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31.晴天

ニコール視点。









「あ、ねえ! 晴れてきたよ」


 エイミーの様子を見に来たニコールは、カーテンの隙間から光が差し込んできたのを見てカーテンを開けた。


「あ、本当だ」


 ユージェニーが顔をあげて、久々の太陽の光に目を細める。眠っていたエイミーが身じろぎし、目を開いた。

「……まぶしい」

「ああ、ごめんね」

 眠っている人間の当然の主張に、ニコールがカーテンを閉じようとする。しかし、「待って」とユージェニーの静止が入った。


「待って。開けておいた方がいいと思う」

「どうして?」


 ニコールが首をかしげて尋ねている間に、エイミーがベッドの上に身を起こした。

「どうしてって言われても困るけど……」

 説明できない直感らしく、ユージェニーがもじもじと手を組み合わせる。エイミーがぐっと伸びをする。

「ジェイン。おなかがすいたんだけど」

「え? あ、うん! 今何か持ってくるね」

 ユージェニーがバタバタと階下に降りて行く。空気を読まないような発言をしたエイミーは、ここ十日ほど寝込んでいたので、輪郭がやせ細っている。彼女が食べられない、と言ったためだ。同じような主張をする人間が、この家にはもう一人いたが今は不在である。

「エイミー、大丈夫?」

「ああ。体調はいいよ。雨が止んだからかな」

 確かに、やつれているが顔色は良い。そう言えば、前にリンジーが「雨は陰の気で、体調を崩す者もいる」と言っていた。ミシェラが倒れた時のことだと思う。エイミーも同じ理由だったのだろうか。


 ノックがあった。ユージェニーが戻ってきて、両手がふさがっているから開けられないのだろうと思って駆け寄ると、ニコールが扉に手をかける前に開いた。ここの扉は外開きだ。

「……あれ、サイラス?」

「ジェインが上がってくる前に、ちょっと体調を診てもいいか?」

 ああ、なるほど、と思い、ニコールは体を引いてサイラスを中に入れた。診察される側のエイミーも「いいよー」と間延びした声で返した。

 サイラスは薬師だ。医者ではない。この家の医者は、『医者の不養生』状態であるので、サイラスが見られる範囲で見ているだけだ。医師であるミシェラに薬学の知識があるように、薬師のサイラスにも多少の医学の知識がある。

「顔色がいいな。倦怠感はあるか?」

「ない」

 即答だった。そうだろうね。おなかすいたって言ってるもんね。脈も正常らしい。サイラスは困った顔をした。


「っていっても、僕も詳しくわかるわけじゃないからなぁ。師匠マスター、生きてるかな……」

「でも、『旧き友ウィタ・アミカス』って、そう簡単に死なないんだろ」


 エイミーがあっけらかんとして言った。調子も戻ってきている。本当に元気になったんだなぁ。

「本人たちはそう言ってるけどな」

 サイラスがため息をついた。破天荒な師に振り回されている彼は、彼女が不在でも結局振り回されている。

 またノックがあった。今度こそユージェニーである。両手で野菜スープとパンを乗せたトレーを持っている。

「お待たせ。有り合わせだけど」

「ジェイン、料理上手だよね」

 エイミーが嬉しそうに言った。彼女は料理に関しては戦力外通告される少女だ。

「ミシェラが教えてくれたの」

「あの人、時々お母さんみたいだよね……」

 ニコールがしみじみと言った。ユージェニーがサイドテーブルにトレーを置きながらうなずく。


「お母さんがいたらこんな感じかなって。お姉さんでもいいけど」


 そう言えば、ユージェニーの母は彼女が幼いころに亡くなっているのだった。さらに続いて父も亡くなっている。

「……とりあえずエイミー、今日一日おとなしくしてろよ。様子を見るからな」

「えー。わかったよ」

 エイミーは不満そうにサイラスに向かって声をあげたが、結局異議は唱えなかった。手狭になったので、一番大きいサイラスが出て行く。エイミーはゆっくりとスープをすすった。一気に食べると胃がもたれるので、少しずつだ。

