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19.旧き友









「お疲れ様だ」


 声をかけられたミシェラは、首をまわして後ろを見た。バルコニーに続く窓枠にリンジーが腕を組んで寄りかかっていた。ミシェラは目を細めた。

「起こしたかしら」

「いや。私もご相伴にあずかろうと思ってな」

 と、グラスを差し出してくるので、ミシェラは自分が飲んでいた酒の瓶からリンジーのグラスに酒を注いだ。ウィスキーである。ミシェラは水で割って飲んでいるが、リンジーはそのままあおった。

「……相変わらず強いわね……」

「お前も酒が好きだなぁ」

「好きと言うか、落ち着くんだよね」

 昔から飲んでいるからだろうか。バルコニーから星を見ながら酒をたしなんでいたミシェラは、隣に並んだリンジーから視線を外に戻した。


「……ヘンリーの様子はそんなによくないか?」


 リンジーの問いに、ミシェラは「そうね」と答える。


「代替わりがあるだろうね。王太子は決まっているが、第二王子も引かないだろう。どうやら、ジェインの予言通りになりそうだ」


 不敬罪にもあたるだろうそのセリフを、ミシェラは平然と吐いた。はあ、とため息をついたミシェラは突っ伏すように手すりになついた。

「そいつは困ったな。まあ、我らは盟約と誓約の元、中立を保つしかないが。情に流されるなよ、ミシェラ」

「わかってるわ」

 元王女であるミシェラにとっても、家族が割れるかもしれない危機だ。リンジーの忠告に、ミシェラはうなずく。


「駄目なら、あなたが止めてよね」

「そうはなりたくないものだ」


 そう言って、リンジーはぐいっと酒をあおる。中性的な、女性的な顔立ちに似合わない飲みっぷりだ。ミシェラもグラスを開けると、リンジーがミシェラの頭を撫でた。


「お前ももう寝ておけ。『旧き友ウィタ・アミカス』は確かに睡眠時間が短くても活動できるが、寝ておくに越したことはない。気づいていないだろうが、疲れた顔をしている」

「そう?」

「そうだ。何なら、添い寝してもいいが」

「……遠慮しておくわ」

 ミシェラは苦笑すると酒瓶とグラスを持って室内に入る。リンジーも続いて、窓を閉めた。

「私が片づけておこう。よくお眠り」

 リンジーはミシェラから酒瓶とグラスを取り上げると、彼女の頬にキスをして頭を撫でた。


 ユージェニーたち子供たちにとって大人である彼女も、百歳近くのリンジーの前では子供も同然だった。

 ミシェラはありがたく寝室に戻る。年長者の言うことは聞くものだ。それほど眠くないと思ったが、ほどなく、彼女は眠りに落ちた。


 翌朝、ミシェラは思わぬ来客を受けた。午前中は往診もなかったためのんびりしていた彼女であるが、玄関のドアベルが鳴り、対応に出たニコールが戸惑った様子で戻ってきたことでその時間は終了した。

「ミシェラさん。ミシェラさんにお客様なんですけど……お上げしていいかわからなくて」

「ああ、わかったわ」

 玄関に出ようと立ち上がったミシェラであるが、その前にこの家の住人ではない男が顔を出した。

「お邪魔いたしますよ、姫君」

「勝手に入ってくるな、アレックス」

 ナイツ・オブ・ラウンド第五席アレックス・グラスプール卿だった。精悍な彼はにやりと笑う。

「それは失礼した、姫君。しかし、この方のご命令なので」

「はあ?」

 眉を吊り上げ腕を組むミシェラの前に、まじめそうな顔立ちの男性が現れた。


「久しいな、エイリー」

「……リチャード兄上」


 ミシェラ、と言うか、第三王女エイリーン・ジューンの異母兄、リチャード・ショーン・オブ・アルビオンであった。栗毛の中年男性は、ミシェラの同母の兄たるジョージとは違い、騎士ではなく文官のイメージを与える。実際、どちらかと言うと内政で力を発揮している王子だった。

 ミシェラはふらりと護衛一人で訪ねてきた王太子を応接室に案内した。他の人間、王太子の護衛役であるアレックスも、リンジーですら追い出し、二人きりとなった。

「珍しいですね、リチャード王太子殿下が私を訪ねてくるなんて」

「お前が父上の往診に来ていたと聞いてな。というか、私に顔を見せるくらいしても罰は当たらんだろう。ジョージには会ったのだろう?」

「お忙しい王太子殿下に気軽に会いに行くなんてできませんよ」

 茶化すようにミシェラは言ったのだが、まじめな王太子殿下に冗談は通じなかったようだ。リチャードが眉をひそめて、「お前がそんなに謙虚だとは知らなかった」などと言った。自分で持ってきたポットからカップに紅茶を注ぎながら、ミシェラは「冗談です」と言ってやろうかと思ったが、まあいいか、と受け流すことにした。


