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20.エルドレッド・アーミテイジ










 しとしとと雨が降ってきた。往診から帰ってきたミシェラとサイラスは濡れた髪や服をタオルでぬぐってから家に上がった。

「突然降ってきましたね」

「まあ、降りだしそうな天気だったけどね」

「ジェインは何も言ってませんでしたよ」

 サイラスが胡散臭そうにミシェラを見て言った。彼女は呆れて自分より背の高い弟子を見上げた。

「あのね、あなた、自分の師をなんだと思ってるのよ。戦場で毎日毎日天候を読んでたのよ、私は」

「……なるほど」

 それでもサイラスは信じていなさそうだ。まあ、ミシェラも自分が胡散臭いのは認める。

 それと、サイラスの指摘したユージェニーの予知能力についてもミシェラは気になっている。リンジーも気にしているので、ミシェラの思い過ごしと言うことはないだろう。


 もともと、ユージェニーの予知能力はかなり不安定だったが、最近はより力が強くなり、不安定さが増している気がするのだ。まあ、ミシェラはサイラスを見るだけで精一杯なのだが……。


「おかえり、ミシェラ、サイラス。紅茶飲む?」


 件のユージェニーが笑顔で尋ねてきた。人見知りでサイラスになかなかなれなかった彼女だが、さすがに一緒に暮らすうちに慣れてきたらしい。今では一番年下らしくみんなに可愛がられ、甘えている。

「いただくわ」

「僕にももらえる?」

「うん」

 ユージェニーはにこにことお茶の準備をしに行く。その間にミシェラとサイラスは濡れた服を着替えてきた。先にリビングでお茶を飲んでいたニコールが窓の外を眺めて、やってきたミシェラに言った。

「なんだか、よくない感じがします、この雨」

「雨が降ると陰気がこもるからね。私も苦手だわ。どうしても相性が悪いのよね」

 破魔の力を持つミシェラは、どうしても陰気のこもる雨と相性が悪かった。早く上がってほしいものであるが。


「でも、長く続きそうよ」


 こてん、と首をかしげたユージェニーの言葉である。ミシェラは気象学の観点から雨が降りだすことを予測したが、ユージェニーの場合は純粋な予知能力である。単純な予知ほど当たりやすいもので、これは八割がたあたるだろうとミシェラは思う。

「いやだねぇ。外に出られないじゃないか」

「その通り。エイミーはおとなしくしてなさい。外に出たいなら誰かを連れて行くのよ……っていうか、エルとリンジーはどうしたの?」

 ミシェラが不在の男性二人のことを訪ねると、ユージェニーが「調査に出て行ったよー」とのんびりと言った。

「なんか、何かが出たんだって」

「うん、ごめん。全く分からないわ」

 ミシェラが苦笑したとき、玄関のベルが鳴った。ニコールが立ち上がり、そそくさと応対に行く。何となく、家の中で家事分担が出来上がっており、ニコールが外向きのことを担うことが多くなった。ユージェニーとエイミーはあまり外にでない。まあ、その方がいいと思うのだ。


「ここにいるのはわかってるのよ!」


 しばらくして、玄関から女性の金切り声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間、ユージェニーがびくっとすくんだ。持ち上げていたティーカップがソーサーに落ちて残っていた紅茶がこぼれた。


