27.エルドレッド・アーミテイジ
「銃型か」
ミシェラはそうつぶやくと、そちらに向かって足を踏み出した。つまり、部屋の右手。エルドレッドたちとは逆の方。こちらを攻撃しているメイドに向かって。
「近づかないで!」
メイドが叫んで引き金を引いたが、ミシェラは止まらなかった。攻撃は当たらず、壁を傷つけた。ミシェラは苦も無くメイドに近づくと、腕をひねりあげて銃を取り上げた。小型の銃型魔法道具である。
「さて。あなた、誰の命令でこんなことを?」
自らやったとは思えない。誰か、黒幕がいるはずだ。普通に売ってはいるが、魔法道具は高価なのだ。誰かが用意せねばなるまい。おそらく、レティシアではないだろう。
腕をひねりあげていたメイドの首が回り、上目づかいにミシェラを見た。そして、その唇がにんまりと笑みを描く。
〈やっと会えたな、同胞〉
耳で聞いたと言うより脳に直接語りかけてくるようだった。テレパシーに似ているが、少し違う。さすがに驚いた。
「ミシェラ、離れろ!」
離れて見ているエルドレッドから声が飛んで、ミシェラは反射的に後ろに飛びずさった。巨大な手のようなものが、ミシェラを捕らえようとしていた。エレインの邸宅からの帰りに見たものと同じだ。
その巨大な手に、突然現れた大きな灰色のオオカミと大きなイヌワシが飛びついた。リンジーの使い魔ギャレットとミシェラの使い魔ヴィヴィアンだ。
「いい子よ、ギャレット、ヴィヴィアン!」
「ミシェラ、あの子が!」
低い、バリトンの落ち着いた声だ。オオカミの使い魔ギャレットである。主人と同じく長い時を生きる使い魔は、時間を経ると話せるようになるのだ。ヴィヴィアンはまだ若いために、話すことはできないが、主人であるミシェラと意思疎通は取れている。
あとでたくさんほめてあげないと、と思いつつ、ギャレットが『あの子』と呼んだメイドを追いかける。彼女は廊下を走り抜け、その突き当り、ガラス窓を突き破って飛び降りた。ちなみに、ここは三階である。
「!」
ミシェラはとっさに右手を前に突き出した。その腕にあらかじめ用意されている簡易魔法陣が金色に明滅した。足の速いミシェラはメイドが飛び降りた窓から下をのぞく。散開の高さなら、打ち所が悪ければ死んでしまう。
幸い、ミシェラの衝撃緩和の魔法が間に合ったようで、メイドは生きているようだ。代わりに、彼女についていたのだろう黒い影が逃げていくのが見えた。
「ギャレット、ヴィヴィアン、追いなさい!」
「あとでブラッシングを所望する」
いい声でそんなことをのたまい、オオカミはイヌワシと共に窓から飛び出てあっという間に見えなくなった。ミシェラも窓から飛び降りる。
「おい!」
エルドレッドからツッコミが入るが、ミシェラはたとえ地面が雨にぬかるんでいても、己の身体能力だけで危なげなく着地した。雨に打たれながらメイドの様子を見る。どうやら、気絶しているだけのようだ。
「ドクター!」
家人が屋敷から出てきた。ミシェラは振り返り、彼らに言う。
「気を失っているだけよ。あとで話を聞きたいから、どこかの部屋に軟禁しておいて」
言うことが過激であるが、ひとまずこのまま放り出されることはないだろう。ミシェラも屋敷の中に戻ると、タオルを渡された。服と長い髪を絞り、タオルで水気をぬぐう。あらかた拭って、髪の毛を縛りなおしているところにエルドレッドが降りてきた。
「あのメイド、何か知っていると思うか?」
「いいや。何も知らないでしょうね」
気を失っていても、接触感応能力のあるミシェラには何となくわかるのだ。彼女は何も知らないだろう。
「たぶん、どこかで悪霊にでも取りつかれたんでしょう」
「それなら、お前が触れた時にもっと苦しむはずだろ。あのメイドを取り押さえた時、何を言われたんだ」
エルドレッドの鋭い指摘に、ミシェラは彼を見上げた。光の申し子とも呼ばれる彼女は、闇の魔法に対して強い影響力がある。
「ギャレットとヴィヴィアンに追わせたけど、たぶん、捕まえられないわね。操られていたのよ。意識体が取りついていた、とでも言えばいいのかしら」
