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誰が為に  作者: 島山 平
6/42

1日目 (5)

 一階フロアに九人が揃っている。午後七時、誰も集合時刻に遅れることはなかった。金子が夕食の支度をしている間、ボクたちはテーブルを囲んで待つ。

「そろそろ何か起きるんでしょうか?」

 待ち切れない様子でエーツーが訊く。

「慌てないことだ。いずれわかる。それより、誰かこの屋敷から出る方法がわかった者はいないか?」

「出るって、カギを掛けてるだけでしょう? どなたがカギを持っているのか知らないですけど」

 麻郎と松本を見ながら言うエーツーに、麻郎はゆっくりと首を振った。

「いや、我々は鍵を掛けていない。鍵は松本が管理しているがな」

 麻郎に一瞥され、松本が頷いてから胸元のポケットに手を差し込む。中からいくつものカギが連なったものを取り出し、丁寧にテーブルに置いた。

「入り口の鍵と、二階の十部屋分の合鍵です」

「やっぱり玄関もただの挿し込み型なんだな」

 セバタの問いに松本が頷く。

「今から、これを金庫に入れようと思います。皆様の前で、全員の許可の元」

「どういうことです?」

「ここにある十一本の鍵を、このイベント中は封印するためだ。マスターキーがどこかにあるはずだ、という考えを捨て去るためにな」

「予備がどこかにあるんじゃないですか?」

 エーツーが見透かしたような顔で言う。どこか下品にも見えた。

「ない。疑うのは自由だが、その可能性はないため考えるだけ時間の無駄だ」

 淡々としていたけれど、麻郎の口調には有無を言わさぬものがあった。どうやら、本当にその可能性は考慮しなくていいらしい。

「では、金庫を取ってまいります」

 松本が立ち上がり、テレビの側へと近付いていく。そんなところに金庫があるだなんて気付かなかった。こうして改めて見ると、確かに三十センチ四方くらいの金属製の箱があった。金庫を持ってテーブルまで戻ってくると、松本は慎重に置いた。

「この中に全ての鍵を仕舞います。それと、携帯電話も一緒に。皆様、よろしいでしょうか?」

「え、それは困るんだけど」

 セバタが顔をしかめている。彼だけでなく、ボクたちだって同感だ。緊急の連絡が入ることだってあるのに。

「申し訳ございませんが、他人の介入を防ぐためなのです。無理強いはできないのですが、この条件を了承して頂かない限り、イベントに参加したとみなすことはできません」

 松本が話す間、麻郎はじっと動かなかった。それは麻郎の指示ということを示している。ボクには抗うことなんてできない。

 互いに視線を通わせながら、誰も返事をしなかった。それを肯定ととったのか、松本が金庫の蓋を開けてカギを中へと入れた。十一本全てを。それに続いてボクたちは各々携帯電話を取り出し、金庫の側へ置いた。

「ありがとうございます」

 松本が六つの携帯電話をひとつずつ金庫へと仕舞った。

「では、今から金庫にカギを掛けます。皆様、お持ちの鍵を出して頂けますか」

 松本に言われるがまま、全員がゴソゴソとポケットを漁る。テーブルの上に六本のカギが並んだ。

「麻郎様の部屋の鍵と私の部屋、そして空き部屋のものがこれです」

 松本がテーブルに三つのカギを置く。

「金子くん」

 ちょうどキッチンから出てきた金子に声を掛けると、彼女はすぐにテーブルへやってきて、静かな動作でポケットからカギを出した。松本の側に置くついでに、全員分のグラスを並べてくれる。