「ジェイン?」


 隣に座っていたエイミーがユージェニーを気遣う。サイラスも「怪我はない?」と心配して見ているので、ミシェラは立ち上がった。

「二人とも、ジェインを見てて。外に出てこなくていいから」

「はい」

 サイラスがうなずいた。玄関に出ようと歩みを進めていたミシェラは、途中で戻ってきたニコールと遭遇した。彼女はあわてた様子で訴える。

「あの、なんか女の人が、エルドレッドさんとジェインを出せって!」

「うん、わかってるわ。ニコールも中に入ってなさい。出てこなくていいわ」

「え、でも」

 ニコールが不安げにミシェラを見る。ミシェラは笑った。


「あのね。こう見えても私、大人だからね。大丈夫よ」


 ニコールの頭を軽くたたくと、ミシェラは彼女とすれ違って代わりに玄関に立った。


「やあ、レティシア。久しいね」


 目の前の女性は、ミシェラを見上げて眼を見開き、それからくっと眉をひそめた。

「あなたに用はないわ。エルドレッドはどこ? ユージェニーでもいいわ」

「そう言われて、はいここです、って私が差し出すわけないだろう。悪いことは言わないから帰れ」

 ミシェラは腕を組んで右肩から扉に寄りかかる。その態度を見て女性は「馬鹿にしているの!」と叫んだ。


 レティシア・ベレスフォードはエルドレッドとユージェニーの父、アーミテイジ公爵の愛人である。年は三十代後半で、平民の出身なので正妻が亡くなっていても愛人であるしかない。

「さっさと出しなさい!」

「今外出中。悪いことは言わないから、帰れ。本当に」

「そんなこと言って、かばってるだけでしょ! 仲がいいものね」

「私は盟約と誓約に基づいて、助けを求めてきた彼らを保護しただけだよ」

 実際に、その通りなのだ。ミシェラは、助けを求めてきたエルドレッドを『旧き友ウィタ・アミカス』として助けたに過ぎない。そして、エルドレッドは本当に外出中であるし、レティシアを怖がっているユージェニーを医師たるミシェラが出すはずがない。


 雨が強くなってきた。レティシアも帰るのが大変になるのではないかと思うが、それでも彼女は粘る。

「ミシェラ? お前、何してるん……だ……」

 タイミング悪く、エルドレッドとリンジーが帰ってきた。二人とも、傘をさしている。ミシェラは腕を組んだままため息をついた。エルドレッドもレティシアも、お互いの存在に気付く。


「お前! 何をしている!」

「あんた、継承権を放棄してから出て行きなさいよ!」


 ミシェラはもう一度ため息をついた。その間に、傘を閉じたリンジーが彼女の隣に収まった。

「どうやら、苦労したようだな」

「……なんでこのタイミングで帰ってくるのよ……」

「それは、用事が終わったからな。ただいま」

「お帰り」

 リンジーのキスを頬に受けながらミシェラは返答する。それから、リンジーに囁く。

「二人を家にあげるわ。ジェインとエイミーを二階に連れて行ってちょうだい」

「わかった」

 孫ほどの年の差があるミシェラの言葉を、リンジーはおとなしく聞いた。彼が中に入ったのを確認してから、罵詈雑言の応酬を続けるアーミテイジ公爵の息子と愛人に声をかけた。

「ひとまず、エルも帰ってきたし、雨も強くなってきたから家の中に入ろう」

「ミシェラ! こいつを上げるのか!」

「仕方ないでしょう!」

 ミシェラはきっぱりと言い切ると、体を退けて二人に早く家の中に入るように言った。文句を言いながらもさっさと入って行くレティシアを睨み、エルドレッドはミシェラを見下ろして言った。


「お前、怒ってるか?」

「怒っているわけではないわ。呆れているだけよ」


 ミシェラは首を左右に振ると、エルドレッドの背を押して中に入れ、玄関扉を閉めた。レティシアはリビングで家が小さいと文句を言っていたが、ミシェラは華麗にスルーして彼女とエルドレッドを応接室に押し込んだ。


「お茶を持ってくるから、よぉく話し合いなさい。何なら付き合ってあげるわ」


 この二人だけだとただの罵詈雑言の試合になりかねない。ミシェラがいても何も決めることはできないが、話の軌道修正くらいはできる。まあ、レティシアの訴えていることを聞く限り、彼女の要望は通りそうにないけれど。

 ミシェラが一旦退出する間際、すぐに口論ともいえない言い合いが始まったが、ひとまず無視することにした。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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