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34.アルビオン内戦










 ミシェラは、ヘンリー四世の葬儀に『旧き友ウィタ・アミカス』として、参列していた。葬儀と言うことで黒地に金の刺繍が入ったローブを羽織り、銀と水晶の杖を持っている。身の丈ほどのこの杖を、ミシェラはよく振りまわしているが、結構な重量だ。ちなみに、壊れないのは魔法で強化しているためだ。

 その杖を、今、ミシェラは『旧き友』の証として所持している。葬儀にはもう一人『旧き友』が参列している。エレインだ。彼女も、ミシェラと似たり寄ったりな格好である。


「ミシェラ」


 葬儀が終わったあと、エレインと共に立ち去ろうとしたミシェラを呼び止める声があった。ジョージだ。

「ミシェラ。先に行ってるわね」

「ええ」

 エレインが先に葬儀を行った聖堂を出て行く。ミシェラはジョージに向き直った。

「ジョージ元帥閣下。お悔やみ申し上げますわ」

「あ、ああ……」

 杖を手にしたまま優雅に礼を取るミシェラに、ジョージも少し調子を乱されたようだった。


「ミシェラ。頼みがある。私と共に来てくれないか?」


 はっきりとは言っていないが、これは『自分と一緒にリチャード王太子と戦ってくれ』と言うことだ。やはり、そうなるのか。

「マーシャル。ご存じでしょう。私は『旧き友』。古からの約定に基づき、政戦には参加しない。いくらあなたの願いでも、できません」

「……はっきり言うんだな」

「言いますよ。私は居場所を失いたくはありませんから」

 『旧き友』の立場を崩さずに、言った。ミシェラは長い時を生きる。いくらジョージやリチャードが兄で、ここが居場所だ、と言っても、彼らはミシェラよりも先に死ぬのだ。


 目先よりもミシェラは先のことを選ぶ。ジョージが先のことを心配するのであれば、初めからやらなければいいのだ。


「……そうか。そうだな。お前と私たちでは、生きる時間が違う……なら、いいんだ」


 ジョージはあっさりと引いた。そのことに軽く驚きながらも、ミシェラは尋ねる。

「ほかに何か私に言うことはないの?」

「素が出てるぞ……そうだな。『心配してくれてありがとう』」

「……」

 ミシェラは眉をひそめた。リチャードもだし、ミシェラもそうだが、ジョージも若干天然が入っている。そして、それ以上は出てこなさそうなので、ミシェラは最後に一礼した。

「それでは、マーシャル。失礼いたします。あなたに、今後も幸多からんこと」

「ありがとう。お前も、あまり弟子をいじめないようにな」

 ミシェラはすっと目を細めてジョージを睨み、聖堂を後にした。そして、帰るのは街中の診療所のある家……ではなく、エレインの城だ。ミシェラは待っていたエレインに駆け寄る。

「お待たせ」

「早かったわね。もういいの?」

「うん」

 ミシェラがうなずくと、エレインはミシェラの手を握ってにっこり笑った。

「そう。ならいいのだけどね」

 そう言ってエレインが転移魔法を使う。ミシェラを連れて、自分の居城の中に転移した。側にいたユージェニーが「おかえり~」と手を振り、ニコールは悲鳴をあげた。


「ただいま。エイミーは?」


 ミシェラは姿の見えないエイミーを探して周囲を見渡す。サイラスが答えた。

「体調を崩して、今、リンジーさんが見てますけど」

「わかった。エレイン、この子たちお願い」

「ええ。行ってきて」

 エレインに見送られてミシェラはエイミーの部屋に向かう。この城もかなり清浄な空気だが、場所が変わったことでエイミーは体調を崩してしまったようだ。


「結界を張り直したいけど、この規模だからなぁ」


 ミシェラの今の魔力では厳しい。回復率六割と言ったところか。全開していれば、何とかできたかもしれないが、エレインの城は大きい。

 ミシェラはエイミーの部屋の扉をノックすると、「入るわよ」と言って返事を待たずに入った。

「おお。お帰りミシェラ。別れは済ませて来たか」

「一応ね」

 エイミーのベッドの側に座っていたリンジーが立ち上がり、ミシェラに歩み寄るといつも通りその頬にキスをする。たまにはお前からしてほしいね、と軽口をたたくリンジーに肘鉄を入れ、ミシェラはエイミーを覗き込んだ。赤らんだ頬に手を当てる。


