3-02/魔王様、己に足りぬ力を知る
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ここは、どこにでもあるごく普通の魔界。
彼女は、666代魔王・ヴィングラウド。
人間界侵略を試みた最後の魔王との戦いから幾星霜、地上は平和になって幾久しく。
長らく世界間の交流が断絶されていたせいで、魔界のフレンズたちが人類廃滅活動するには【魔族に対する負の感情】が薄れてしまった虹魔暦2710年――歴代魔王の中でも頭抜けて支配に意欲あるマジメ系魔王な彼女は、頼れる忠臣、百妖元帥ズモカッタと共に、ある画期的作戦に着手していた。
それこそが、人間界で大ブームの短文発信魔導アプリ・マジッターを用いた、【人類危機情報発信を装った恐怖・絶望の発生・拡大・蔓延策戦】なり。
人が自分たちの生活を豊かにする為の道具を逆手に取るという悪魔的発想、まさに魔族な計画は結構前にスタートし、だが、ヴィングラウドはそこで新たな問題に立ちはだかられていた。
結論から申し上げてしまうと、人間って、ここ百年ほど見ない間に、魔族でもドン引くことを(主にネット上で)仕掛けてくるヤバい奴らに進化していたのだ。なにこれこわい。
真に受けられない破壊計画。
スルーされるぞ絶望の幻惑。
そして、
【@666vin うわ、出た、魔ッチョ。あたしこれ嫌いなのよね。食事バフは使いづらい闇属性だし三割の確率で呪われるし 勇者アレン@精霊グル飯素材収集中】
ザ・KUSOREP。
絶望の発信に対し日夜投げつけられる数多のクソを歯ぎしりしながら凌ぎつつ戦ってきたヴィングラウドだったが、彼女は先日、新たなる賢知へと到達していた。
作戦コード【銀幕の幻惑】作戦――その教訓から得たものこそ、
『絶望は多くの口から拡散されたほうがより深く早く行き渡るのだし、まずは焦らず、ヴィングラウドアカウントのギルメンを増やしていこうではないか!』
目的は、依然変わらず。
されど、その道程に余裕と優雅を。
伝説の魔界アン・デスワームの如く一皮剥けた魔王は、これまでの焦り過ぎで性急に過ぎたスタイルから一転、『やっほー卑しさ極まる人類風情のみなさま!』などフレンドリー極まる定型文を文頭に挟み込むなどして脅威の親しみ易さを演出、いずれは総支配する下等生物にも歩み寄る姿勢を見せ、人心の掌握に努める搦め手を駆使し始める。
――だが。
――だがしかし、ああ、悲しいかな。
マジッター民は時としてちょろスギのきらいこそあるが、一見わけのわからない・理解不能な領域のトンデモが流行ることもあるが、それはそれとして、決して烏合でも無能でもない。
軽く方針を転換したポッと出が、一朝一夕に長期的な人気者になれるほど、マジッター界隈は断じて甘くはないのであった――――!
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「おさらいをしましょう、魔王様」
玉座から降り、互いに敷物を敷いた床に対等に座る――即ち、“腹を割って話そう”モードになったズモカッタが言う。
「大きく括ってしまえばひとつの容れ物に見えるマジッター界にも、実は、様々な“分野”があります」
「ぶ、分野」
「左様」
神妙に頷く忠臣を緊迫した様子で見ながら、『おなかがへって魔力が出ないよう』と涙目になった主君を慮りズモカッタが手配、四天王兼魔王城専属シェフが取り急ぎ冷蔵庫にあった材料で作ってくれたサンドイッチをもりもり食べるヴィングラウド(最大HP・ATK・DEF+5%)。
「たとえば地上、人間界と一口に言っても、そこに三つの大陸と六大王の統治があるように。マジッター界隈にもまた、それぞれに異なる“色”がついている」
「色……が、色々!」
「それマジッターでは絶対に発言しないでくださいね?」
ドヤ顔が引き攣り、打ち込みかけた文章が止まる。
「や、やらんですけどそんな質の低いギャグ!」と言いながら背筋に冷や汗足らしつつ文章を削除していく魔王、話を戻す為忠臣がこほんと咳払い、
「種族も、言語も、年齢も、性別も、住処も異なる者たちが、様々な垣根を超えて集う魔力通信空間。重ね重ね、考えるほどマジッターとは驚異的な発明ではありますが、それは今回さておいて。この仮想空間で、ギルメンを獲得することを――たとえば、“人間界へ侵略すること”と置き換えた場合。その時、何が必要だと思いますか、魔王様?」
もぐ。
口に運ばれていたサンドイッチが半分咥えられた状態で止まり、左右に首を振るようにして魔王様が考え中、そして、
「――――ッ!」
ももももももぐ、と素早く咀嚼・飲み込んだ後、活き活き爛々輝く眼で、
「――敵地攻撃の橋頭保。拠点の開設、であるな」
「御見事」
ズモカッタの指が、ヴィングラウド口端のパンくずを取り、ナプキンにくるんで落とす――
――すると、ナプキンは敷物の上に落ちる前に、幾重にも折られ砦を形作っていた。
「勢力を拡大せんとするならば、土台の確保こそ何より重要。基礎工事は抜かりなく、足場を固めずして、方々に手は伸ばせず、満足な活動もままならない」
「……つまりだ、百妖元帥ズモカッタ。鮮やかなりし色彩を繰る、幻惑の練達よ。おまえはこう言うのだな――」
表情に、苦々しいものが混じる。
しかし、彼女はもう、昔の未熟な魔王ではない。
それを口にすることを恐れず、自ら、認める。
「マジッター・アカウント、666代魔王ヴィングラウド――ID:666vinは、まだ、“何者でもない”のだと」
忠臣は、主の意向を察すればこそ、侮辱にも等しい首肯を行う。
「――恐れながら、遺憾ながら。まさしく、その御言葉こそ正鵠でありましょう、ヴィングラウド陛下。貴方様は疑いなく、微塵の迷いなく我が主で、魔界を統べる、魔族の王でありますが――」
「この身、この存在。こと、マジッター界隈に於いては、“普段からなんかヤベーこと言ってる中途半端ななりきりアカウントのやつ”でしかない……のだな、余は」
胸中の苦みを押し殺すように、魔王が魔界コーラ(ゼロカロリーじゃないやつ)を飲む。
そうだ。
これこそ、魔王がうすうす知ってはいたがなるべく気付いていない状態でいたかった残酷な真実。
「――あの、【闇の衣】事件。たとえば、見事に余の力を跳ね返して見せた24人の魔王ならぬ魔王共――何より、ポポーラ氏……いや、既にポポーラ“師”と呼ぶに相応しいあのお方と違い、余には、666代魔王ヴィングラウドには――足りておらぬのだ! そう、」
空のコップが床に叩きつけられ、
そして、叫ぶ。
「多くの固定ファンが付くほどの、コンテンツ力がッッッッ!」
知ってはいても、認めたくなかった痛み。
勇者に光の剣を刺された時でもこれほどではあるまいという声が、玉座の間に木霊した。




