1日目 (6)
部屋へ戻り、軽くシャワーを浴びた。年間で最も暑い頃なのに、建物の中はひんやりとして気持ちがいい。空調が効いているわけではない。おそらく、そういう造りになっているだけだ。
俺以外にここへ集められたのは五人。その誰もが、見たことのない者達だった。ランダムに招待したのかわからないが、少なくとも俺には彼らとの接点はない。〈ヤマケン〉と名乗ったところで、個人情報を突き止められる心配はないだろう。
ベッドに腰掛け、窓ひとつない壁を見つめる。
明日になれば事件でも起きるのか。ミステリー好きだけが集められたこの屋敷においては、何が起きたって不思議ではない。もしかすると、何も知らないのは自分だけという可能性もある。他の八人が協調して、俺を騙しているとか。ただ、そんなことをする価値がないように思う。
そう、最初から不思議で仕方ないことがあった。俺以外に八人しかいないことだ。屋敷の部屋数は十。それなのに、ここにいる人間は九人だけ。それが奇妙に感じてしまう。つまり、どこかにもう一人いるのではないか、と。
それを疑い、屋敷の中を捜索してみたが、どこにも隠れられるような場所はなかった。各自の部屋を隅々まで探せたわけではないため、どこにもいないと言い切ることはできない。また、十人目にふさわしい人物に想像もつかない。そもそも誰一人知らないのだから。十人目の存在については、頭の片隅にでも置いておくことにした。
そんなことより、今後の事件を解決することが最優先だ。そうすれば願いが叶う。真希の病気を治してやることだってできる。
妹の真希の病気が発覚したのは三年前のことだった。俺が三十歳、真希が十九歳のときだ。幼い頃に両親を亡くし、祖父母の家で育てられた。祖父母には感謝してもしきれないが、二人とも亡くなってしまった。今では、家族は真希だけになっている。
歳が離れていたというのもあり、真希のことは我が子のように感じている。身内びいきをさっぴいたとしても真希は外見に恵まれ、気配りのできる子だった。両親がいないというのが、彼女をそうさせたのかもしれない。
祖父母がいなくなってからは文字通り自分が保護者で、真希のことを最優先にして生きてきた。真希自身も努力し、奨学金をもらいながら大学へ行くことができるようになった。これで何とかなる、そう思っていた矢先のことだ。
どうして―――。あの頃はそれしか考えられなかった。どうして真希が病気になってしまうのか。それも、治る見込みのほとんどない重病に。これまでだって十分に苦労してきたはずだ。歯を食いしばって二人で生きてきて、ようやくこれから、というところだった。
真希は入院生活を余儀なくされ、大学を休学した。俺自身は社会人として働き、何とか治療費を払うことはできている。だが、真希の笑顔を見る回数は日に日に減っている。夢も希望もなく、死にたいと口にすることもあるらしい。できることなら、毎日ずっと真希の側にいてやりたい。それくらいしか彼女のためにしてやれることはない。
そんな中、自宅にあの手紙が届いた。『ミステリーワールド 真夏の宴への招待状』と書かれた手紙が。
内容を読み、半信半疑でホームページへ進んだ。そして〈願いが叶う〉という文字に心を奪われた。これで真希を救うことができる、そう確信した。たとえ嘘だとしてもこれに飛びつくしか術はなかった。もう、藁にもすがる想いだった。
あの格内麻郎とかいう男の狙いも、松本という執事の薄笑いも気にしない。心を強く持ち、謎を解くだけだ。そうでなくとも、俺には他の者よりも不利な面があるのだから。もし体力勝負になってしまえば、自分に勝ち目はない。小学生の頃の事故で体に障害を持っている。手術でどうにかなったものの、力比べでは勝てるわけがない。
いつものように、携帯電話を手に取ることもできない。最後に真希から届いたメールは半年以上も前だ。あれ以降、真希は携帯電話すら触らなくなった。完全に心を閉ざしてしまっている。あんなにも優しくて、果てしないほどの幸せを掴める子なのに。こんなところで腐らせるわけにはいかない。真希のために、必ず謎を解くことを誓う。
『コンコン』
ハッと目を開けると、今の音が部屋の扉から聞こえたことに気付いた。誰かがこの部屋を訪ねている。カギは掛けてあるため、こちらから迎えてやるしかない。
ベッドから起き上がって服を着る。ベッドの時計は午後十時前を示している。こんな時間に誰だろう。もしかすると、ついにイベントが動き出したのかもしれない。何が起きても動じぬよう、深呼吸してからドアノブへ近付く。
「どなたですか?」
「こんな時間にすみません。少しよろしいでしょうか」
聞こえてきた声が誰のものだったか、すぐに思い出すことができた。