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29.長雨










 雨が続いている。妙に長雨だ。十日も続けば、ミシェラも不審に思うようになった。なにより、聖に属するミシェラの力をそいでいるのが気になる。ユージェニーの予知を喚起させるからだ。


「よく降るな」


 ベッドに上半身を起こした国王ヘンリー九世が、ミシェラと同じく窓の外を眺めて言った。ミシェラは国王に視線を戻す。


「そのうち、リーガン川が氾濫するかもしれないわね」


 もちろん、そうならないように宮廷も対策を行っているが、物事に絶対はないのだ。

 ミシェラはフェリス・コート宮殿パレスを訪れている。サイラスも一緒だ。国王の体調が悪いと言うことで、診察に訪れたのである。といっても、彼女に出来ることはない。ただ、癒しの力を与えることしかできない。

「そう言えば、エイリー。ロバートを看取ったそうだな」

「……ええ」

 ミシェラがうなずくと、国王は目を伏せた。

「あれは先に行ってしまったか……私より十以上若かったのだがな」

「……医師としても『旧き友ウィタ・アミカス』としても、耳が痛いわね」

「ああ、そんなつもりではない」

 国王は苦笑して、ミシェラの手を取った。


「エイリー。私たちにはお前たち『旧き友』の苦しみはわからん。しかし、少し休んでもいいのではないか? 顔色が悪い」


 微笑んで優しく言われ、ミシェラは苦笑を浮かべざるを得なかった。

「医者の不摂生と言うわけね。そんなに調子が悪そうかしら」

「まあ、私が元気なお前をよく見ていたからと言うのもあるだろうがな。『旧き友』が丈夫であるのは知っているが」

「そうね。私の頑丈さは人間を越えているものね」

 自分でも引くくらい、ミシェラは丈夫だ。それが顔色が悪いと言うのだから、相当調子が悪いのだろうと国王が思っても当然だ。患者に心配される医者の図である。


「でも、確かに師匠マスター、顔色が悪いですよ」


 国王の寝室ではじっとおとなしくしていたサイラスが、帰りの馬車の中で言った。ミシェラは頬杖をついてサイラスを見る。

「平気よ。『旧き友』はそう簡単に死なないわ」

「それ、体調を崩したりはするってことですよね」

 さすがサイラス、なかなか鋭いことを言う。ミシェラは肩をすくめた。

「裏を返すと死にたいほど苦しくても死ねないってことよね」

「もう、帰ったら寝てください」

 サイラスが呆れて言った。ミシェラの発言を、本当に体調が悪いのだろうと判断したのだ。ミシェラは目を細めると、雨が降り続く外を眺めた。

「……いつまで降るんですかね」

「さあ……ジェインにでも予知してもらいましょうか」

 ミシェラがまぜっかえす。元騎士であるミシェラは、気象学にも多少の心得があるが、彼女の俄か知識ではこの気象は読めないのだ。と言うか、自然現象以外のものが働いている気がする。


 馬車が到着した。サイラスが先に降りて、ミシェラに手を差し出す。彼もこうした動作がスムーズになってきた。ミシェラは彼の手を取って馬車を降りると、御者に礼を言って見送った。

「お帰りなさい」

 ニコールが出迎えてくれた。昼食の準備をしているのだろう。キッチンから料理の匂いが漂ってきていた。

「ただいま。エイミーは?」

「寝てます。体調は悪そうですけど……」

 そこでちらっとニコールはミシェラを見た。

「ミシェラさんも顔色悪いですね」

「……私、そんなに不景気な顔してる?」

 父やサイラスだけでなくニコールにも同じことを言われ、ミシェラはさすがに眉をひそめた。普段元気な分、顔色に表れているのかもしれない。


「エイミーもミシェラもこの長雨の影響を受けているのであろうな」


 リビングに入ると、ミシェラの顔を見てリンジーが言った。彼はいつも通り、ミシェラに近寄るとその頬にキスをする。サイラスたちもいつものことなので慣れた様子で気にもしない。

「エイミーはもともと体が弱いし、私はどちらかと言うと聖に属する力を持ってるものね。相性は悪いわね」

 家まわりの結界の維持も大変なくらいであるが、ミシェラは一度エイミーの容態を見に彼女が使っている部屋に向かった。気管支系の弱い彼女は、この長雨の影響を受けているのだろう。