ちょうど、ミシェラの足元にオオカミの巨体が現れた。肩にはイヌワシが止まる。湿り気を帯びた毛をミシェラに寄せながら、低いバリトンが言った。
「すまない。逃げられた」
「仕方がないわね。ふたりともよくやったわ」
帰ったらブラッシングしてあげる、と言って、ミシェラはしゃがみ込むとギャレットの首のあたりをわしゃわしゃとなでた。ヴィヴィアンが自分もほめてくれとばかりに鳴くので、ミシェラはヴィヴィアンのくちばしも撫でてやった。
結論だけ言うと、メイドは何も知らなかった。レティシアに尋ねると、彼女は最近雇ったメイドで、もしかしたら、初めからスパイとして入り込んだのかもしれなかった。
レティシアが連れてきたと言う医者は、ミシェラがどれだけ調べても登録が出てこなかった。つまり、もぐりだ。いや、悪いとは言わない。地方に行けば、いくらでも登録のない医者はいる。しかし、貴族家の当主を診察させるのに向かないのは事実だ。レティシアには大いに反省していただきたいところである。
「……父はどれくらい持ちそうだ?」
「……」
ミシェラはエルドレッドを見上げた。
「そうね。長くは持たないでしょう。明日、息を引き取っても不思議ではないわ」
「……そうか」
エルドレッドはただうなずいた。相続の関係があるので、確認しておきたかったのだろう。妹のために家を出奔した彼だが、家を継ぐ気はあるのだろう。ロバートにこの兄妹を頼まれた以上、ミシェラも可能な限りは手伝うつもりだが。
「悪いが、ジェインのことは頼む」
エルドレッドの言葉に、ミシェラは目を細めた。
「あなたたち、やっぱり親子ね」
「はあ?」
「何でもないわよ」
笑ってミシェラははぐらかした。親子で言うことが同じだ。そして二人とも素直ではない。
この三日後、ロバート・アーミテイジ公爵は息子エルドレッドにすべてを託し、息を引き取った。死亡確認を行ったのはミシェラで、エルドレッドとレティシアにみとられてのことだった。
「俺はこちらに身を移すことになる」
「だろうね。当主がいない本家って何」
「お前、ほとんど領地にいないだろ」
「違いない」
ミシェラは痛いところをつかれて苦笑した。そしてすぐに表情を引き締める。
「まあ、ジェインのことは任せなさい。最近、あの子の力が増している気がするから、あの家を出すと危ないわ」
「……ということは、起こるのか」
エルドレッドがじっとミシェラを見ていた。彼女もエルドレッドを見返す。
「お前もそう思う? そうだね。どちらの兄も、あきらめないだろう」
起こるのは、アルビオン全土を巻き込むお家騒動だ。『旧き友』として、関係者の一人として、ミシェラも無関心ではいられまい。その前に、アーミテイジ公爵家だが……。
「ねえ、エル。あんた、王都に来たのはうちの兄に呼ばれたからだって、言ってたわよね」
「ああ。二人ともから招聘されたぞ」
「なら顔くらい見せに行きなさいよ……そうじゃなくて、やっぱりあんたに味方してほしいんだろうけど……」
ロバートの状態を知ってエルドレッドに手紙を送ったのだろうか。だとしたら鬼畜だ。アーミテイジ公爵家は発言力が大きい。エルドレッドがいなければ、レティシアがロバートの死後に、公爵家を荒らしただろう。だから、嫡男であるエルドレッドを呼びもどし、家の安定に勤めさせようとした、とも考えられる。これ、やるとしたらリチャードの方だろう。
「……まあいいわ。レティシアはどうするの?」
「葬儀が終わったら修道院に入れる。文句は言わせない」
「……そうね」
彼女の子供たちは、と思わないでもないが、遠縁の親戚にでも預けるつもりなのかもしれない。
そこまではさすがに、ミシェラの関与するところではない。死亡診断書をエルドレッドに渡し、ミシェラは窓から宮殿の方を見た。
あと二百年は生きるであろうミシェラは、あとどれだけ死を見なければならないのだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この辺からどんどんシリアスに…ならないか。