4-03/魔王様、マジッター本社を尋ねる
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――と、このような抜き差しならぬ・やむにやまれぬ経緯により、ヴィングラウドの人間界遠征は結構された。
魔界を統べる魔王の旅立ちにしては考えられぬ小規模、荷物は小振りなトランクひとつ、パーティメンバーもお馴染みズモカッタ一人であるのは、無論、そうする必然性があったからだ。
此度のことは、イレギュラー。人間界はまだまだ魔族の活動出来る状況が整っているとは言い難く、即ち、正体発覚こそ何より厳禁。
人間界の基準で計れば城ひとつ街ひとつ買えるほどの秘宝などごまんとあるが、そんなものを持ち込んでしまえば、入陸管理の転移港で止められる。魔界側から莫大な魔力でムリヤリ抉じ開けて接続、既にある人間界のゲートを利用する為の穴、“何気ない一般転移者に紛れ込む”という苦労が水の泡になる。
事は穏便に、秘密裡に。
いざ、ズモカッタが『こんなこともあろうかと』と用意してくれていた偽装パスポートを持ち、練り上げてくれた“偽りの身分”を頭に入れて(インストール)、長持ち系変化呪文で魔族的特徴を隠蔽してどこからどう見えも人間な姿に偽装。
万全の状態で、666代魔王と百妖元帥は、長らく渡る魔族とてなかった、未だに魔界では『行きはよいよい帰りはパない』と恐れられる人間界へと降り立ったのである。
職員ホムンクルスのチェックも華麗に突破後、「見たか、能ある魔王は混沌を隠す」と誇らしげに語るヴィングラウドだったが、すぐさまにその興奮は、戸惑いに切り替わった。
転移港を一歩出れば、そこに広がる風景は、この世界のあたりまえ――つまり、三百六十度、カルチャーショック。
人類、人類、人類人類人類人類――どこを見ても、角も翼も、瘴気も持たぬ、明日も平和と信じ切っているような、気の抜けた笑顔。平和と平穏を満喫し、侵略者の存在など思い出しすらしない、ほんわかムード。
ここが、人間界。ヴィングラウドが絶望させようとしていた生き物たちの、住まう場所。
「うわっ……すっげ……やっべ……」
「もし。お気を付けください、語彙が魔界となっております」
初めて直接その目に移す、いずれ自分のものとなる世界。
眩さと物珍しさであれこれと目移り、油断したらふらふらと歩いていこうとするヴィングラウドがその都度に襟を引かれて軌道修正されつつの、一時間後。
転移港から公共の交通機関を乗り継いで訪れたのは、見るからに最先端で、見るからにオシャンティで、凄い年収の人が勤めていそうで、たとえば魔界からやってきたばかりのイナカものは見上げるだけで浄化されそうな、ドデッカくて風格のあるビルディング前であり。
入口の、希少鉱石で創られた、防御結界魔法の基点装置も兼ねられた看板には、このように書いてあった。
【三大陸六王活動許諾 賢者ギルド直轄 マジッター株式会社 中央本社ビル】
「遠路はるばる、ようこそお出でくださいました、ユーザー様」
受付にてアポイントメントを告げて通されたのは、中央本社ビルである高き塔の更に上に浮かぶ、万全防犯な浮遊円盤内部の応接室。
五分ほどの待ち時間の後で現れたのは、高学歴高等魔法希少スキル持ちな賢者ギルドの一員に相応しき、高級かつかしこさの実に上がりそうないで立ち、即ちかっちりした、品のいい眼鏡をかけたスーツ姿の女性で、彼女は深々と頭を下げた後、来客者を歓迎する笑みを――浮かべずに、名乗った。
「私が本日、直接に御意見を頂戴させて頂きます、賢者ギルド第七席イータ・ディマインシーと申します」
差し出される板状の紙片。これは人間界で近年発生・広まった【メーシ】という文化だ。
メーシとは、簡単に言うならば自身のステータスを端的に記した小さなカードで、遠方に居ながら・その場で顔を合わせておらずとも、以前にあった相手の詳細を確認したいときになど、主にビジネスパーソンの間で重宝されている。
万民に扱える魔法技能の模倣・流行。これを持てば魔法使いの真似が出来る――故に、その名をもじり、“持ち歩けるステータス表示”をメーシと呼ぶわけだ。
「これはこれは、どうもご丁寧に。私はこういうものです」
メーシを差し出されたらメーシを返すのが、フォーマルなステージにおけるマナー。
表面には社会的な身分、裏側にはびっしりと多様な所有魔法が記された賢者ギルド第七席の名刺と引き換えに、彼は自分のそれを、何も無かった掌に手品のように取り出して交換した。




