3.ニコール・ローガン
本日三話目。最後の投稿です。
夕食は客室で取れ、とのことだった。もちろん、エルドレッドとミシェラのことであるが。ニコールも何となく二人と一緒に夕食を取った。
「……」
ニコールはちらっとエルドレッドとミシェラを見る。二人は軽快な会話をしていて、本当にやる気があるのかちょっと疑いたくなる。
夕食を食べ終わった後、ニコールはミシェラとともにいた。九時になるとニコールは自室に閉じ込められるのだが、来客がある状態では、叔父もそんなことをしなかった。
「あの、ミシェラさん。どうするのですか?」
一緒に寝る? などとからかわれていたニコールは思い切って尋ねた。ミシェラはベッドに腰掛けて足を組んだ。
「この屋敷には魔術師がいるわね」
「え……はい」
こくんとニコールがうなずく。ミシェラはニコールを見て微笑む。
「なら、その魔術師は自分の領域を侵されていることに気が付いているはずね。往々にして、自分の領域内で戦い方が有利だけれど……」
「戦うつもりなんですか?」
「場合によってはね」
さらりと言うミシェラに、ニコールは次元の違いを感じる。感覚の違い、と言えばいいのだろうか。
「……どう考えても、探偵の仕事じゃないですよね……」
「まあ、エルはそういう仕事も請け負ってるから、大丈夫よ」
ミシェラが慰めになるのかならないのか微妙なことを言った。ミシェラは長い髪をくくると、立ち上がった。
「さて。行ってみようか」
「え、どこに?」
ニコールはミシェラについて尋ねる。ミシェラはさらりと言った。
「あなたのお兄様に会いに」
部屋を出たミシェラは、宣言通り兄が監禁されている場所に連れて行くように言った。ニコールは戸惑う。
「いいですけど……鍵が」
「心配ないわ」
平然とミシェラは言ってのけた。この自信はどこから来るのか。
途中でエルドレッドとも合流した。ニコールは驚いて悲鳴を上げそうになったが、ミシェルに無理やり口をふさがれた。
「鍵がかかっている」
兄が監禁されている部屋のドアノブを回したのはエルドレッドだ。ミシェラが肩をすくめる。
「だろうね」
彼女はエルドレッドと交代した。小声で何か唱えたかと思うと、くるりとドアノブが回って扉が開いた。
「えっ!?」
驚くことばかりだ。ミシェラは何をしたのだろうか、と彼女を見るが、はぐらかすように笑われてしまった。ニコールも追及しない。それよりも。
「お兄様!」
「……ニコール?」
ベッドに駆け寄ると、ニコールに似た金髪の男性がこちらを見て眼を見開いていた。夜なので、普通に眠っていたのだろう。ベッドから足を下ろした兄バーナードが駆け寄ってきた妹を抱きしめた。
「お前、なんでここに。部屋にいないと、叔父上が……」
「そんな事、どうでもいいわ!」
ニコールが半泣きで叫んだ。ここで、バーナードもエルドレッドとミシェラに気が付いたらしい。誰何の声を上げようとしたとき、別の声が響いた。
『へえ。魔術師が二人か。珍しいこともあるもんだ』
突然、部屋の真ん中に中肉中背の男の姿が現れた。オーケストラの指揮棒ほどの長さの杖を持った魔術師だ。ニコールやバーナードに魔法をかけた人物である。
「こんばんは、侵入者たち。僕のテリトリーに足を踏み入れた罪は重いぞ」
「何のかかわりもない人らに、魔法をかけることの罪の方が重いだろう」
エルドレッドがまじめな回答をした。ニコールはギュッと兄に抱き着く。足が変化しているバーナードはわざわざ立ち上がったりせず、ただ妹を抱きしめた。
「ふーん。口は達者みたいだな」
魔術師はエルドレッドたちではなく、ニコールたちの方に魔法を放とうと杖を向けた。しかし、魔法攻撃は当たらなかった。何かにぶち当たったように、ニコールたちの手前で消えた。魔術師が面白そうな表情になる。
「そちらのお嬢さんか? 弟子の方が優秀そうだ」
どうやら、魔術師はミシェラをエルドレッドの弟子だと判断したらしい。まあ、気持ちはわからないではない。
「でも、いくら優秀でも、これには勝てるか?」
魔術師の杖の先から何かが出てきた。人と動物が混じったような、これは……。
「キメラね」
「ミシェラ、そちらは任せた。俺は魔術師を」
「了解。ニコールたちはそこを動かないようにね」
