35.アルビオン内戦
バタバタしてて投稿予約忘れてました…。
二人の王子は、王都内を戦場にしなかった。王都近郊が、その主な戦場である。リチャード王太子はアストラット城塞に、ジョージ元帥はログレス平原に陣を構えた。適度な距離を保ち、野戦となるだろうが、ミシェラにははじめから勝敗がはっきり見えている気がした。ジョージ元帥は本拠地が遠すぎる。
戦場が正しく戦場であるのと同時に、エレインの居城ハイアット城もある意味戦場だった。中立地帯の野戦病院なのである。どちらかと言うと、ジョージ元帥の陣に近い場所にハイアット城はあった。
「Aが最重度よ。重症患者から先に診て。判断が難しければ、私かイーデンに聞きなさい!」
「ドクター、また怪我人が……!」
「誰か、止血剤!」
「ちょっと待って! イーデン、行ける!?」
「無理だ! 鬼かお前は!」
「うるさいわよ! アドルフ、代わりなさい! 傷口を閉じておいて!」
「え、俺ですか!?」
「できるでしょ!」
戦場さながらである。元戦場指揮官でもあるミシェラはこう言った場合の采配にも経験がある。もともとはミシェラが開いた野戦病院であるが、気が付けば医師や看護師、薬師、魔術師などが集まってきている。イーデンもアドルフも医師だ。
ミシェラは五体満足で無かろうが、内臓が飛び出ていようが動揺せずに処置を行う。簡易的に野戦病院となったハイアット城の正面側は、すでに怪我人でいっぱいだった。
「ひとまず、落ち着いたな」
血だらけの白衣を脱ぎながらミシェラに近寄ってきたのはイーデンだ。イーデンは彼女が医学部にいたころの同級生だ。優秀な外科医でもある。そもそもは宮廷医だったはずだ。
「戦闘が終わったんだろう。もう夜だし」
夏なので日は長いが、もうそろそろ日没だ。リチャードもジョージも、兵を引いているだろう。
「……内戦が始まって一週間か……お前の見たところ、どうだ? 戦況は」
イーデンが尋ねた。彼は、ミシェラが『ジェネラル・エイリーン』であることを知っている。ミシェラの実年齢よりもいくらか年上の彼は、妻子とともにこのハイアット城に移ってきていた。
「戦況も何もない。戦闘レベルでは、ジョージ元帥が勝っているけど、戦略的にはリチャード王太子が勝っている。戦闘の前段階で、リチャード王太子が勝つことは明白だ」
だが、それをジョージがわかっていないとは思えない。ジョージは戦好手だ。それでも。
「戦術で、戦略的失敗を覆すことはできない」
「ジョージ元帥は、戦略的に失敗していると?」
「そうだね。戦闘前の準備が不徹底だ」
もしかしてジョージは負けたがっているのだろうか。ミシェラがそんなことを考えていたとき、城の奥からエレインとリンジーが歩いてきた。金髪と銀髪の美女美男はとても目を引いた。二人とも、それぞれ杖を持っていた。
「何かあった?」
ミシェラが二人に尋ねる。イーデンは静かに二人に向かって頭を下げた。
「ミシェラ、留守をお願いできる? どうやら、魔術師が裏で暴れまわっているらしいわ」
エレインが言った。『旧き友』は身の丈ほどの杖を持つことが多く、彼女もニワトコとルビーの杖を持っている。この杖は彼女が強い炎の魔法を使うことを意味している。
「二人で行くの? その魔術師って、そんなに……」
「どうやら、我らと同類のようだ」
リンジーの言葉に、ミシェラは顔をしかめた。
「……ならきっと、ロバートに霊薬を盛った魔術師だ。あれだけの知識があるんだ。相当魔法に長けているだろうね」
つまり、ミシェラが行っても役に立たないし、いくら魔法に長けるエレインと言えど、一人で行くのは危険だ。
「あなたもそう思うのなら、そうなのでしょうね」
エレインが微笑んだ。もし、『旧き友』が暗躍しているのであれば、これは同じ『旧き友』にしか止めることができない。
「お前はしっかり留守番をしていなさい」
リンジーがそう言ってミシェラの頭を撫でる。穏やかに微笑む彼は、ミシェラに比べれば強い魔術師だが、エレインには及ばない。彼の魔法特性は希少で、誰かの補佐に向いている。
