4-02/魔王様、絶対凍結封印を解け
【2】
……この事件の起こりを話すのに、一体どこから語るべきか。
それは、665代目魔王である父親の弱腰平和ボケっぷりに、“放っておいたら跡継ぎになど向こう千年はなれない”と気付いてしまった少女が、ドラゴンの口を抉じ開けるが如き決意を持って、魔界お嬢様学校の寮から脱走を実行した時からか。
それとも、骨の冠に闇の衣、魔王の証の紋章を倒した父からドロップした少女が『すみません、仕え甲斐のある新魔王様が生まれたと聞き、四天王業界のほうから来たんですけど』と怪しさ満点道化仮面の男に魔王城に来られたところか。
はたまた、人間界征服の為の橋頭保、【人類絶望計画】の一手として、届いたばかりの人間界製万能魔法端末スマルトフォ(スマホ)で――玉座ウィンク舌出し横ピース自撮りを撮影した瞬間は?
――何にせよ。
いつか、こんな瞬間がやってくる、というのは、朧気に、予感していたのかもしれない。
140字の短文で、各々が好き勝手に呟き、不思議な距離感で紡がれるネットワーク上の関係性――SNSツール、マジッター。現実には影も形も重さもない、しかし、確かに存在する、もうひとつの世界。
魔界から魔力空間、そして人間界へ。
迂遠ながら大胆に、どこにいようと平等に。魔王が直接発信する恐怖情報を牙として、人間界に【魔族への恐れ】という負の感情を突き立てんとした、悪辣なる企みは、その日。
ズモカッタが管理していたスマホをウッキウキな素振りで受け取り、
マジッターのアプリアイコンをタップしてから数秒後。
あまりにもあっけなく決着していたことを、666代魔王ヴィングラウドは知らされた。
『馬ぁぁぁぁぁああああ鹿ぁあぁあああああなぁぁぁぁあああああああっ!!!!!!!!』
あの朝のことについて、幻夢魔城ガランアギト職員、一階エントランスエリア・イベントエンカウント担当、【まおうのきし】(禍々しい甲冑の魔物、本体は空洞の内部に潜んだエネルギー体)はこう語る。
『僕もまあ、ガランアギトに務めてから、結構長いんですが――はじめてですね。あんな、このあと勇者のエンディングが始まりそうなおたけびを聞いたのは。正直、生身が無くてよかったってあんなに思った瞬間はありません。身体があったらね、多分、いや、確実に僕漏らしてましたよ。丁度遊びに来てたアンキンさん、ああいやアンデッドキング・カオスワイトさんも言ってました。“俺が中ボスだったらやばかった”って』
にわかに騒ぎ出す城内だったが、ほどなくして最高責任者――百妖元帥ズモカッタの通達によって、事態の把握と、更なる衝撃に包まれ。
その悲報は、魔界全土に響き渡った。
高貴にして偉大、誰よりも邪悪で優美なる、666代魔王ヴィングラウド――
――マジッターアカウント、凍結さる。
長き魔界の歴史に於いて、この日ほど、争いが起こらなかった日は類を見ない。
それは何故か。あまりの悲しみに、どんな気性の荒く恐ろしい魔族も魔物も、暴れる気力が根こそぎ失せた――などということでは無論なく、顔を合わせるなり「おいアレ聞いたか」「聞いた聞いた。どう思う?」と話すほうに夢中になったからに決まっている。
「あの、誰がどう見てもただのおもしろアカウントが凍結されるとか、人間界、そんなに洒落の通じない、余裕も無い場所なのかよ……こっわ……」
なんたることか。
ここに来て発生した脅威の逆転現象、魔王様の侵略用アカウントがBANを食らったことで、逆に魔界には、人間界を、人類を恐れる気運こそが高まった。かつて魔王を討伐された時ですらそこまでではなかった、脅威の戦々恐々ムードだった。
緊急用の魔王城広報アカウント、666代魔王ヴィングラウドのアカウントの状態について発信し、事態の行方が固唾を飲んで見守られる。
――しかし、積み重なるのは、皮肉にも逆効果ばかり。
一日目。
百妖元帥が知の限りを尽くした凍結解除申請に返事無し。
二日目。
判を押した『解除不可能』の定型文に、諦めず再度申請。
三日目。
丁度人間界での休日に入ってしまったせいか、連絡来ず。
四日目。
人間界の休みは二日。週休四日の魔界、仕事量に恐れる。
五日目。
昼過ぎに返信。文面は、一語一句同じな『解除不可能』。
このあたりで、魔界住民による、“人間界との完全なる断絶”が囁かれるようになる。
無理も無かった。荒事に慣れ、闘争を愛し、幾多の激戦を潜り抜けた魔族の猛者たちの心をもへし折るのに、十分過ぎたのだ――こちらが送った、論理的、筋の通った、丁寧な申請メールに対する【完全定型文返し】という凄まじき所業は。
――人間界は、人類は、ヤバい。
――優れた技術に、氷の心を持っている。
もう、征服どころの騒ぎではない。
意外な形で人間界に対して魔族たちはドン引きし、家に帰り、戸締りをし、『夜更かししてると人間が来るよ』と母に言われて子オーガ(全長3メートル)が泣き、財宝を守るドラゴンは急ぎ銀行に口座開設の手配をして、魔界ファミレスは全店しばらく夜の九時には閉店する貼り紙を入口に出すほどだった。
崩壊は、いつだって、予期せぬ形でやってくる。
すわ第八次魔界暗黒時代突入か――そんな不安が、魔界各所で高まった時だった。
六日目。
新魔王襲名時以来、初めて、魔界全土に向けた広域放送が行われた。
魔族たちはテレビで、スマホで、PCでそれを見る。
玉座に座る我らが王、金色の髪、黒血の瞳、由緒正しき骨の冠と闇の衣を身に纏った、666代魔王ヴィングラウドは、
以前のものより研ぎ澄まされた、
断固たる信念を秘めた眼差しで、
放送を見るすべての同胞に、こう告げた。
『余がやらねば、誰がやる。――――というわけで、何回やっても何回やってもちっとも埒が明かんので、明日、余、ズモカッタと一緒に、人間界のマジッター運営本社にバッチコン乗り込んで、直接アカウント凍結解除の申請をお願いしてこようと思います!!!! 何故ならば、耐えきれないから! 我慢ならない余、これ以上、マジッターなしの生活なんてッ! も、やったるっつぅのーーーーーーーーッ!!!!』
割れるくす玉、舞う紙吹雪、ばさりと落ちてきた旗には、『みんなの陛下は絶対戻ってくるからこれからも応援よろしくね♪』の達筆な上級魔族言語の文字、撮影している四天王のものであろう拍手。
――こうして。
実に百年ぶりとなる、魔族による、よりにもよって魔王がやる、【ドキドキ人間界への旅】が実にアレな理由で華々しく決定されたわけであるが。
これを見ていた魔族の大半の感想は、
「オイオイオイ、浄化されるわアイツ」
だった。
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