「熱があるね。大丈夫?」

「……あ、お帰り、ミシェラ」

「うん。ただいま」


 ちゃんと出迎えてくれたエイミーの髪を撫でる。彼女は嬉しそうに笑った。

「ごめん……いつも、迷惑ばっかり……」

「子供がそんなことを言うものではないよ。それに、私は医者だから、気にすることはないわ。……魔力が回復していれば、もう少し治せるんだけど」

「ううん。大丈夫」

 ミシェラはもう一度エイミーの頭を撫でると、そのまま彼女を眠らせた。熱は少し引いたと思うが、まだ苦しいだろう。次に起きたら、食事をとらせて薬を飲ませたほうがいい。


「苦しいね……大丈夫よ」


 ミシェラは小さくつぶやくと、エイミーに毛布を掛けて立ち上がった。側で見守っていたリンジーが目を細める。

「お前も大丈夫か?」

 リンジーがミシェラの両手を取る。ミシェラは一瞬目を伏せたが、すぐに顔をあげた。

「嘆くことは、後からでもできるわ」

 ミシェラはそう言って生きてきた。それはこれからも変わらないのだろう。リンジーがミシェラの髪を撫でて彼女を抱きしめた。ミシェラもすがりつくようにリンジーの背中の服をつかむ。と、ミシェラは感情の奔流を受け止めた。足元がよろめいたがリンジーが抱き留めた。

「どうした?」

「どう……って……」

 襲った感情は『悲しみ』だ。近い。と言うか、たぶんリビングにいるユージェニーだ。


「また何かの予知をしたのかしら……」


 悲しい予知だったのだろうか。リンジーに支えられたまま、ミシェラは眉間をもむ。ひとまず、エイミーは落ち着いたのでユージェニーの元へ向かった。接触感応能力サイコメトリーの性質の一部として感受性の強いミシェラだが、わかってしまえば遮ることもできる。知らず流れ落ちてきた涙をぬぐおうとして、リンジーが彼女の涙をぬぐった。

「さて。行こうか」

 リビングに入ると、ユージェニーが半狂乱だった。しかし、そこはエレインがいる。彼女が落ち着かせようと沈静魔法をかけたが、生半可な魔法ではユージェニーに効かない。彼女の特殊な能力と強大な魔法が、三百年を生きる魔女の魔法をはねかえしていた。もちろん、エレインが手加減しているのもあるが。

「大丈夫?」

 ミシェラが話しかけると、ユージェニーがはっとして彼女の腕をつかんだ。


「泣いてるの。これは始まりにすぎなくて……!」


 ユージェニーが訴える。ユージェニーは予知能力を持つ。ミシェラに、何かを訴えたいのだろう。

「いつも泣いてるの。あなたはいつも、事態の最前線にいる。あなたなら確かにできるかもしれない。だけど、あなたは悲しみと共に生きることになる……」

「ジェイン」

 ミシェラは静かにユージェニーの名を呼んだ。強い強制力のある言葉を吐く。

「落ち着きなさい。お前が見ているのは、可能性の未来であって、確かな未来ではないわ」

「……」

 ユージェニーがそろりとミシェラから離れた。その顔が俯けられる。

「ごめ、なさい。私……」

「『視え』るのは仕方がないわ。けれど、その予知に引っ張られ過ぎては駄目よ。ニコール、サイラス。ジェインを休ませてあげてくれる?」

「わ、わかりました」

 ニコールとサイラスがユージェニーに付き添ってダイニングに向かった。二人とも、追い出されたことに気が付いただろう。ユージェニーの魔力に影響を受けたミシェラは額を押さえる。

「強くなってるわね、力が」

「そうだな。はっきりとわかるほどだ」

 ミシェラの言葉に同意するように、リンジーもうなずいた。しばらく一緒にいた二人がはっきりと認識できるほど、ユージェニーの予知能力は強くなっている。


「……ジェインの予知能力と、ミシェラの破魔の魔力は相性がいいわ。きっと、ミシェラに引っ張られたのね」


 相性の良い力を持つ人間が近くにいると、引っ張られるように力が強くなるという現象は、ままあることだ。

「……私かぁ」

「お前も性質上、魔力を垂れ流しだからな。そろそろ本格的に魔法の勉強をするか?」

「そうね……」

 ミシェラも魔法の勉強は中途半端だ。魔術師としては二流。医師になることを優先したため、魔法に関しては後回しになってしまっている状況だ。だが、いつまでもそうはいっていられない。

「そうね。内戦が片付いたら、お願いします」

「あいわかった」

 リンジーがうなずいた。一応、ミシェラは彼の弟子であるので正しい姿ではある。


「でも、ジェインにも魔法知識を与えたほうがいいわ。多少コントロールできないと、変な魔術団体とかに狙われちゃうわよ」


 エレインのツッコミを受け、リンジーは少し考えたようだ。

「……ミシェラは気長に行こう」

「突然、消極的ね」

 そうは言ったが、ミシェラに否やを唱える気はない。エルドレッドが魔法を教えていたニコールも、今はリンジーが見ている。二流のミシェラが教えるよりも、一流のリンジーが教えたほうが安全だからだ。


 ミシェラの人生は長い。ゆっくり教わっても、問題ないはずだ。このままだと、後回し、後回し、と言う状況になりそうな気もしないではないが。


 ユージェニーに関しては、ひとまずエレインの髪を依って作ったブレスレットを付けさせた。予知能力の暴走を抑えるためだ。簡易のものなので、新しいちゃんとしたものを用意する必要がある。しかし、それは目の前の問題が片付いてからだ。


 ついに、リチャード王太子とジョージ元帥による王位継承戦争が勃発したのだ。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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