4-05/魔王様、こんにゃんわークララだよっ☆
【3】
売り出し中のアイドル、クララ・ウィンウッドの朝は早い。
「……ん? おい、それ、もう撮っとるの?」
朝日昇る平原、街道から外れた場所で野営設備のテントから大あくびと共に出てきた少女に魔力式ビデオカメラを向けながら、撮影者である男が「はい」と答える。
「では行きますかクララちゃん、本日の意気込み、まず一発どうぞ」
「雑い! フリが乱暴かつ荒いんだけど! ――あー、少々待つがよい。今作っちゃうから。入るから」
顔をぐしぐしと拭う仕草、それから喉の調子を整える発声練習、ドレミファソラシドイアシュプニグラス、
「――いぇぇぇぇーいっ! やっほーみんな、こんにゃんわー! クーララーだよっ! ていっても今早朝なんですけど! まだ半分くらい夜っぽいんだけど! 見てみてあの朝陽、すっげぇキレイじゃないです!? マジ祝福感じません!? ゴッドの! 天界系のやつ! ひゃぁ~ありがたみブレイブマックス! ではでは本日でこの旅もついに七日目、ますます張り切ってまいりますので皆様応援ドゾドゾよろしく! にゃぱっ☆」
炸裂する横ピース。キメッキメのアイドルポーズ、リリィスマイル。
「ハイオッケーです」と男――カズタモ・ヨケヒャクこと百妖元帥ズモカッタが録画を止め、「それにしても」とノリノリで言い切った少女の姿をまじまじ見つめ、
「御立派になられましたね、陛下」
「生活のタメじゃからね!」
★☆★☆★☆★☆
説明しよう!
【クララ・ウィンウッド、ゼロ資金からはじまる魔導大陸ディパメナイア・そのひぐらし横断の旅】とは、ひとくちで言ってしまえば【物資や足を現地で調達しながら進むアドリブ大陸横断旅行】である!
目指す場所は、ズモカッタがイータ女史に教えられた場所である、マジッター本社から西――“輝ける峰”アウラルバ。
この企画に際し、ヴィングラウドが初期装備として持ち込めたのは(完全にこれを予期してズモカッタが持ち込んでいたとしか思えない)野営道具一式と、そしてアカウント更新用のスマホ。
モカPのみが使用を許されている、撮影した映像などを編集してアップロードする為のPC(この準備がガチだったのでヴィングラウドはこれすら計画のうちだったと確信した)。
迫真のドキュメンタリー、マジッター上で随時更新される旅の様子は、これがまた、存外に受けた。
特に好評だったのは、身体の張り様だ。
当初、クララ・ウィンウッドという人物は、ネット上で“確かに可愛いけど、それ以上の魅力は特に感じない。これぐらいのレベルなら、まあ、他に代替も上位互換もいるよね”くらいの扱いを受けていた。
そんな評価に、最初の一石が投じられたのは、初日の夕方にアップロードされた動画である。
『――――あー! いましたいました、あれあっち! 鋭利な刃物で刈られたみたいな草むらの中! 一見普通のウサちゃんですが、ちらっと見えた長い歯、間違いありませんね! 首狩り兎、ボーパルバニー大発見! 魔族は確かに魔界に籠ってしまったんですけど、彼らが人間界支配の尖兵として連れてきた魔物はいくらか地域に根付いてしまって、こちらの人間界で繁殖しちゃったりしているのです! で、えっと、こちらの本によりますと、そういう“外来魔物”は、なんと! 地域を管理するギルドの許可を取らず、免許を持っていなくても、狩ったりしてオッケーなんですね! というわけで、今日の晩御飯、決定っしましたーーーーひゃふーーーーっ!』
手際がいいとか、そういうレベルのアレではなかった。
まるで魔物という存在の何たるかを知り尽くしているような、魔を統べているかのような遂行をカメラは捉えた。
『よし! 準備も出来ましたので、いっちょ、やっちゃいましょー!』
サバイバルキットのナイフと、道中で拾った木の枝とボーパルバニーが刈っていた蔦を使用して作った即席の紐付き投槍で、クララはあっさりと危険な外来魔物を狩ってみせた。
