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11.ミシェラ・フランセス・シャロン










 足を負った少年の治療をしていたら、すでにお昼になっていた。少年と母親を見送り、ミシェラがリビングに行くと昼食の準備ができていた。


「お、ありがとう。おいしそうね」


 シェパーズパイとスープとサラダ。簡素だが、おいしそうだ。用意したユージェニーが照れたように笑う。

「エイミーとニコールに手伝ってもらいました」

「大丈夫? 指切らなかった?」

「大丈夫!」

 元気に答えたのはエイミーだ。エイミーは以前からユージェニーの家事を手伝っているが、若干怪しい。ニコールに至っては普通の貴族家の暮らしで料理などしたことはなかっただろう。


「はい。楽しかったです」


 にっこり笑ってニコールはそう答えた。ミシェラはうちの子たちはいい子だなぁと微笑む。

「ところで、エルは?」

「兄さんなら部屋で寝てる」

 まだ二日酔いが抜けきっていないらしい。あとで薬でも持って行ってやるか。


 そんなわけで、昼食は女性陣のみとなった。

「王都の暮らしはどう?」

 ミシェラが尋ねると、まだ一日だからわからない、と少女たちから返答があった。

「それもそうね。足りないものや不満があったら言うのよ。何とかするから」

「でも、ご迷惑では?」

 ニコールが遠慮がちに言うが、ミシェラは首を左右に振る。

「たいてい私は一人だからね。私も君たちがいることが楽しいんだよ」

 だから、やりたくてやるのだ。遠慮する必要はない。

「……ミシェラさん、お母さんみたい」

「あはは。たまに言われるわ」

 ミシェラとしてはやってもらったことを返しているのだが、この三人の少女たちを娘か妹みたいに思うのは事実である。


「そう言えばニコール。昨日、リーガン川に違和感があるって言ってたでしょ」

「あ、はい」


 こくりとニコールがうなずく。ミシェラは「違和感って、どんな感じ?」と詳しく話すように求めた。求められたニコールは戸惑ったように「えーっと」と首をかしげた。


「何と言うか……普通の川じゃない、みたいな……」


 自分の稚拙な表現に恥じ入るかのように、ニコールは頬を染めた。ミシェラは「感覚を説明するのは難しいわよね」と微笑んだ。

「それから、えっと。何かが動き回っているような……」

「動き回る? 川の中を?」

「はい……あ、でも、気のせいかも」

 ニコールがあわててそう付け加えたが、ミシェラは既に思考の海に沈んでいた。


 水気の強いニコールのリーガン川に関する感覚は、かなり信用できるだろう。まだ魔法を学び始めたばかりと言うのもあり、感覚も擦れていないはずだ。

 と言うことは、リーガン川の中で、何かがうごめいている可能性は高い。問題はあの広大な川の中で、どうやってそれを見つけるか、だが。

「……ニコール。もし、その『何か』が近づいて来たら感じ取れる?」

「え……っ。わかりません」

 ふるふると首を左右に振るニコールに、のんびりとサラダを咀嚼していたユージェニーがそれを飲みこみ、言った。

「わかるわ、ニコールなら。逆に、ミシェラだけだと捕らえるのにとても時間がかかると思うの」

「ジェイン……」

 ニコールもユージェニーの予知能力のことを聞いているのだろう。形容しがたい表情を浮かべた。ミシェラは「じゃあ、同行してもらうわね」と言った。

「大丈夫よ。私が一緒にいる限り、怪我なんてさせないわ」

「いえ……そう言うことを心配しているんじゃないんですけど」

「いいじゃん。行ってきなよ。ミシェラの戦いは華麗だよ」

 エイミーがそんなことを言うが、残念ながら彼女にはユージェニーと共にお留守番をしていてもらう。


 昼食を終えたミシェラはエルドレッドの使っている部屋に行き、彼に薬を飲ませると、効いているのかわからないうちに部屋から引っ張り出した。

「まだ頭痛いんだが」

「すぐに薬が効いてくるわ。ちょっと、あんたにも見てほしいの」

「横暴だな」

「なんとでも言え」

 子供のころからの仲だ。遠慮のない言い合いをしながらも、二人はそろって地図を覗き込む。ミシェラは先ほど教会の医師から聞いた、ご遺体がおさめられた教会を地図上に示す。


