28.カイル
閑話的な。ミシェラの根幹をなすもの。
ジェネラル・エイリーンと呼ばれていたミシェラを『旧き友』として見出したカイルは、『守護者』と呼ばれる防衛魔法に長けた『旧き友』の魔術師だった。波打つ黒髪にグレーの瞳の中性的な美男子で、どう見ても二十代前半にしか見えなかったが、実際は二七十歳を越える、エレインに次ぐ長寿だった。
ミシェラを見出した彼だったが、彼女の魔法教育は別の『旧き友』に任せてしまった。その任されたかわいそうな『旧き友』がリンジーなのである。十六歳から二十歳までの四年間。ミシェラは『旧き友』としての自覚がないなりに、リンジーについて魔術を習っていた。それに伴い、国中を旅した。
師であり、兄であり、親友のようでもあり、時には恋人のようでもあった。そんな『旧き友』のなかではともに若輩とされる二人の元に、カイルが危篤状態である、と連絡が入ったのは、ミシェラが見いだされてから四年、彼女が実年齢で二十歳となったころだった。
カイルはアルビオン王国の南側に領地を戴いていた。その居城アスター城で、彼は伏していた。彼のほかに、『旧き友』の魔術師の男女が一人ずついた。
『旧き友』の死は、数名の同胞と共に見送るのが通例なのだと言う。リンジーがミシェラを連れてきたのは、それに触れさせるためだ。何しろ、『旧き友』は長寿で人数も少なく、しかも、めったに死なない。
「エイリー……いや、ミシェラか。来やれ」
安楽椅子に腰かけたカイルは、少しやつれているが相変わらず麗しかった。だが、その魔力が著しく減衰していることが、にわか魔術師のミシェラにもわかった。リンジーにしがみつくようにくっついていたミシェラは、リンジーを見上げた。彼はさすがに笑みを浮かべてはいなかったが、軽く彼女を押しやる。
ミシェラは安楽椅子の前まで行くと、膝をついて差し出されたカイルの手を取った。その瞬間、ミシェラの目の前に映像が流れた気がした。
繰り返される戦争、死、悲しむ人々。何故助けられなかったのだと責められる。
強烈な映像……きっと、記憶なのだろう。それを垣間見たミシェラは手をつないでいるカイルから身を引こうとした。しかし、カイルは強い力でミシェラの手を握っていた。
「見えたかの。私の過去だ。おぬしには接触感応能力がある。私の力と、相性が良かろう」
「……」
ミシェラは上目づかいでカイルを見た。彼は優しげに微笑む。
「のう、ミシェラ。おぬしはこれまで、多くの死を見て来ただろう。しかし、これからは比較にならないほどの死を見ることになる。いとしいものに先立たれ、時代に置いて行かれるやもしれぬ。しかし、それは同じだけ、生を見ると言うことだ。それを、忘れてはならぬよ」
「……カイル?」
ミシェラは首をかしげる。カイルはミシェラの手首をつかみ直す。
「驚くでないぞ。おぬしが一番よく、私の力を使えると思ったから、引き渡すのだ。私の記憶を見て、おぬしは苦しむかもしれぬ。だが、ミシェラ。歴史に取り残された私を、どうか忘れないでおくれ」
カイルの周囲を、柔らかな魔力の光がつつむ。顔のあたりまで、魔法文字が現れ、それが徐々につないだ手からミシェラの方へ移動していく。魔法の譲与だ。
当然だが、ミシェラよりカイルの魔力の器は大きい。その魔法を譲与されるのだ。身を割くような痛みがミシェラを襲い、彼女はカイルの手を放そうとする。だが、譲与が終わるまで彼は手を放さなかった。
彼が二百年以上かけて作り上げてきた魔法の一部と、彼が生きた記憶。世界が変わっていく様を見ていた、その記憶。彼が愛した者は彼をおいて先立ち、彼を愛した者も彼の元から去っていく。それは喪失の記憶。しかし、新たな出会いもあった。
それらは、『旧き友』でなければ得られなかったもの。彼は自分が長き時を生きる『旧き友』であったことを、悲観していなかった。いまだ受け入れられないミシェラへの、カイルからの最後のメッセージだ。
彼とて、初めから『旧き友』としての生を受け入れられたわけではない。だが、その生を受け入れるしかない。カイルは自分の存在に悩み、受け入れ、そして、どうせならその長い時間の中で、人々を守ろうとした。