銛めいた返しの付いた槍の穂先は一度刺されば抜けにくく、蔦の紐で近くにあった木の枝に吊り下げられたボーパルバニーは、“てつのつるぎ”くらいの強度なら折ってしまう硬く鋭い歯をぶんぶんと振り回した後、その内に力尽きて動きを止める。
『はい、この通り! ボーパルバニーは敏捷性と攻撃力の高さ、侮れない体力で時に手慣れた冒険者パーティも壊滅させちゃう頼り甲斐のある魔物ですが、その強みにさえ真正面から取り合わなければ決しておそろしい相手ではありません! 要点は二つ、魔力を帯びて伸縮自在な歯の届く間合いに近づかないことと、もう倒したかな? と思って安易に近づかないこと! ね、簡単でしょう?』
投石で仕留めたのを確認した後、木からぶら下げたまま血抜きと解体を済ませようとするクララ。……画面はその部分を写さず、代わりに“※よい子はマネしないようにね!”というツッコミどころ満載のテロップが表示される。
そこからいくつかのカット、調理の模様があって繋ぐのは、
『できましたー! ゼロ資金の旅、初日の晩ごはんは、“ボーパルバニーのまるっと一頭全部焼き”でーす! わーーーーい!』
焚き火の前での、食レポ風景。
『うんうんうん、やっぱりボーパルバニーはこう、あふれる肉汁がたまりません! 調味料を何も使ってないのにこのパンチ力は、まさに自然の魔力に育まれた美味! 身もほどよく柔らかくって歯応えがあって、鳥と牛のいいとこどりって感じ! これで塩でもちょちょっと触れれば更にグンっと味が際立つし、香草の類でもあれば若干クセのある香りが抑えられるんですが、そうですねー、次に隊商さんと出逢ったりどこかの町についたら、今回ついでに入手した“首狩り兎の歯”を換金して入手しちゃおっかなー!』
可憐。
そして、野性。
クララ・ウィンウッドは、独自のポジションを瞬く内に確立した。
初日の狩猟動画【今夜の晩ごはんゲットです~!!!!】は“えらいのが出た”と多くのネットユーザーを震撼させ、二日目は朝から普通に虫を食うという、前日の狩りが序の口であったかのようなムーブを見せつけ、そのあまりにナチュラルに身体を張った旅は、多くの注目を集め。
クララ・ウィンウッドのマジッターアカウント、及び動画をアップするManaTubeチャンネルは、開設からわずか一週間で――
「――のう、カズタモ」
日の高く、雲も疎らで、実に長閑な午後の路。
ドロップ素材と引き換えに載せてもらった荷馬車、ひと時の休養時間に揺られつつ、荷台の縁に凭れかかった金髪少女が首を傾げる。
「こっちのアカウント、なんか、666代魔王ヴィングラウドのよりギルメンが増えとらん?」
ずい、と見せるスマホ画面。
――ギルメン五桁。それは、本アカウントで四桁の壁を打ち破れずに往生してきた666大魔王ヴィングラウドにとって、想像することさえ出来なかったマジで未知の領域。
「え、ええんかな、これ。こう言っちゃなんだけど、余、あっちのより、魔王ムーブしとった時よりがんばっとらんのよ……?」
「なんと。しかし、魔導大陸ディパメナイアを無一文で横断しようなど、人間的に考えてみれば相当に至難であると思いますが」
「いや、そこはほらさ、一応余って、魔王じゃん? 下積みの修行時代は、結構しんどいメニューでスキル上げしとったし……」
歴代魔王が使ってきた由緒正しいレベリング・スポット、【無明の荒野】は様々な危険生物がランダムにポップする、次元のねじれた場所である。レベル1のスライムが出たと思えば、次には絶滅したはずの隠しモンスター・DDティラノが無造作に現れるような生態系も何もあったものではない土地で生き抜いたヴィングラウドは、凄まじい生存能力を有していたのだ。
あまりに他の魔族がいない空間で経験値稼ぎしすぎたおかげで、精神的ないじられ耐性は気の毒なくらいに落ちたのだが!