ミシェラの手には、いつの間にか身の丈を越えるほどの杖が握られていた。片方に豪奢な装飾が付いているので、そちらが上なのだろう。そう思ってみていると、突然、彼女は手の中の杖でキメラを殴りつけた。その勢いのままキメラを部屋の外に出す。
「へー。お嬢さん、大胆だなぁ」
感心したように魔術師が言った。ミシェラはキメラを追って出て行き、残ったエルドレッドが魔術を組み立てていく。
「魔術戦をやろうってか。こっちには人質が……」
魔術師がニコールたちに手を出そうとした瞬間、エルドレッドの魔法が魔術師の視覚を奪った、ようだ。鋭い光に、ニコールも目を閉じてしまった。
「二人とも、そこを動くなよ」
ニコールたちの前に、守るように立ちはだかったエルドレッドが言った。ニコールには理解できない魔術での応酬が続き、どうやらエルドレッドが押していることはわかった。魔術師が舌打ちして部屋を出て行こうとする。
しかし、開けっ放しの扉から出ることはできなかった。外でキメラと戦っていたはずのミシェラから、物理的攻撃を食らったのである。つまり、杖で殴られたのだ。
「な! キメラは!?」
「出来が悪すぎ。魔法を使うまでもなかった」
「さすがは本職剣士だな」
「元職なんだけど」
どうやら、魔法を使わずにキメラを倒したらしいが、本当かどうかわからない。
「お、お前ら! こんなことをしてただですむと……!?」
「むしろ、お前がただですむと思っているのなら、その甘い考えを捨てることだな。人間と亜種動物の融合は魔法法で規制されているのだからね」
ミシェラがきっぱりと言い放った。ニコールは自分の腕に触れる。これのことだろうか。
「ば、ばれなければいいんだ!」
「ばれてるだろーが」
ツッコんだのはエルドレッドだ。彼は年齢の割に軽薄な言葉が目立つ。
「おい! 何をしている!」
「あっ」
これだけ騒いだのだ。何故気が回らなかったのだろう。叔父ブレンダンが起きてきたのだ。そして、この部屋の状況を見て怒鳴った。
「貴様ら、出て行け! こんな……このような……! 彼は私の妻の恩人だ!」
ブレンダンの悲鳴のような叫びに、ミシェラはうろたえることもなく冷静に言い放った。
「あなたにとっては恩人かもしれないが、世間にとってはとんだ犯罪者だ。あなたは、自分の妻を生かすためならば、甥や姪が魔法実験の対象とされてもいいというのか」
「な……小娘に何がわかる!」
ブレンダンがミシェラに怒鳴り散らす。確かに、彼女は十代半ばから後半くらいに見えるけど。
「小娘ね。あとでその言葉、後悔しないといいけれど」
ミシェラがさげすみの目でブレンダンを見た。さらに怒鳴ろうとした彼に、「あなた!」と声がかかった。件のブレンダンの妻、アリシアだ。
「あなた、もうおやめくださいな。バーナードやニコールが窮屈な思いをしているのは知っているでしょう?」
「アリシア……! だが、お前の体が……!」
悲壮な表情で言い募る夫妻のやり取りを、ぱん、と手をたたいて止めたのはミシェラだった。
「悲劇の主人公を気取るのは勝手だけど、その前に、私に診察させてくれない? 私、魔法医だから」
沈黙が下りた。誰も信じなかったのだ。ニコールだって信じられない。
「……いや、十代に見えるかもしれないけど、私、それなりに年食ってるんだよ、本当に」
「ああっ」
声をあげたのは、エルドレッドに拘束された魔術師だった。視線が彼に集まる。
「お前、もしかして、『癒し手』……!?」
ミシェラはぴくっと眉を動かしたが、何も答えなかった。ソーサレス……魔女、ということだろうか。
「……人格はともかく、その女の医師としての腕は本物だ」
「エル、フォローになってないわよ。期待してないけど」
ミシェラがアリシアに手を伸ばしたが、ブレンダンがその間に割って入った。
「妻に触れないでもらおう。お前が本当に医師でも関係ない」
ブレンダンはかたくなだった。今まで、どの医者に見せてもアリシアが回復しなかったことが大きいのだろう。
だが、すぐにそんなことを言っていられなくなった。
アリシアが倒れたのである。
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