「そう言えば、下に行ったらギャレットが来てて、リンジーがそろそろ帰ってくるって」

「そうなの? ミシェラさんは?」

「さあ?」

 お母さんみたい、と言ったのに、ユージェニーは結構薄情だ。


 伝言を持ってきたらしギャレットはリンジーの使い魔のオオカミだ。大きな体で少し硬めだが抱きしめると毛が気持ちいい。よくミシェラやユージェニーがブラッシングしたり、首に抱き着いて頬ずりしたりしていた。ギャレットも女性陣に触られるのが好きらしく、気持ちよさそうにされるがままになっている。実は、ニコールも触ってみたい。

 スープを平らげ、パンもひとつだけ平らげたエイミーは、おなかが膨れたと言ってすやすや眠っている。ニコールはカーテンを閉めようかと思ったが、やめた。ただ、日差しがエイミーに当たらないようにレースカーテンだけ閉めた。先に降りたユージェニーを追って、ニコールも一階に降りる。すると、リンジーが帰ってきていた。


「あ、お帰りなさい、リンジーさん。ミシェラさんは?」

「エレインのところだ。目が覚めたら、勝手に帰ってくるだろう」


 みんな、放任だ。ギャレットをもふもふしていたユージェニーが尋ねる。

「じゃあ、天気が良くなったのは?」

「ミシェラの破魔の魔法が効いた、と言うことだな」

 正確にはそれだけではないのだが、リンジーは簡潔にそう言った。ユージェニーが首を傾げ、ニコールは何となく手を伸ばしてギャレットの頭を撫でた。

「モテモテだなぁ、ギャレット」

「オオカミなのに、顔がゆるんでるのがわかるな」

 主はにこにこととぼけたようなことを言ったが、代わりに留守番をしていた魔術師の方は結構辛辣だった。そう。エルドレッドはまだこの家で待機中だった。

「リンジーさん、すみませんけど、あとでエイミーを診てやってくれませんか。師匠マスター、帰ってこないんですよね」

「私も本職ではないが、診るくらいなら受け負おう」

 つまり、早くミシェラに帰ってこい、と言うことだ。魔力がある程度回復するまで帰ってこられないそうだが。

「エイミーも太陽が出て、少し回復したようだな」

「やっぱりそれ、関係あるんですか」

 サイラスがしみじみとつぶやいたリンジーに尋ねた。ああ、とリンジーは微笑む。


「あの長雨は『穢れ』だからな。澱み、とも言うが。陰の気が強すぎて、体調にも影響が出たのであろうよ」

「……なるほど」


 サイラス、本当にわかったのだろうか。


 留守番を頼まれていたエルドレッドであるが、リンジーが帰ってきたので屋敷に帰っていった。久々にユージェニーの作った料理が食べたい、などとシスコンなことを言っていたが、帰っていった。まだ、父親が亡くなった後の処理が終わっていないらしい。ニコールも、兄や叔父が苦労して片づけていた記憶がある。

 ニコールが屋敷を出てから二ヶ月近く経つ。兄のバーナードとはたまに手紙のやり取りをしており、ミシェラの療法を試す叔母のアリシアは体調が良くなってきているようだし、叔父のブレンダンも兄をよく助けてくれているようだ。

 叔父夫婦は、しでかしたことの大きさからローガン男爵家を出ようとしたらしい。だが、バーナードが引き留めた。まだ自分にはわからないことが多いし、側にいてくれるとありがたい。それに、環境が替わるとアリシアの体調が心配だと言って。


 ニコールとしても、あんなことがあったが叔父と叔母が知らない間にいなくなるのはさみしい気がする。


 今度、兄たちに会いに行こう。ひそかに決意するニコールであるが、その前にとんでもないことに巻き込まれることになった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ここら辺で一区切りです。


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