3-10/魔王様、VS百妖元帥ズモカッタ
ばっと魔王の目が動く。
グリーンドラゴンさんに飛ばされる熱いまなざし、しかしマイペースで知られる音響のドラさんは首を下げ、『すいません今日は絶対帰って準備しないと、明日また別の現場で仕事入ってて』とクールに言い放つ。
「いや、いい雰囲気で、いいBGMまで多分編集で流しているところではあったんですが、申し訳ございません。魔界では古来より、それはそれ、これはこれと言いますので」
「え、え、え、」
「というわけで、このままだと公約通り、挑戦失敗の罰ゲームをやっていただくことになるわけですね」
「初耳」
「大丈夫です。冒頭、本放送時には、テロップで告知しますから」
「事実と時空捻じ曲げるのやめよ?」
今現在の話をしよう、と魔王がすがりつくのも無理はなし。
何せ相手はあの名高き百妖元帥、そんな彼が考える罰ゲームなど、既に罰ゲームではなくただの刑罰と化す雰囲気がビンビンだ。
「――とはいえ、しかし。あれほどの激熱激戦マッチング、撮れ高バッチリなミラクルを起こしてくれた魔王様を見捨てるというのも、四天王的に申し訳なく思うところもあり」
「よっくぞ!!!! よくぞ言った、よく気付いてくれたズモカッタ!!!! 上がったよ! 今確実に、余の中の好感度レート上がっちゃったよその健気さで!!!!」
「なので」
「なのでぇ!?」
「惜しくも挑戦失敗した魔王様に贈る最後のチャンスとして、これから私とフレンド戦を行い、その勝利を以て挑戦達成とするのはいかがでしょうか」
「ッたるわ」
鋭い眼光で拳を打ち合わせ、シャドーボクシングのムーブで十分な戦意を見せつけるヴィングラウド。
「やったるわ。ケチョンケチョンのクッチョクチョに折り畳んでやるわ、ズモカッタ。今の余はな、一味も二味も違うぞ。ノリにノッておるぞ。何せ、今しがたの一戦で余のコンディション、魔王襲名以降ののベストオブベストに仕上がっておるんで。ふふふふふ、この状態なら、そう、たとえば本日対戦した中でも最高レートであったカナァンナが相手だろうと、」
「あ、ところでこれが私の魔王キャッスルバトルの戦績なんですが」
「おっチョ」
おいおいちょっと待て、と言おうとした言葉があまりの驚きで折り畳まれていた。
「ズモカッタよ。百妖元帥よ」
「何でしょうか、666代魔王ヴィングラウド陛下」
魔王は画面を指差し確認、突っ込みどころをマジマジと見て「よし!」と吠え、「あんな、」と前置き、
「レート4980ってなに? チート? バグ? おまえさてはご自慢の幻術で余を騙してない? それともサーバーにでもハックした? 怒らんから余にだけは言ってみ?」
「いえ、普通にプレイして、普通に勝利を重ねただけですが」
「敗北のとこに0って書いとるけど」
「負けたことないんですよね、このゲームで」
「そんなんありえる?」
「まあ、私、一応、百代の魔王に仕えた四天王なので。魔王をどう置くかに関しては、魔王様本人や人類よりも長じている自信はありますね」
「あ、その設定こういうとこで生きてくるのな?」
成程わかった把握した、と打ち合わせていた拳を開き、優しい顔で差し出し、
「引き分けで手を打たないか」
「じゃ、さっそく部屋作りましたんで合流してください魔王様。パスワードは魔界言語に切り替えて『ぜつたいぬがす』です」
「っへぇ~やるねぇ~慣れてるねぇ~。随分手際いいけどいいのかいズモカッタよ、こちとら汝との間に心の壁出来そうなんだよ? しかもさ、罰ゲームさせる気マンマンだし内容まで透けてるね? これヴィングラウド知ってる、盤外戦術ってやつだよね? うっめぇ~やっぱ本物の策士は違うなぁ~ん!」
進んでも奈落、拒んでも奈落。
最早ヴィングラウドに許されるのは、涙目で手が震え、半分演技で半分ガチなパスワード入力ミスして地面に激突するまでの時間を引き延ばすという戦法しかなかった。
「もしかしてですけど魔王様、乗り気でいらっしゃらない?」
「言うに事欠いてほざいたな汝! そんなん当たり前だろ、あのね、忠臣ね、汝が与えとるのこれ好機じゃなくて処刑だぞ!? これから始まるのは、視聴者の皆様も完全に“あっ”と察しての通り、666代魔王ヴィングラウド・華麗なる起死回生ではなくて、レート4980の怪物四天王が教える【このように下剋上すのだ】講座でしかねえのだわ!」
「その言葉が聞きたかった」
「タイミング次第でこんな印象変わる言葉なくない?」
なんなの一体、と震える魔王系新人ゲーム実況ManaTuberヴィングラウドちゃん。
そんな彼女を尻目に、一度画面外に出たズモカッタは、あるものを持って戻ってくる。
それは――なんとも古めかしい、魔界式黒電話と、一冊の電話帳らしき本だった。
表情に疑問符を浮かべながら、ヴィングラウドはその作業をおどおどと見ていて、
「というわけで、これで安心ですね」
「見て? ね、ズモカッタこれ見て? この顔見て? 安心してる魔王の表情じゃないって伝わって?」
用意されたモノの、あまりの意味わからなさに落ち着きを無くすヴィングラウド。
「今は詳しく話すことが出来ません。ただ、これだけは言っておきましょう。これは、魔王様の、その窮地に効果を発揮するスペシャルおたすけアイテムであると」
「す――スペシャルおたすけアイテム! 正直意味も用途もやはりまったくわからんが、何たる頼もしさだ!」
「このズモカッタの考え、どうか信頼ください、魔王様。私とて、何も、主に望んで苦行を味わわせたいわけがない。貴女様には勝利し、覇道を歩んで欲しいと心より願っております」
「で、では――もしやズモカッタ、このコーナーは!」
「はい。盛り上がること間違いなし、再生数ドラゴン上り待ったなしなポポーラ氏とのクライマックスに、更に重ねるダメ押し――ドキドキハラハラするものの、最後には魔王側の勝利が決まっている、お
染みのニセピンチでございます」
「ンもぉーーーーっ! それをはーやーく言ってくんなきゃさーーーーっ! 困っちゃう余ーーーーーーーーッ!!!!」
あ、このやり取りカットなカット、とニヤニヤとエセ業界人風にジェスチャーをカメラに向かってるするヴィングラウドと、表示されるテロップの【※使われました。】の文字。
「――――、……では、心の準備はよろしいですか、魔王様」
忠臣の配慮も虚しく、キョトンとした魔王は「あ、今の編集点な?」とちいさく言ってしまって、もちろんマイクに拾われていて、
「ふ、ふふふふふ! よかろう! 今宵は余が挑戦者として、貴様に叩き込んでやろうではないか、ズモカッタ! 魔王とはこれ即ち――魔界じゃ負け知らずな存在であることを!」
勝利の筋書きを後ろ盾にした頼もしさに高笑いするヴィングラウドと、画面右下に流される四天王カナァンナ戦・敗北試合プレビュー。
ともあれ、ようやくこうして勝負は始まる。
666代魔王は意気揚々、四天王・百妖元帥が待ち構える部屋に乗り込み、
後攻二手目、電界魔王に触れた鋼鉄魔王がありえない挙動で斜め上に吹っ飛んで【Win ズモカッタ】の表示が出た。
対戦時間、合計、9秒。




