2-08/魔王様、修行編突入せず
「わ、わ、わ、はわ、は、な?」
魔王、ぐるぐる回る困惑の眼差し。
迷走が出口を求めるように言葉が溢れた。
「え、え、ぇだって、これ作っとるとき、さっきの昼食の時も、結果が楽しみだって、汝も、え、あれ、」
「この時が来ましたね。腹を割りましょう。あまりにもウキウキワクワク作成なされておりましたが、この画像、出来は酷い。チャチです。チープです。ヘタクソです。ゾンビの子供でも数秒で違和感探しをコンプリートすることでしょう。――そのことは。私がいかに言葉を濁しても、自分自身で分かっていたはずですね、魔王様?」
突かれる。
突き付けられる。
実はそんな気がしていた部分、細かい部分の粗さ、何も指摘が無いからと見て見ぬふりで押し通す穴――創作者としての、言語道断な心の甘え。
それが今どっと押し寄せた。
いたたまれなさのあまり、目の前のズモカッタの顔をヴィングラウドは見ることが出来ず、
「眼を逸らさない。いいですか。本日の貴女は、魔王として大事なものを忘れています。即ち、世界征服も洞窟に中ボス配置から――大望を果たすには、地道な積み重ねが必要だという精神です。それを忘れ、力に溺れ、足元をおろそかにするなど言語道断。そんなことでは、小島のひとつにモンスターもはびこらせられませんよ」
「…………ま、」
「ま?」
「魔王スキルのレベルなら、カンストしとるもん」
「それが画像編集に使えればよかったのですがね」
ぐうの音も出ないとはこのこと。ズモカッタの表情は、さっきからずっと穏やかな分だけ意地が悪い。
「魔王様。何もこの四天王ズモカッタ、いじわるで申し上げているのではありません。貴女の成長速度と、学習能力は、これまで仕えた百代の魔王でも群を抜いていると、心より評価しております」
「………」
「今回は確かに、失敗しました。ですが、今の屈辱に耐え、技術を学び、感性を磨き、次こそはとっておきの、誰もがビビる合成画像を作りましょう。差し当たっては今日一日、お勉強と練習から。これ、私がこんなこともあろうかと準備しておいたテキストですのでお使いください」
燕尾服のポケットから取り出された、明らかにその中には納まらないであろう分厚さの本とプリントがどさどさとヴィングラウドの目の前に積まれていき、思わず怯む。
「こ、ここ、こんなの、こんなにやるのか……!?」
「はい。余裕でしょうヴィングラウド様であれば。人間界征服の熱意が本物であれば」
「うぐ、」
「どうか奮起なされますよう。その間、私は少々席を外しますね、一人のほうが集中できるでしょうし」
その、どこかそっけない言い方を聞き、ぴんと閃く。
「も、もしかしてズモカッタ……今朝、余が勝手に、ひとりで公式征服発信したこと、怒っとる……?」
「いえ、無論、そのようなことはございません。ございませんが――魔王様が【自分は一人で平気だ】と思ったのなら、それを喜んで尊重するのもまた、四天王の役目でございますれば」
「い、いやあれは、ズモカッタぁっ……!」
「では、失礼」
縋る指が空を掴む。
燕尾服のズボンを掴もうとした瞬間、百妖元帥の身体は無数の蝙蝠となって、逃げ去ってしまった。
従者は何処。
後には、魔王が一人残される。
――最初こそ、それなりに動いた。忠臣が残した数々のMahoShop教本の内、殊更に【入門書】【まる分かり】【イチからはじめる】【上司から、今日、急に使えと言われた時に】のコピーが乱舞する初心者向けのものをパラパラめくり、玉座に座ってぽちぽちいじった。
結果、苦闘激戦二時間を費やして、切り抜きがド下手クソ・かつ明るさも色合いも解像度も縮尺までも周囲から思いっきり浮いているヴィングラウドが王都で果物売りのおっちゃんと肩を組んでいる極めてシュールな【唖然! 一目でわかる捏造写真!】が出来上がり、そしてトドメにそれをRGBではなくCMYKで保存してしまった瞬間、彼女は深呼吸を二度、そっとアプリを終了し、一旦スマホをスリープにし、足を組み口に手を当て、
「これ魔王か?」
厳かに自問自答した。
「ちょっと待て……よく考えろ……ビークールヴィングラウド……。なんかノリというか雰囲気に流されてMahoShop修行編に突入しそうな勢いだったけど、そもそも余、一流の画像編集職人になりたかったんだっけ……?」
否、違う。断じて違う。
666代魔王ヴィングラウドの使命――それは人間界を征服すること!
ここを決して見誤ってはならず、目的を見失うわけににいかず、断じてMahoShopの難しさに心が折れたのではなく!
「そうだ、そうだよ、そうだったんだ余! 手段と目的を逆転させるべからず! 大事なのは何だ、人類をたまげさせることではないか! MahoShopはあくまでも手段候補のひとつにすぎず、つまり、それが出来るならば何も無理にそこにこだわらなくてよい!」
嫌なことを全力で遠ざける、高速で回転を始める魔王ずのう。
こうなった時の彼女は実に冴え渡る――主に、余計なことを思いつくのが!
「そもそもどうしてこうなった……それは、今回余を打ちのめしたにっくきクソリプが、画像編集によるものだったからだ。味わわされた屈辱は、同質の反撃によって晴らすべきだという古のコトワザ、【魔導書の角で殴られたら、そいつん家の家具の尖った部分全部取れ】に奥ゆかしく則ったが故のこと。よかろう、決闘には規則があってこそだ、魔王の血に恥じぬよう、レギュレーションは順守しようではないか」
――だが、と。
玉座から立ち上がり、考えながら歩き回っていた魔王が、ふと、止まった。
「魔界式の”規則”とは、常に、抜け穴を探すもの。……ふふ、くふふ、まふふふふふふふふふふっ! 用意してやろうではないか、666代魔王ヴィングラウド、渾身の――【本当には存在しないニセ画像】をなっ!!!!」
宣言と共に。
爪先が床を打ち、指先を天井へと掲げる。
その時だ。
玉座の間上空に黒雲が生まれ、闇の衣の内側から、粘つく影が零れ出し――
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