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36.アルビオン内戦









「駄目ね。斬り落とすわ」


 早々に残酷なことを言ったミシェラはその兵の傷を処置すると、包帯を巻いた。その後すぐに別患者の治療に取り掛かる。



 ……ェラ。



 怪我の洗浄が終わり、縫い合わせる。縫合が終わるころ、はっきりと自分の名を呼ぶ声が聞こえた。



 ミシェラ!!



 ミシェラはパッと顔をあげた。とりあえず糸を切る。近くにいた看護師に包帯を巻くように指示すると、治療をしていた部屋から廊下に出た。そこで様子を見に来たエルドレッドと行き会う。

「どうしたお前」

「いや、今呼ばれた気がして」

 あれ、と首をかしげる。気のせいだったのだろうか、と部屋の中に戻りかけると、また聞こえた。



 ミシェラ・フランセス・シャロン!



 耳から聞こえてくると言うより、脳に直接響くようなその声に聞き覚えがあった。


「……リンジー?」


 つぶやいた瞬間、目の前に転移魔法の出口が開いた。ミシェラは悲鳴を上げて飛びずさる。危うく踏みつぶされるところだった。だが、その場に崩れ落ちた二人を見てあわてて駆け寄る。


「リンジー! エレイン!?」

「大丈夫か!?」


 エルドレッドも驚いたように駆け寄る。明らかに大けがを負い、意識のない様子なのがエレイン。何とか彼女を支えてここまで転移してきたが、憔悴している様子なのがリンジーだ。何とか意識のある彼は、血に汚れた顔に笑みを浮かべた。

「ああ……ミシェラ。呼んでくれて、助かった」

「そんなことはいいから! ちょっと見せなさい!」

 ミシェラは遠慮なくリンジーの体を触り、意識のないエレインの体を抱き上げた。優先順位はエレインの方が上と決める。

「エル、リンジーをお願い」

「わかった」

 エレインを抱き上げたミシェラは、近くのすいている部屋に入る。どの部屋も怪我人でいっぱいだが。たまたま入った部屋では、サイラスが薬を配っていた。

師匠マスター、どうし……エレインさん! リンジーさんも!」

 サイラスが目を見開く。看護師が何も言わずに開けた長椅子にミシェラはエレインを横たえた。支えを失った腕がだらりと下がる。ミシェラはその腕をあわててつかんだ。

「タオルと縫合道具、それに吸引器」

「わかりました」

「サイラス、造血薬はある?」

「ありますけど……」

 ミシェラは指示を出しながらエレインの服を力任せにちぎり、えぐられた腰のあたりを押さえた。ひとまず押さえ、先に傷口をふさいでしまおう。

「肩が取れかかってるのよね……」

「包帯を用意しますか?」

「いや、大きめの薄い布ってある?」

 ミシェラはそれで無理やり肩を入れて押さえてしまう。たまった血を吸引し、折れた骨を元の位置に戻す。粉砕骨折が多く、いくら『旧き友ウィタ・アミカス』とはいえ元には戻らないかもしれない。


 と、突然側で様子をうかがっていたリンジーが咳き込んだ。その勢いで吐血する。エルドレッドとサイラスが焦ったようにリンジーの肩に手を置く。


「揺さぶるな! 内臓が傷ついてるんだ。いくら『旧き友』とはいえ、死ぬぞ!」


 エレインの腹部の傷口を縫っていたミシェラは鋭い声で言った。彼女も一瞬息をのんだが、彼女が動揺している場合ではないのだ。

「ど、どうすれば……」

 サイラスがおろおろする。いや、お前は薬師だろうと言うツッコミは置いておき、ミシェラは近くの看護師に指示する。

「血を吸引して、気道確保。多少手荒にしても死なないわ」

「わ、わかりました……」

 苦しげに呼吸しているリンジーはたぶん、気道に血がたまっているのだと思う。『旧き友』は窒息では死ぬが、多少乱暴に治療したところで死にはしないだろう。たぶん。


 エレインの方も何とか治療が終わりそうだが、骨が砕かれ筋肉が裂かれ、肉がごっそりと持って行かれている。包帯を巻いた頬に手を当てると、冷たい。失血により低体温になりかけているのだ。造血薬を飲ませても、すぐに効果があるわけではない。


 一通りの治療を終えたミシェラはリンジーの様子を見る。途中からやってきたアドルフがうまく対処してくれたらしい。さすがに意識を無くしているリンジーの呼吸と傷の具合を確認すると、ミシェラはエレインの元へ戻った。彼女の胸元に手を置き、目を閉じて古語で呪文の詠唱を行う。と、ミシェラのその手首がつかまれた。ミシェラははっと目を見開く。