「ニコールを連れて調べに行くんだろ。別に考えなくてもいいんじゃないか」


 エルドレッドが投げやりなことを言う。ミシェラは「リーガン川は全長三百キロあるのよ」とあきれる。無理やり引っ張りだしてきたのは失敗だっただろうか。

 ミシェラが得てきた情報を地図上で並べると、支流には出ていないようで、おおよそ二キロ以内に絞ることができる。一日では無理でも、三日もあれば見つけられるだろう。

「私が見た限り、その生き物の全長は二メートル近い。何だと思う?」

「知らん。キメラだろ」

 エルドレッド、回答がかなり適当である。まあ、ミシェラもそう思うが。

「俺も行こうか?」

「明日からね。今日は寝てなさいな」

「なら起こすなよ……」

 がっくりと肩を落とし、エルドレッドはそう言った。ミシェラは「悪かったわよ」と苦笑を浮かべる。


「お詫びに何か食べたい?」

「……いちごのトライフル」

「その図体で可愛いもの言ってんじゃないわよ。わかったわ。明日あたりに作ってあげるわよ」


 そう請け負うと、エルドレッドは少し嬉しそうに笑った。しかし、すぐに部屋に戻りベッドに沈んだようだ。

「……ミシェラ。お兄様にあんまりお酒飲ませないでね」

「そうね。気を付けるわ」

 ユージェニーに訴えられ、ミシェラはうなずいた。エルドレッドは下戸ではない。むしろ強い方だが、やはりミシェラが酒豪にすぎるのだろう。


 夜、夕食を終えてからニコールの意思を聞いて出かけることにした。ユージェニーとエイミーも来たがったが、さすがにお留守番である。

「これ、身に着けて」

「これは?」

 青っぽい組紐のようなものを、ニコールはミシェラから受け取った。ミシェラは微笑む。

「おまじないだよ。魔力を込めながら編むから、作り手の魔力がこもる。これは私が編んだから、破魔の力があるわ」

「……破魔?」

 ニコールが首をかしげるのでミシェラは説明した。

「魔を払う力だよ。言ったでしょう、この家に私がいる限り、悪いものは寄ってこないって」

「えっと、悪いものが、避けていくってことですか?」

「大まかにはそういうこと。だから、つけておいてね」

「はい」

 納得したのか素直にうなずき、ニコールはその紐を左手首に巻いた。ミシェラも言うように、ちょっとしたおまじないだ。古い魔法で、一定の効果はあるが強いものではない。


 エイミーとユージェニーに留守番を頼み、ミシェラはニコールを連れてリーガン川沿いに来ていた。銀色の身の丈ほどの杖を無造作に持ち、ミシェラは川を注視しながら歩く。彼女に付かず離れずついてきていたニコールは、途中で「あっ」と声をあげた。

「どうしたの?」

「この辺り……ちょっと、何かが通り過ぎたみたいな」

 ニコールが手で大体の位置を示す。よくわからなかったが、この辺りに何かあるのはわかった。

「わかったわ。少し離れ……」

 言いかけた時、水音がしてミシェラはとっさにニコールをかばうように引き寄せた。自分たちの正面に魔法障壁を編み上げる。何か巨大なものが障壁にぶつかった。ミシェラの腕の中からそれを目撃したニコールが悲鳴を上げる。

「なんですか! これ!」

「いわゆる水妖と言うものだと思うわね。ワニっぽいけど……」

「それにしては大きいですよ!」

 ニコールがツッコミを入れたが、ミシェラの目算によればこの大きさであれば、教会で見たご遺体にあった噛み傷と傷口が一致するはずだ。


 ひとまずミシェラは拘束魔法でその巨大ワニを捕らえる。捕らえられたワニは大きく暴れた。今にも振りほどきそうだ。

「こういう魔法は苦手なのよね……ニコール、下がっていて」

 ニコールがおとなしく後ろに下がる。ミシェラは拘束魔法を解くと攻撃魔法をうちこんだ。緻密な魔法構成による術式がミシェラの武器だ。魔術師と言えば攻撃力の強い巨大魔法、と思われがちだが、この世界にそんなものは存在しない。細かな魔術をぶつけるしかない。

 巨大ワニはミシェラにかみつこうと暴れる。斬った方が早い気もするが、その準備はしてきていない。ミシェラはつぶやくように呪文を唱える。ワニの下に現れた巨大魔法陣から、無数の針がでてワニを突き刺す。


 しかし、それでも巨大ワニは暴れた。ニコールが悲鳴を上げる。

「丈夫だわね……」

 それもそうだ。体の大きさに、生命力が比例しているのだろう。攻撃系の魔法が苦手であるミシェラだが、そのままにはできないとさらなる魔法を加えようとしたとき。


「お前! それ以上やるなら、この子は無事ですまないぞ!」

「ミ、ミシェラさぁん……」

「……ありゃぁ」


 この巨大ワニの製作者だろうか。明らかに魔術師とわかる黒衣の青年が、ニコールを人質にとっていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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