23.エルドレッド・アーミテイジ
帰る前に、ミシェラは対処療法であるが、いくつか執事に教えて言った。
「入ってしまった毒はもう抜けきらないと思う。まあ、まだ毒であると決まったわけではないけど、どんな薬も過ぎれば毒になるからね。これ以上体にたまらないように、排出させなければならないわ」
そのためにたくさん水を飲ませろ、下剤を飲ませろ、などとおおよそ『姫君』が言うようなことではない言葉を吐き、最後に解毒剤とミシェラの破魔の力が込められた魔法石を渡す。
「効くかはわからないけど、無いよりはましだと思うわ。飲んでも体に悪いことはないし。この石はお守り代わりに置いておいて」
簡単に説明し、また来るわ、とロバートに話しかける。
「構わなくてもいい、と言っても、あなたはいらっしゃるのでしょうな、姫君。不肖の息子をよろしくお願いします」
「おい」
エルドレッドが父親の言葉に反応したが、何か言う前にミシェラが「わかってるわ」と答える。
「ちょっとね。事情も変わりそうだから」
ミシェラはそう言って微笑むと、帰るわよ、と言って男性二人を連れて寝室を出た。ちなみに、エルドレッドはここが家であるが、やはりミシェラたちの家に帰るらしい。
「あら、帰るのね」
高飛車な声音で言ったのはレティシアだ。しかし、ミシェラを含む三人はスルーして帰ろうとした。
「無視するんじゃないわよ!」
怒ったような声が帰ってきたので、ミシェラは振り返って形ばかりに言った。
「ごきげんよう」
「馬鹿にしてるの!?」
しているかしていないかと言えば、しているかもしれない。
「また診察に来るわ。ロバートのこと、気遣ってあげるのね。爵位継承の話なんか持ちだしたら、ドクターストップであんたを隔離するから、そのつもりでいなさいね」
ミシェラはそれだけきっぱり言うと、エルドレッドとサイラスを連れて帰宅することにした。アーミテイジ公爵家が馬車を出すと言うので、ありがたく乗せてもらうことにした。何しろ、雨が降っている。
沈黙が続いていた馬車の中だったが、進行方向逆側に座るエルドレッドがいた。
「おい、何かつけてきてるぞ」
「わかってるわ。雨の中に飛ぶカラスなんて不審だものね」
馬車窓からミシェラは外をのぞいた。黒い鳥が馬車をつけてきている。銃で撃とうかとも思ったが、ミシェラは手元で魔法陣を展開する。使い魔のイヌワシ、ヴィヴィアンを呼んだのである。ミシェラの意を受けたヴィヴィアンは、カラスを始末した。そのまま家までカラスを運ぶ。
先に鳥たちは家についていて、リンジーがカラスを見ていた。ミシェラは先に降りたエルドレッドの手を取って馬車から降りる。一応二人とも、貴族子息と王女と言うことだ。
「おお、お帰り。エル、久々の実家はどうだった」
「……」
からかうようなリンジーの口調に、エルドレッドが憮然とした表情になる。父の愛人であるレティシアからユージェニーを遠ざけるために飛び出してきた家だが、実際に父親が死にかけているのを見て、複雑な気持ちになったのだろう。
ユージェニーがちらちらとエルドレッドを見上げている。彼女も、兄が自分を助けるために家を飛び出したのを知っているのだ。
「リンジー、カラスはどう? 解剖した方がいい?」
「いや、労力の無駄だな。ただのカラスだ。視界を共有していただけだろう。ひとまず、目を付けられたな、ミシェラ」
「私一人だったらどうにでもなるんだけどねぇ」
と、ミシェラは苦笑した。彼女一人なら、本当にどうとでもなる。
「まあそれはいいわ。リンジー、これ、何かわかる?」
「うん?」
ミシェラが持ってきた薬瓶をリンジーに手渡す。リンジーが薬瓶を空けて中身を確かめる。
「……魔法薬というより、霊薬に近い気がするが……私にわかるのはそれくらいだ。それに、おそらく薬に関してはお前たちの方が詳しかろう」
リンジーがそう言ってミシェラに瓶を返す。そうしながら、彼は言った。
「エレインの知恵を借りるのがいいだろうな。やはり、年長者の知恵は侮れない。伊達に長生きしているわけではないからな」