そんな彼の杖はイチイとオニキス。魔法を使うのを助ける杖だ。
魔術師の杖は木材が多い。銀と水晶の杖を使うミシェラは、どちらかと言うと魔法を使うことより殴るために杖を持っている。
「どこにいるか、わかってるの?」
「ひとまず、一番近いログレスの戦場跡へ向かう。ミシェラ、私のあげた指輪はしている?」
ミシェラが左手をリンジーに見せた。その薬指には銀色の指輪があった。魔法陣が彫り込まれている同じ指輪が、リンジーの指にもある。二人とも左手の薬指にしているので、結婚指輪だと思われることが多い。そう思われるようにそこにしているのだけれども。
この指輪は魔法道具の一種だ。魔法道具用に鍛えられたものに、リンジーが魔法を込めた。この指輪をしているから、ミシェラとリンジーのつながりは強いのである。
「……つまり、こっちに攻めて来たら助けを呼べばいいの?」
「さすがはミシェラ。察しが良くて助かるわ」
エレインが微笑んで言った。敵対している魔術師が、今どこにいるか正確にはわからない。エレインとリンジーが出て行けば、この城は手薄になる。普通にエレインたちの方へ行ってくれれば問題ないが、手薄な城を狙ってくる可能性もあると言うことだ。
「まあ、動きから見て私たちを挑発してる感じだからね。引っかかったふりして出て行けばいいと思うけど……この城、私一人になるんだね……」
半人前魔術師のミシェラは不安だ。
「お前、守戦は得意だろう?」
「相手の動きが読めればね」
今回は相手が何をするかわからないので読みにくい。確かに、ミシェラはかつて城の護りを任された指揮官だったが、今回はそれとわけが違う。
「城の結界を越えてくることはないでしょう。……たぶんね」
「とても不安になる言葉をどうもありがとう」
城主エレインがいなくなるので、余計に不安なのだ。エレインとリンジーがミシェラの頬にキスをする。
「護りの魔女たるあなたに、古からの護りがあらんことを」
エレインの祝福に、ミシェラも落ち着いて答えた。
「旅路を行くあなたたちに、湖の乙女の加護があらんことを」
聖の力を持つミシェラからの祝福に先達二人は微笑むと、そろって転移した。ログレスに向かったのだろう。一番最近、魔術師の目撃があった場所で、戦闘があった場所でもある。ジョージの陣地の近くだが、魔物が現れたことで戦場が混乱したらしい。
「お前、可愛がられてるな」
一連の様子を見ていたイーデンが面白そうに言った。ミシェラは「そうだね」と恥ずかしがりもしない。
「彼らにとっては、私はまだ子供みたいなものだからね」
数少ない仲間の一人。しかも最年少。甘くなってしまう気持ちは理解できる。ミシェラも、今預かっている子たちの中で最年少のユージェニーにはどうしても甘くなってしまう。
「とにかく、イーデンにも負担をかけると思うけど、よろしく」
「……まあ、仕方がないな。やれるだけやるよ」
医師の鏡イーデンは頼もしくうなずいた。ミシェラが城の維持のほうに力をまわさざるを得なくなったため、治療に専念できなくなる可能性があった。
しかし、翌日にはそんなに心配する必要はなくなった。エルドレッドが合流してきたのである。アーミテイジ公爵家はどちらにもつかなかったらしい。魔術師である彼がいれば、ミシェラが護りに割く力は少し減る。
けが人は増えるばかりだ。もちろん、良くなって出て行く人もいるが、また怪我をして戻ってくる人もいる。サイラスだけでなくニコールやユージェニー、エイミーですら手伝いに来ることがあった。忙しすぎて見ていられないのだそうだ。
あわただしくてエレインとリンジーがどうしているか、そこまで気が回らなかったが、二人なら大丈夫だろうと思い込んでいたミシェラに衝撃が襲うのは、二人が出て行ってから三日後のことだった。
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