『無駄よ。わたくしはもう、持たないわ……』


 エレインは目を閉じたままだった。近くに猫がいて、この猫が人語を発していた。

「……ぁ」

 ミシェラは口を開いたが、音を発する前にまた口を閉じた。既視感のある光景だ。かつて、ミシェラを見出した『旧き友』カイルがその命を終えた時のことを思い出させた。彼も、ミシェラの手をつかんでいた。

『リンジーは?』

「……生きてるわよ。重症だけど、エレインほどじゃない」

『そう。なら、あなたたちで終わらせなさい』

 ……つまり、エレインとリンジーは、倒しに行った魔術師に負けたと言うことだ。この二人に勝つとか、どんな化けものだ。

「……師匠。その猫……エレインさん声でしゃべってますよね……」

 サイラスがふさふさの毛をした白っぽい猫で、青と金色のオッドアイだった。

「エレインの使い魔、ランスロットだよ」

 ミシェラはそう言ってランスロットの体を撫でた。エレインはもう、目を開く気力すらないのだ。だから、使い魔の口を借りて意思疎通を図っているのだ。


「……あなたたちが二人で、できなかったことが、私にできると思うの」


 相手にもよる。通常の人間であれば、ミシェラはおそらく負けることはない。だが、相手は『旧き友』の魔術師である可能性が高いのだ。魔術師としては二流のミシェラだ。情報は、彼女の接触感応能力サイコメトリーにより、得ることができるだろう。だが、その先は?

『守勢に強いジェネラル・エイリーンではなかったの?』

「十六年も前の話だ」

 それに、兵を動かすのと自分で動くのはまた違う。というか、守勢で思い出した。

「この城の保護魔法、どうなっているの?」

『……引き継いでちょうだい』

 つまり、エレインが保護魔法の権利を持っているのだ。リンジーがこの状態なので、ミシェラが引き継ぐしかないだろう。ミシェラはエレインの手を握り返す。


「……――――――」


 小さな詠唱。エレインからミシェラの方へ、魔法陣が流れ込んだ。何度かした経験であるが、その情報量の多さにミシェラはくらりとした。彼女もまだ魔力が足りないのだ。

「大丈夫か?」

「……大丈夫。ひとまず、エレインとリンジーを別室に運んで。このままじゃ、この二人が怪我人たちの力を奪ってしまう」

 魔力の器が大きい二人だ。魔力がほぼ枯渇状態である今、大きい方へ魔力が流れていく。ミシェラが魔力欠乏症の時、ニコールたちが遠ざけられたのと同じ理由だ。


 ミシェラは落としたエレインのニワトコの杖を拾い、エレインを抱き上げる。それを見て、リンジーを抱え上げたエルドレッドが言った。

「そう言えば、リンジーの杖がないな」

 ミシェラもあたりを見渡すが、確かに。

「リンジーの杖は身代わりの杖でもあるから、代わりに砕けたのかしら。行きましょう。ランスロット、おいで」

 ミシェラの足のあたりを、豪奢な猫がついてくる。エルドレッドもミシェラのあとをついてきた。

「ああ、ミシェラ。大丈……」

 別部屋から出てきたイーデンがミシェラに声をかけようとし、ぐらりと体を揺らした。寝不足、働きすぎの上にエレインとリンジーに近づいたことで魔力が取られたのだろう。通常、魔術師としてちゃんと訓練を受けていれば魔力を奪われるようなことはないのだが、イーデンの場合は疲れているのだろう。

「悪いけど、少し外すよ。あとで交代する」

「……うん。ゆっくりしてきて」

 イーデンは頭を振りながら後ろに下がった。距離を取ろうとしているのだろう。彼とも別れ、ミシェラはエレインとリンジーを、城の奥にあるエレインの私室に運び込んだ。面倒くさいので、リンジーも運び込んだ簡易ベッドに寝かせる。


「……ねえ。大丈夫なの?」


 こそっと部屋の中を覗き込むのはユージェニーだ。エルドレッドが「大丈夫から離れてろ」と妹を追いやろうとする。ミシェラはランスロットの首をカリカリとなでた。

「悪いけど、ジェインたちを見ていてくれる?」

「承知した」

 艶のある低い声でランスロットが答えた。それからミシェラはエレインの手を握る。彼女のほうが元の力が強いためか、意識レベルが低いためか記憶が断片的にしか読み取れない。まあ、もともとミシェラは人の思考を読み取るのは苦手であるが。


 対象を変える。リンジーの手を握った。彼の方がミシェラと親和性が高い。ミシェラは目を閉じ、短く呪文を唱えると、リンジーの記憶の波に潜った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ミシェラさん、口調が不安定。


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