1-11 髑髏神と風之神Ⅳ
咲夜に向けて放たれた風の刃。それを秋人は止める手段を持ち合わせていなかった。
咲夜もまた、自身の目前に迫った風の刃を避けることなどできなかった。
つまり、誰もその攻撃を止めることはできなかったのである。
「ひゃははは!! じゃあねえ柊さんっ!」
そうして風の刃はバッサリ咲夜を真っ二つに―――はしなかった。
「な…………」
唖然としてその様子を見つめる男子生徒。
風の刃が咲夜に当たる寸前、突如咲夜の目の前を黒い神気が包み込んだかと思うと、盾上に硬質化して弾いたのである。
これには男子生徒も驚いたようで、あからさまにたじろいだ。
「ありえない……僕の攻撃が弾かれるなんて……!? そんなこと、ありえないッッ!!」
咲夜に向けて放たれる無数の風の刃。しかし、その攻撃は黒い盾に弾かれ、咲夜に届くことはなかった。
男子生徒は小刀を放り投げると、頭をくしゃくしゃにかき回す。
「なんで?どうして?どうしてどうしてどうして―――」
「っるせえんだよ!!」
「ごぁっ!?」
堪忍袋の緒が切れた秋人が、癇癪をおこしはじめた男子生徒の左頬に強力なフックを放つ。続いて脇腹目掛けて回し蹴りを放とうとする。
「じゃあな」
メキ……メキメキメキ…………!!
秋人の回し蹴りが炸裂する直前、彼の腕にまとわりついていた黒い神気が左足へと移動して収束した後、黒く硬化した。
その状態のまま、速度と重量、次いで硬さを兼ねそろえた強烈な一撃が男子生徒を襲い、脇腹に命中。
「がふッッ!!!」
横薙ぎに吹っ飛んでいき、街路樹に背中から叩きつけられた男子生徒は、そのまま街路樹と共に崩れ落ちた。
「あ……が…………ほ、骨が……」
たった一発の蹴りで、男子生徒は既に瀕死に陥っていた。脇腹を抑えながら、激しい痛みに歯を食いしばり、唸っている。
人間ならば瞬時に砕け散っていたであろう一撃だが、流石は後継者というべきかその辺はタフだった。
しかし、吐血しながらもこちらに対する敵意は消えないようで、尚も睨みつけてきている。さっきまでの奇妙な笑みはどこにも感じられなかった。
「なぜだ……確実にぼくは柊さんを……殺し……」
「念のため仕込んでおいたお守りが役に立ったようだな」
「お守り……?」
「そうだ。俺の神気を込めたとっておきのお守りさ」
それは、秋人が持つ能力の一つ――神気操作を応用したものだった。夜叉髑髏がもつ黒い神気は通常の気とは異なり、様々な事への応用が利く。刀に纏わせて殺傷力をあげることもできるが、硬質化させることで咲夜の目の前に現れた黒い盾のように、防御にも使うことができるのである。
秋人は、咲夜が襲われた時の事を考え、自身の神気を入れ込んだお守りを彼女に事前に仕込んでおき、万一に備えたのである。今回はそれが功を奏したようだった。
お守り自体は近くに売っている月神神社で購入した。税込み540円。
そのお守りをいつ仕込んだかといえば、秋人が夜叉髑髏を出し、男子生徒と戦い始める直前。咲夜に気付かれないように、彼女の服のポケットに忍ばせておいたのである。
「……君が一枚上手だったようだね」
瀕死になったことで頭が冷えたのか、冷静になっていた彼がそんなことを言った。
そんな男子生徒を無視し、秋人は携帯を取り出すとダニエルへとかけた。
すると1回もコールせずに通話に出た。
『どうした?』
「今しがた、後継者の1人に襲われた。とりあえず動けなくしたから、後は煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
『お嬢様に怪我はないか?』
「ああ、その点は問題ない」
咲夜の頭からつま先まで見て、怪我が無いことを確認するとそう告げた。
『わかった。なら、すぐに人を寄こさせよう。そいつが逃げないよう見張っておけ』
