、ミシェラにも多少の知識はある。だが、何度も言う。彼女の専門は外科なのだ。


 一応、看護師も出産立会経験のある人を連れてきている。その中の一人がミシェラとイーデンが話し合っているのを見て近づいてきた。

「あの、先生。ちょっとよろしいでしょうか」

「なに?」

 ミシェラが首を傾げ、その女性看護師が会話に加わる。

「あの、エマさんなんですけど、まだ出産には少し早いはずなんです」

 看護師の言葉を聞いて、ミシェラは陣痛の波が引いたらしいエマに近づく。

「エマさん。ちょっと診させてもらってもいいかしら」

「あ、シャロン先生……もちろんです」

「ありがとう」

 ミシェラはエマののどを確認し、脈を計る。それからふっくらしたおなかに触れた。いろんな箇所から触れて、ミシェラは言った。

「……逆子ね」

「……さかご?」

 エマが首をかしげている。早産の上に逆子だ。とはいえ、この妊娠期間で早産であれば、自然分娩が可能であるが、逆子であることを考えると……。

「……ねえイーデン。今から産婦人科医って捕まると思う?」

「この状況で?」

 最後まで言わなかったが、イーデンの言いたいことはわかった。無理だろ、と言うことだ。だよね、とミシェラ。


「エマさん。お義母さんも、聞いてください。エマさんの子は早産になるわ。と言っても、これくらいなら自然分娩でも大丈夫なんだけど……お子さん、逆子と言って、足を下にしておなかの中にいるの」


 ミシェラが簡単に説明する。エマが何か問題が? と首をかしげている。

「普通、赤ちゃんは頭を下にしているのよ。一番大きい頭が先に出てくることで、その後がするっと抜けるのよね。でも、足からだと頭が引っかかってしまうことが多いわ。それと、へその緒が首を絞めることだってある」

 絶対、とは言えない。だけど、可能性は高い。

「ここにいる医師たちは、産婦人科医ではないわ。私も専門ではない。産婆もいない。つまり、逆子を取り上げられる人がいないの」

「え……」

 エマは近い出来ないような顔をしたが、義母の方が不安げに言った。

「そんな、先生。何とかならないんですか」

「……そうね。あなたたちにはいくつか選択肢があるわ。産婆を呼び寄せて、来るまで待つ。産婦人科医や産婆がいなくても、このまま生む。まあ、産婆は間に合わないかもしれないけど……」

 そして、逆子を取り上げられるか、ミシェラたちには自信がない。


「……もしくは、帝王切開カイザーで腹から直接子を取り出す。これなら私も経験があるけど、腹を切り開く必要があるわ。どうする?」


 かなり残酷な質問を、ミシェラは投げかけた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


レイラインは魔力の通り道。龍脈みたいな。

考古学的な意味のレイラインが元になっているらしいですけど、考古学はさすがに専門外ですね…。


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