2-05/魔王様、今日から始める画像合成
「ま、さ、か……」
予感に、息を飲む。
つい数分前、実践された。腰を抜かした。
その衝撃が腹の底から思い出され、心がざわつく感触に、魔王ヴィングラウドは武者震いする。
「極めて簡潔に、そして、明瞭さを重視して言いましょう。666代魔王、ヴィングラウド陛下。このアプリ、【MahoShopCC For Smafo】は――」
仰ぎ見るスクリーン。
そこで行われていく。
スマホを操作するのはズモカッタ、彼はマホショで二枚の画像――魔王城内図書室で読書中のヴィングラウドが、向けられたスマホに気付いて笑顔でピースをしている写真と、先日の作戦で用いた、ソッコ草原のうららかな写真。
大魔導師も腰を抜かすことが起こる。
画面左手に並ぶパネルのうち、ハサミの描かれたものをズモカッタが選び、写真のヴィングラウドをタッチすると――一部の輪郭が、自動的になぞられ、縁取られ、そしての状態のヴィングラウドを、ズモカッタは、持っていく。
ソッコ草原の写真に、持っていく。
「ぁ」
声が漏れた。
ヴィングラウドの、驚愕の吐息――先程の例があったからこそ、二度目だったからこそ、耐えられた衝撃。
そこに、有り得ないものがある。嘘が本物のようにある。
一度もしたことのないこと。断じて、現実ではないこと。
スクリーンに映し出されていたのは――青天のソッコ草原で、ソファに座って読書をするヴィングラウドだった。
「――画像の加工、補正、修正、合成。文字入れなんかもお茶の子さいさい。絵画でも、写真でも、様々な効果を入れることに特化したアプリこそが、MahoShopなのです」
言いながら、ズモカッタは、今しがた創り上げたアウトドア魔王陛下に、更に手をひとつ加える。
風景の中で、そこだけが元は室内のものであることから、どうにも暗く違和感があったヴィングラウドとソファを範囲選択し、周囲の草原と違和感の無いように、明るく調整してみせたのだ。
「ヤバし」
驚くことが多過ぎて語彙が死んだ。
畳みかけまくる衝撃により、魔王のIQは一時的に封印された。
「ヤッバ……こんなんええのかよ……だって余、ソッコ草原行ったことないんよ……なのにそこにおるんよ……? ウソと思うほうがムズいじゃろ、だってそんな気してきたもん……なんかの勘違いとか、忘れとるだけで実際はソッコに行ったことあったんじゃない余……? それか、余の封印されし光の裏人格が目覚めてアウトドア楽しんだんじゃろ……? 本当はみんな知っとったんじゃろ……知ってて気遣って黙っとったんじゃろ余の中に眠るもう一人の余を……余とは、魔王とは、ヴィングラウドとは一体……うごごごご……」
泣けるほどチョロく自我の危機に直面する魔王。
大いなる矛盾に打ちのめされ、四つん這いになり、このまま彼女は、光の裏人格【グランジェル】になりきってしまうかと思われた。
「幻術ならば。現実ではないものならば、どうとでも、捏造し得る」
その淵から、彼女の消えかけた手を取り、掬い上げたものこそ。
忠臣、右腕――百妖元帥、ズモカッタであった。
「――そう。正真正銘、一山いくらの【てつのつるぎ】を――伝説の聖剣に仕立て上げることすらも、自在なのです!!!!」
瞬間。
雷霆の如き気付き、爆発した憤怒が、覚醒を導く。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおおアァアッァアアァアアアアアアーーーーーーーーッ!!!!」
四つん這いの姿勢のまま五メートル真上に跳ねたヴィングラウドは、そのまま中空でポーズを変えながら激しく回転、しかる後に、周囲に噴き出す影を纏いながら、闇の衣を翻し、骨の冠をビカビカ光らせつつ、玉座に降り立つ。
「おかえりなさいませ、我が主。666代魔王、ヴィングラウド陛下」
ズモカッタが恭しく頭を下げる。
そして、今こそ全盛期を迎えた魔王は、深く深く息を吸い込み、