そう言うと、電話が切れた。秋人は男子生徒の目の前に立つと、見下ろすような形でこう言った。
「もうすぐお迎えが来る。後はそいつらが裁いてくれるだろう」
お迎えとは即ちPECの事である。警察ではない。彼らだと後継者には対抗できないからである。神羅万象は後継者達を取り締まる組織であると同時に、警察との連携を深めることにより、こういった事後処理を行っている。
「くひひ……こんなことして後で――がはッッ!!」
未だに気丈に振るおうとする男子生徒の腹部に蹴りを入れた。
「ちょ、ちょっと……やりすぎじゃ……」
いつの間にか近くに来ていた咲夜が、血を流して倒れている男子生徒に眉をひそめながら言った。
「やりすぎ? これを見てもか」
男子生徒の腕を掴み上げると、その裾に隠していたナイフを取り上げる。
「いででで!!」
後少し反応が遅れていたら、反撃されるところだった。それを見抜いていた秋人は、最後の抵抗を阻止するために蹴りをいれ、戦意を失わせたのだ。決して必要以上に痛めつけようだとか、そういった事ではなかったのである。
「で、でも……」
人を痛めつけるという事に抵抗があるのか、あまり良い感情は抱いていないようだった。それを見た秋人が諭すようにこう言った。
「ふぅ。あのな柊。こいつはお前を殺そうとしてたんだぞ? それでもいいのか?」
秋人がそう言うと、咲夜は一瞬戸惑う様子を見せたが、やがて、
「……いいのよ別に。結果的に私は死ななかったんだし」
「…………そうか。ま、柊がそう言うなら」
そう言って、男子生徒から離れた時――――。
ベットリと血を付着させた口元を吊り上げ、ニタリとした笑みを浮かべると、男子生徒は咲夜の方へと顔を向けてこう言った。
「く、くひ、くひひ!! 僕みたいなクズを庇おうとするだなんて、やっぱり柊さんは甘いねぇ!!」
「……え?」
その言葉と共に、聞こえてくる猛烈な風の音。いつの間にか圧縮されていたその空気の刃は、咲夜の胸元目掛けて直進していった。
男子生徒の最後の悪あがきだった。
「ちぃっ、まだそんな力が残ってたのか!」
不意打ちに一瞬反応が遅れた秋人。即座に夜叉髑髏で風の刃の進路を逸らすも、彼女の肩を少し掠めて霧散した。斬られた服から血が滲む。
「大丈夫か!?」
肩を抑える咲夜に、秋人が駆け寄る。
「ええ。けれど、ちょっと斬られてしまったわ」
「見せてみろ」
彼女の肩に滲んだ血を見て、秋人はやってしまった、と後悔した。護るべき立場でありながら、あろうことか護るべき人を傷つけてしまったのである。
秋人は拳を握り締め、男子生徒の胸倉を掴み上げると殺気を込めて睨みつける。
「てめえよくもやってくれたな?」
だが、そんな秋人にも動じずに、男子生徒は笑んだ表情を見せながらこう告げた。
「くひひ……僕は柊さんに、無責任な慈悲は身を滅ぼすことを伝えたかっただけだよ……」
そう言うと男の意識は消失した。恐らくさっきの攻撃で一気に力を使ったのだろう。
人間が神の力を扱う以上、体力の消耗は非常に激しい。秋人も今でこそ夜叉髑髏を自由自在にコントロールできるようにはなったが、後継者になった当初は、夜叉髑髏を数秒召喚するだけで息切れしていたほどだった。今となっては懐かしい記憶である。
男の意識が完全に失った事を確認し地面に降ろすと、咲夜へと顔を向ける。
「病院に行くぞ」
「別にこのぐらい大丈夫よ」
痛いはずだが、強がる咲夜に秋人は窘める。
「馬鹿野郎。傷口が化膿したらどうするんだよ」
「な、誰が馬鹿野郎って? 私は野郎じゃなくて女――」
「あーはいはい。とにかく病院に連れて行くから」
「え?あっ、ちょ、こら引っ張るなーー!!」
怪我していない方の手を引っ張り、咲夜を病院へと連れて行こうとした時。
一台の黒い大型車が河川敷の上へ止まった。