中には、彼らを化け物と呼ぶ者もいた。人間は自分と違う存在を受け入れるのは難しい。当然の扱いだ。それでもカイルは、彼と親しく接してくれる人々の為、魔法の研鑽を積んだ。
ミシェラがはっと意識を取り戻した時、彼女はリンジーに支えられていた。
「大丈夫か? まだお前には少し、つらかっただろうが」
すぐに反応できずに、ミシェラは何度か目をしばたたかせ、それからはっと身を起こした。
「カイル!」
疲れた様子で、彼は安楽椅子にもたれていた。彼は微笑むと、ミシェラの手を取り、その腕に現れた魔法陣を確認する。
「……どうやら、うまくいったようだの」
眼を細めたカイルだが、そのまま目を閉じてしまいそうだ。ミシェラは「カイル!」と叫んだ。
「カイル、僕は……!」
ミシェラが何か言う前に、カイルはその眼を閉じた。微笑んでいた。あとで確認したところによると、亡くなった時彼は二七五歳だった。
「ミシェラ、下がりやれ」
金髪の女性に言われ、ミシェラは後ろに下がる。その肩をリンジーが支えた。
「ミシェラ。『旧き友』は死ぬとき、その力を後輩に伝えるんだ。通常は、それなりに魔術師として研鑽を積んだものが引き受けるんだが、お前の場合は、カイルの力と相性が良かった。だから、お前に譲与したんだろうな」
その長きにわたる知識が、消えないように。後輩は先輩から、こうして力を引き渡していく。
「ミシェラ。カイルの記憶は、お前を苦しめるかもしれん。だが、きっと、お前の力にもなるだろう」
「……」
リンジーの穏やかな声を聞きながら、ミシェラは二人の『旧き友』に身なりを整えられるカイルを見ていた。その瞳から涙がこぼれる。
「ねえ、リンジー。僕、医学を学びたい」
「……は?」
さすがのリンジーも訳が分からないと言う表情をした。次から次からこぼれる涙をぬぐうこともせず、流れるままにしながら、ミシェラは言った。
「僕の魔法の勉強が、まだ終わっていないのはわかっているよ。僕はいい弟子じゃない。まじめにやる気がないし……だけど、わかったよ」
ミシェラは涙をぬぐうと、リンジーを振り返って言った。
「僕たち『旧き友』には、他の人々とは違い、長い時を生きるための責任がある。長い時を生きるには、それなりの力が必要だ。そうして積み上げてきたのが、この魔術なんだね」
ミシェラも真剣な顔をしていたが、リンジーもいつになくまじめな表情をしていた。
「昔、言われたんだ。できるだけの力があるのに、やらないのは罪だ。王族として、果たすべき義務を果たせって」
「……いかにも、リチャードが言いそうなセリフだな」
「そうだね……でもきっと、『旧き友』であることも、同じことだね。希少価値では、こちらの方が上だ。……やっと、わかった気がする」
この時リンジーは、彼女を聡明な娘だな、と改めて認識した。やる気がなさそうにもかかわらず、彼が教える技術を吸収して言った彼女だ。一旦やると言えば、すさまじい勢いで成長していくのではないだろうか。
「僕は王女として戦って、多くの人を殺してきた。だけど、その本質は国と人を守ることにあるはずなんだ。『旧き友』であっても、それは変わらないと思う。愛すべき隣人を守るために、医学を学びたい」
何のことはない。方法が変わるだけだ。やっていることは同じ。
医学を学ぶには、大学に通う必要がある。リンジーは彼女が医学を学ぶことを了承した。『旧き友』の一生は長い。少しくらい、寄り道しても問題ない。
そして、ミシェラは優秀な成績で医学を修め、魔法医として活動するようになったのだが。
「昔はもう少し可愛げがあったんだがなぁ」
つぶやくリンジーに、ミシェラが頬杖をついて睨み付ける。
「今、失礼なことを考えているわね?」
「ああ、まあ、お前の魔術修行がまだ終わっていないと言うことを思い出したんだ」
「……」
そう。ミシェラは魔術師としては二流。成長の余地はあるが。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
20歳くらいまでミシェラはボクっ娘なので、誰を書いてるのかわからなくなります。