「少し熱があるわね。ご飯は食べられそう?」

「……少しなら」

 ベッドでおとなしくしているエイミーが答えた。ミシェラは「そう」とエイミーの頭を撫でる。食べられないのに食べるのもつらいが、全く食べなくてもなかなか回復しない。難しいところだ。


 ほかは不調がないと言うことを確認し、ミシェラがリビングに戻るとちょうど昼食の準備が終わっていた。エイミーにはあとでかゆを持っていくと、とユージェニーが言った。さすがに、一緒に暮らしていただけあって慣れている。

 ミシェラは微笑んでいつもの席に座ったが、座った瞬間、これは駄目だと悟って立ち上がった。しかも気持ち悪くなってきた。ばっと身を翻して洗面台に向かう。

「ミシェラさん!?」

 驚いた声をあげたのはニコールか。追ってきたのはリンジーだ。

 洗面台の蛇口をひねって水を流し、衝動のままに胃の中のものを吐きだしたが、食前だったため胃液しか出てこなかった。

「ミシェラ、大丈夫か」

 水で口をゆすいでいると、リンジーがミシェラの背中を撫でた。ミシェラは彼に抱き着くと、その肩に額を乗せて息を吐いた。リンジーの手がミシェラの背中を支えたので、遠慮なく体を預けた。


「あのー、大丈夫?」


 顔をのぞかせたのはユージェニーらしい。リンジーがちょうどミシェラを抱き上げた時だった。彼は見た目に寄らない膂力でミシェラを抱き上げ、片手で蛇口を閉めた。


「ああ、問題ない。ただの魔力欠乏症だ」


 ただし、重症の。『旧き友』はそう簡単に死なないし、魔力の容量も大きい。それなのに、ミシェラの魔力はそこをつきかけている。リンジーに触れていると、彼からの魔力供給があるので少し楽なのだ。

 ミシェラはリビングのソファに降ろされたが、姿勢を保つのも億劫でクッションの上にぽすんと身を横たえた。サイラスとニコールも心配そうに近づいてくる。

師匠マスター、大丈夫ですか」

「本当に体調が悪かったんですね」

 ニコールがさらっとひどいことを言っている気がするが、ツッコむ気力もない。リンジーが柔らかい声で言った。

「お前たちは下がっていなさい。あまり近づくと、ミシェラに魔力を持って行かれるぞ」

「え、はい」

 サイラスは錬金術師、ニコールは見習い魔術師、ユージェニーは予知能力を持つ魔女。三人とも、多少なりとも魔力を持つ。魔力の器が大きいのに枯渇しかけているミシェラに近づけば、少ない方に魔力が持って行かれるのは自明の理だ。

「ミシェラ、もう少し頑張ってくれ。私にこの家の保護魔法を引き継いでくれ。このままではお前の負担になる。わかるだろう?」

 ミシェラは閉じていた眼を開いた。膝をついたリンジーがミシェラの手を握っている。一度息を吐いてリンジーの手をこちらからも握る。億劫そうに、彼女は唇を開いた。


『……――――――』


 現代の言葉ではない言葉で呪文をつぶやくと、ミシェラからリンジーの方へ、腕を伝って魔法文字が移行する。この家の保護魔法の権利をリンジーに移行したのだ。削り取られる魔力が減り、少し楽になった気がした。

「よし。お前のものよりは弱いが、私でもしばらくは持つだろう。ひとまず、サイラス」

「あ、はい!」

 リンジーに名を呼ばれ、サイラスが返事をした。リンジーが立ち上がったので、ミシェラは目を閉じる。本人もリンジーも言ったように、『旧き友』はめったなことでは死なないので、誰も気にしなかった。

「今日の午後以降のミシェラの往診は断ってくれ。常用の薬は、お前が出してもいいと思うが」

「……わかりました」

 サイラスにとって、リンジーは師匠の師匠である。まあ、ミシェラはリンジーを師匠と呼んだことはない。考えてみれば、くそ生意気な餓鬼だったと思う。


 そんな事を思い出しているうちに、ミシェラは眠りについた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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