「クララちゃん」
「イエスモカP」
「いいですか。人気とは、必ずしも――味わった苦労と比例する、わけではないのです」
その発言の意外さたるや。
これまで“ダメージ数値=経験値”とさえ考えているフシのあったクララ、ヴィングラウドにとって、容易に呑みこめるものではなかった。
「混沌たる人間界に於いて、一体何が、どのようにして流行るかなど、そんなものは誰にもわからない。どれだけデータを積み上げても、根拠を掻き集めても、それが確定となりはしません」
彼は、いや、百妖元帥ズモカッタは言う。
この世は全て――夢幻の如く、捉えどころなき、不確定の箱なのだと。
「こうすれば売れる、受ける、支持を得る……そういう“手がかり”は確かに、時代によってあるのでしょう。ただ、本当のヒットとは、その先から産まれる。自分たちの想像を超えた、思いもよらなかった、拡と波及――どのようなきっかけでもいい、“奇跡”こそが、欠かせない」
「奇跡(巻き舌)――」
「お喜びください、新人ネットアイドル・クララちゃん様。予想外であれ、理解不能であれ、確かなことがここにはひとつ。――貴女が掴んだものは、偶然であれど、必然だ。他でもない、自身の手で培っていた技能、その足が歩んできた道があったからこそ繋がった、真摯で本気な活動の先の、疑うべくもない人気ですとも」
――言葉を受けて、改めて。
魔王であり今は少女でもある彼女は、マジッターの人間擬態時サブアカウントの、今朝上げた動画告知に対するコメントを読む。
【999rara がんばれクララちゃん! 毒蛇竜ガゴルギギア】
【999rara 待ってました! 更新乙! ぺん太くん】
【999rara 最近は毎日、これがあるから仕事がんばれてる 王立騎士団匿名団長】
【999rara 見てるだけでこっちまで旅に出たくなってくる キース@まちのどうぐや】
【999rara 現代の人間界に必要だったもの 辺境の土精霊】
「――――白い」
思わず漏れた感想こそが、ある種、全てを表している。
声援、応援、感謝、歓喜。
旅を始め、人気を勝ち得たクララ・ウィンウッドには、もう、ほとんど、熱心に探さないと見つからないくらいに飛んでこない――例のやつが。
――かつて、この身が魔王であった時。あれほど悩まされ、苦しまされ、怒りと戸惑いに身を捩った、
「クソリプが、こんなにも、遠い――」
何もかもが、変わった。
――長らく大っぴらに・正式には断絶されていた魔界と人間界。バリバリ密航なので検問で怪しまれない程度の荷物しか持ち込めなかった不安要素まみれの二人旅だったというのに、現状は、何不自由すらもない。
食材となる魔物などを狩りつつの旅、素材は通常の売値よりも高く引き取ってもらえた。
素晴らしきは人気度補正。モカPのイケてる編集でアップロードされた動画は魔導大陸ディパメナイアの各地にファンを作り、売値に色を付けてもらうばかりか、【カンパ】と称して差し入れを申し出られることもあるほどで――無論そちらは、【自分たちで調達したものだけで旅をする】という企画の趣旨から外れてしまう為、丁重に断らざるを得なかったのだが。
「知らなかったよ、ズモカッタ……いや、モカP。これが……人気を得る、ということなのだな……」
思わず口をついて出る、魔王とは思えない言葉。
迂闊といえよう。
こういうときばっかり世界は、凄まじい公平性を発揮するというのに。
即ち、
「ッんまっふ!?」
フラグを立てたら、オチがダッシュで訪れる。
荷馬車が突如、激しい嘶きと共に急停止。ヴィングラウドが倒れ込み「鼻打ったぁ!」と半泣き声を上げたのち、
「うぅぅっ、な、な、いったい何事かっ!?」
「――おやおや」
身を屈めたままでいるように、と仕草で示したズモカッタが確認したのは、
「ふむ。野盗の一味、ですか。人間界、中々どうして、脅威は魔族だけ、世は並べて完全平和、とはいきませんなあ」
馬車の主が「いへえええぇええやああ!?」と腰の抜けた悲鳴を上げている。
その驚きも致し方ない。こんな近くまで、十人はいる集団に囲まれるまで気付かなかったのは、その見事な擬態が故だ。
草の中に身を潜め、また、その中に溶け込むよう、全身に泥で草を張り付け化粧をして隠れていた。
――しかも、その周囲の葉先の動きを見るに、どうやら連中、風魔法を自分の周囲に張り巡らせ、疑似的に風下にいるような状態を創り出していたらしい。実にまた、念の入った気配の消し方で、
「慣れた手際だ。……ああ、そういえば、」
ひとつ前に立ち寄った町、水を買った酒場で、壁に貼られた手配書を見たと思い出す。
懸賞金付きの野盗団、野に潜伏して襲い掛かり、奪った後は風属性の魔法で逃げる、疾風の追剥ぎ――【草生しのソーラス】――!