「ところで、王太子殿下はどのような御用で?」


 そう言ってミシェラは紅茶を一口すする。リチャードも同じように紅茶を口に含んでから言った。


「父上の容体が知りたい。それと、できれば昔のように話してくれ。むず痒い」

「……では、お言葉に甘えて」


 ミシェラはそう答えると、口調を切り替えて言った。

「父上の容体って、正確にどういったことを知りたいんだい?」

「回復の見込みはあるか?」

「……ないね」

 ミシェラはきっぱりと答えた。リチャードがその回答に身を乗り出す。

「どうにもならんのか? 高価で手に入りにくい薬などでも、何とか融通するが」

「薬は効かないだろうね。病気ではない。老衰だ」

 誰もに平等に訪れる、老い。こればかりは、どんなに高名な医者でもどうしようもない。ミシェラとしても、呼ばれるたびに延命処置をするほかないのだ。そのうち、それすら受け付けなくなるだろう。


「……老衰」

「まあ、父上も六十七歳だからな……無理からぬ話だ」


 三百年近くを生きるであろう自分を思うと、たったの六十七歳! とも思う。リンジーよりも年下だ。リチャードが顔をゆがめる。

「どうしようもないのか」

「……私が何もしていないと思うのか。私の寿命を移せないかどうかまで試した。できなかった」

 結果はわかり切っていたし、リンジーたちにしこたま怒られたが、半年ほど前に実行済みだった。他の『旧き友ウィタ・アミカス』たちにも知識を乞うたが、寿命ばかりはどうしようもない。


「……兄上。何故我ら『旧き友』が権力から距離を置くか知っているか。我らが、長き時を生きるからだ。権力の固定は避けるべきだ。もし、私が王になったとする。そうしたら、通常は半世紀ほどで終わる治世が、三世紀近く続くことになる。良き王であれば構わないかもしれない。だが、暗愚な王であったらどうする。『旧き友』はめったなことでは死なない」


 十六歳の時『旧き友』として見いだされたミシェラは、その時、死んでもおかしくない大けがを負っていた。それでも、死ななかった。えてして、『旧き友』は丈夫なのである。

「長きにわたり、一人が権力を独占することは危険なんだ……」

「……わからないではないが」

 王にも代替わりが必要なのだ。

「だけど、父には死んでほしくない……そう言う気持ちも、私には確かにあるよ」

 それでも、どうしようもないことなのだ。生きているのなら、いつか死ぬ。長い時を隔てようと、『旧き友』ですらそれは同じだ。


 なら、腹を据えるしかない。リチャードは目を閉じ、息を吐いた後にミシェラに尋ねた。


「ではミシェラ。お前は、父上が亡くなったあと、どうする気だ?」

「どうもしない。私は『旧き友』だ。権力から遠ざかる義務がある。もし、望んでくれるのなら往診くらいには行くけど」


 ミシェラがそう言うと、リチャードは「そうではない」と首を左右に振る。

「父上が亡くなれば、おそらく、王位継承戦争が起こる」

「と、言うことは、兄上も戦うつもりがあるわけだ」

 ミシェラが恨みがましく異母兄を睨んだ。とはいえ、ミシェラは同母の兄も引く気がないことを知っている。

「そうだな。お前は、どちらにも味方をしないと言うことでいいな?」

「私がいる方が勝つ、みたいな言い方はやめてくれ」

「そう言うつもりはないが、まあ、味方にならないのなら敵にはなってくれるな、とは思うな。私は戦が苦手だから」

「ああ、そう……」

 ミシェラは半眼になると、ティーカップを空けて言った。

「安心しなよ。私は首を突っ込む気はない。だけど、やらない方がいいと思うのだけどね?」

「耳に痛いな」

 リチャードは真顔でそういうと、自分も紅茶を飲みほし、立ち上がった。


「すまない。邪魔をしたな」

「いらっしゃるときは、一報いただきたいものですわね」


 ミシェラが言うと、リチャードは相変わらずまじめな表情で「そうすると、お前、慇懃無礼に断ってくるだろう」と言ってのけた。そうなのだけど。

 リビングに戻ると、護衛のアレックスは何故かなじんでいた。楽しげに彼の話を聞いていた女の子たちのうち一人、エイミーがミシェラを見て尋ねた。


「ねえミシェラ。昔、いい寄ってきた男に決闘を申し込まれたと思ったって、本当?」

「……ちょっとアレックス。何勝手に人の黒歴史暴いてるのよ……」

「お前は存在自体がおかしい。自分に勝てる男じゃないと結婚しないって、お前に勝てるような化け物、いるならぜひ紹介してくれ」


 傘下に加えるから、とリチャードが真剣に言った。ミシェラは兄とその護衛の背中を押しやる。


「もういいから、二人とも、帰んなさい!」












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本当に台風が縦断して行くのでしょうか((((;゜Д゜)))))))

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