開口一番、
吼えた。
「ッッッッだよな!!!! 最初から、全部、わかっとったし!!!!」
魔王はなぜ強いのか。
それは、ヤバいくらいに、強がりだからだ。
「おのれ……おのれおのれおのれ人類……よくもこの余を、666代魔王ヴィングラウドを、まんまとドッキリ大成功させてくれよったな……!」
「畏れながら魔王様、それ一秒前の発言と矛盾してます」
「ともあれ!!!!」
とにかく!!!! と一気に流れを切り替える魔王様。これぞ最適のソリューション。【話題のカーブはパワーで曲がれ】と魔界の攻略雑誌にも書いてある。信じよう。
「これね、人類はね、おののくとこだから。悔いるべきことだから。わかる、ズモカッタ?」
「わかりみあふれておりますとも」
その意をピッチャーで汲んだとばかりに、忠臣は力強く頷き、
「つまり魔王様はヘッダー画像のおっぱいをもう2カップほど盛りたい」
「汝ちょくちょくそういうとこあるよね?」
違うよね? とすごむご主人。
「まあ半分はあってるんだけど! 半分は惜しいんだけども! ニアピン! もうちょっと考えてみて、すぐ近くまで来てるから!」
「えっ。それは逆にサイズを落とすということですか。いいんですか魔王様。そちらはそちらで、こう、魅力という意味では間違ってはいないのですが、より濃度のすごい魔物が集いかねませんよ」
「おっぱいから離れよ? ね? ね? いい子だから、ね?」
百妖元帥ズモカッタが、道化の仮面を被っていながら明確な驚愕を浮かべるのも無理からぬ。おそろしい、なんと御無体を言う女であろうか。
男とおっぱいは精霊とマナほど生存に不可分の項目でありその乖離は死を意味するのだが、そちらはあまりにも深淵かつ壮大なテーマとなるのでここでは一時割愛する。おっぱいを語るにはあまりにも余白が足りない。
「うぅぅぅうあああもう埒があかんな変なところでズモカッタもう! えぇい自分で言っちゃうけどさ、まあ要するに、人類がうかつにも与えてしまった知識を、戦法を、魔王、逆に利用してやろうということです!」
「その心は!」
「第四十四回! 魔王と元帥の人類絶望拡散会議! 工房都市ザッハザッハ・スキャンダル計画――は、急遽、予定を、変更しましてッ! これより、【かんたん! だれでもできる! ビックリドッキリバッチリガッカリ・驚きの合成画像で人類の心臓かたっぱしから止まれ作戦】の開始を、今ここに、宣言いたしまーーーーーーーーすっ!」
いえーーーー! と腕を振り上げるヴィングラウド。
自らの魔力・魔法ブーストにより、玉座の間にぽぽぽぽぽひゅん、と上がる花火。
「やるぞ、ズモカッタ! これはクッソ忌々しい人類と我々魔族の、決して負けられぬ悪辣さの比べあいだ! この一戦、種族の誇りをかけたものだと心得よ! 見せつけろスケールの違いに発想の凶悪さ、女神に愛された光の種族がなんぼのもんじゃーーーーっ!」
「ところでこういうのもあるのですが」
「闇過ぎる」
暗黒領域深すぎる、とスクリーンにデカデカ映し出された、人間界のCGデザイナーが作り上げた【ぼくの魔界】というタイトルの一枚を見て真顔で腰を抜かす魔王。
「ぅわっ、えぐっ……えっげつなっ……いやいやいやこれはないでしょ逝きすぎでしょ……こんなトコよう住めんでしょだって見たかんじファミレスもないもん……長い間交流が無かったからって人類の想像する魔界ってどうなっちゃってくれとんの……誰か止めるやつおらんかったの……こんなえぐいこと考えられる連中に加護与えとる女神、一回パフェでも食べて冷静になってから色々考え直したほうが絶対ええって……」
心の準備が出来てないところで唐突に見てしまったえらい画像に、あわわわわうぶぶ、と泡を吹きかける666代魔王(邪悪の化身)であった。
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