「そういうこと言うから、エレインに怒られるのよ。私にとっては、リンジーも年長者だけどね」
ミシェラは冷静に指摘し、薬瓶を片づけた。その様子を見ながら、エルドレッドが気になる点を指摘する。
「あのカラス、明らかにこっちを探ってたよな。この家、大丈夫なのか?」
つまり、カラスを使って追跡してきた人物に襲撃されないのか、と言うことだろう。こういうことは、ミシェラの得意分野だった。
「いや、襲うことはないでしょうね。この家、街中にあるのよ。襲えば大騒ぎになるわ。それに、この家は私の結界で護られている。相手が何人かわからないけど、たとえ『旧き友』でも破るのに一両日はかかるわよ。そんな悠長にしてたら、誰かが気づくわ」
「……でも、大人数なら?」
エイミーも尋ねてきた。彼女は単純にこういう話が好きなのだ。ニコールとユージェニーは、若い娘らしく少し怯えた表情を浮かべている。
「なら、余計に襲撃しないわね。この家は大人数で襲撃するには不利。狭すぎるもの。せいぜい、五・六人が突入限界人数かなぁ。その人数なら、敵じゃないわ。まあ、家ごと魔法で吹き飛ばされたらおしまいだけど、そうなると、また結界問題にぶち当たるわけね」
「……ミシェラ、すごい!」
エイミーが叫んだ。エルドレッドなどは「そう言えばお前、元本職だったな」とため息をついた。
「ジェネラル・エイリーンの真価は、その一騎当千の戦闘力ではなく、整然とした軍事的思考力にあるからなぁ」
同じく苦笑気味のリンジーに言われ、ミシェラはにっこりと笑った。
「今ならリンジーもいるしね。つまり、彼には家にいてもらわないといけないけど」
「気を付けて行ってくるんだよ」
その前にお伺いを立てる。ミシェラはヴィヴィアンを呼んで腕に停まらせ、そのくちばしを撫でた。ニコールが興味深そうにヴィヴィアンを見る。
「何回見ても大きいですよね」
「これでも、まだ子供なのよ。撫でてみる?」
ニコールがそっとヴィヴィアンの翼を撫でた。ヴィヴィアンは気持ちよさそうに目を閉じる。
「可愛い!」
「猛禽類だけどね。私の使い魔だからおとなしいわよ」
「魔術師って、使い魔がいるんですか?」
と、ニコールはエルドレッドやリンジーを見る。これにはリンジーが答えた。
「力の強い魔術師には、いるかもしれないな。しかし、だいたいは使い魔を維持できない。使い魔のエネルギー源は、主の魔力だからだ。ちなみに、私の使い魔はオオカミだ」
「もふもふよ」
「もふもふ……」
ニコールが見たそうな表情をしたが、リンジーは笑ってはぐらかした。その時が来れば見られるだろうし。
「いいこと、ヴィヴィアン。エレインに、明日の朝、私と弟子がうかがうと伝えてね」
ヴィヴィアンが低く鳴いた。ミシェラは「いい子ね」ともう一度くちばしを撫でると、窓から使い魔を放つ。戻ってきたら、ねぎらっていつもよりいい餌をあげよう。
「……ねえ、ミシェラ、リンジー」
呼ばれた『旧き友』の二人は、呼んだユージェニーを振り返る。彼女は可愛らしい顔を悲しげにゆがめていた。
「これから、よくないことが次々に起こるわ。ミシェラもリンジーも、大切な人を失う。たぶん、私たちも。二人の力が弱まって、危機が来る。でも、それを乗り越えないと、私たちは生きられないの」
そんな、強い予知能力を持つユージェニーの言葉に、先に反応したのは年かさの方。つまり、リンジーだった。
「ジェイン。お前は確かに強い予知能力を持つ。しかし、その予知が完璧ではないことを知っておかなければならない。その予知能力ばかりに、頼ってはいけないんだ」
「……うん」
素直にうなずいたユージェニーだが、ミシェラは逆に少し顔をしかめた。それでも、ユージェニーの予知の実現率は高い。半分の確率で当たると考えても、これからよくないことが起こるのは確かだ。
だがひとまず、目の前のことから。そして、全員が生き残ることが大切だ。
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