「さて、ここに十部屋分の鍵があります。この金庫には挿し穴が十個ありますので、全ての鍵を使いましょう」

 松本はカギひとつずつを箱に挿し始めた。

「これ、特注ですか?」

 興味深げにエーツーが言う。箱をジロジロと眺めながら。

「いえ。海外で見つけたものです。ちょうど鍵穴が十本なので、この屋敷に飾っておくにはよいかと思いまして」

 話しながら、松本は十本のカギ全てを箱に挿し終えた。そうして一本ずつ、順番に捻り始めた。

「おぉ、全部回る仕組みなんだ」

 セバタが感嘆の声を上げた。

 確かに、時計回りにひとつずつカギを回していく様子は見ていて新鮮だった。箱の仕組みは理解できないものの、これで蓋が開かなくなるわけだ。

「お待たせ致しました。完全に封がされましたので、鍵をお返し致します」

 挿していた十本のカギを抜き、ボクたちの前に戻していく。残った四本は松本の目の前に置かれた。

「どなたか、ご確認をお願い致します」

 松本の声にすぐに反応したのがエーツーで、自分の手元に箱を引き寄せた。蓋の取手を持ち上げようとしても動かず、そこそこ強めの力でこじ開けようとしている。

「人の力では決して開きません。だからこそこれを選んだのです」

 松本が箱に手を伸ばし、やんわりとした仕草で取り返した。

「今見て頂いたように、この箱は十本の鍵全てを使わなければ開くことはありません。ですから、誰か一人の意志で、中のマスターキーを持ち出すことは不可能になります」

「これで、我々が持っているカギだけが全てということですね? ひとつの部屋のカギを開閉するのは、どれかひとつだけのカギにしかできない」

 ナベが頷きながら呟く。

「おっしゃる通りでございます。ですから、これで安心して眠って頂けます。二階の部屋全ての鍵が共通している、といった騙しもございません」

 一仕事終えたように表情が弛み、松本は椅子に深く腰掛けた。

「お食事の用意ができました」

 気がつくと、金子がカートに夕食を載せてきた。一人ずつ順番に目の前に皿を並べ、すぐにテーブルは豪華なものとなった。

「では、皆様どうぞ召し上がれ」

 松本の声を合図に、全員がスプーンやフォークに手を伸ばした。温かなコーンスープは濃すぎず柔らかな味で、ホタテにかけられたソースは穏やかな風味を感じさせるものだった。そのどれもが、大きな『おいしい』という括りの中にあった。ボクには細かい味の違いなんてわからない。だからわざわざ高級なものを食べるメリットは少ない。

「ひとつ質問してもいいですか?」

 食事が進んだ頃、突然エーツーが口を開いた。口の中のものは飲み込んだ後らしい。

「今回のイベントの目的って何なんですか? 不満があるわけじゃないんですけど、知っておきたくて」

「目的が必要かね」

 一人だけ食事をしていない麻郎が答えた。彼の左右に座る松本と金子が、手を止めて麻郎の様子を伺っている。

「私たちをここへ招待して、これから起きる事件を解決させる。何か目的がないとこんなことしないと思うんですよね」

「それは大衆の考えだ。全員がそうだと一括りにすべきではない」

 決して憤慨しているわけではないらしく、麻郎の言葉に棘はなかった。

「なんていうか、言葉は悪いですけど、暇つぶしみたいなものだと?」

「そう考えてもらってもかまわない。わしには何の影響もないのだから」

「これから起きる内容については教えて頂けないんですよね?」

 久しぶりに、ヤマケンの声を聞いた気がした。これまでおとなしく食事をしていただけに、彼が口を開くということに意味を感じてしまう。

「それはできないが、いずれわかる」

「この建物から出られない理由とも関係しているし、論理的に解決できると思っていいんですよね?」

「さよう。ミステリーワールドと同様、全て解決できる内容だ」

「そういえばミステリーワールドって、誰一人解決できていないアトラクションもあるらしいじゃないですか。それも解決できるんですか?」

 そう尋ねるセバタの手元では、早くも皿の半分ほどが空になっている。髪を茶色に染め、髭も整えているのに、腹はそれなりに出ている。どうせならそこも気にすればいいのに、と思ってしまう。

「だから言っている。全て解決できるものだ。誰一人正解者がいないのは、皆の思考が停止しているに過ぎない」

「厳しいお言葉だなぁ」

 苦笑いしながらも、セバタの食事は止まらない。

「あそこのトリックって、どなたが考えているんですか?」

 次はナベの質問だ。各々が質問し始め、この集団の緊張感が緩んできたことを意味している。

「全てわしが考えている。生粋のミステリー信者なのだ」

「では、これから起きる事件の内容もですね」

「起きるのが事件とは限らぬが、そういうことだ」

 ナベの策略には引っ掛からない辺り、麻郎の抜け目のなさが垣間見えた。両腕両脚がないにも関わらず、麻郎という男は圧倒的な力を持っているように感じさせられる。

「皆様、お食事を続けながら聞いて下さいませ」

 流れを一旦切る形で、松本が話し始めた。

「これから皆様には、自由に行動して頂いて構いません。部屋で過ごすもよし、このフロアで談笑するのも問題ありません。キッチンにある食材は自由に召し上がって下さい。ただ、キッチンを汚すと金子くんの機嫌が悪くなるので、そこだけはご配慮願います」

 金子が驚いたように顔を上げ、無言で首を振る。目立たぬようにしていたのかもしれないけれど、彼女の分の料理はもうほとんど残っていない。小柄な体に見合わず、意外と大食漢のようだ。

「明日以降も、特に予定は入っておりません。必要であれば朝食はこちらのテーブルに用意させますので、どうぞご自由に。昼食は十二時、夕食は十九時。それだけは決めておきましょう。よろしければ全員で集まりましょう」

 松本が淡々と説明し、ボクたちを見渡す。質問があればどうぞ、とでも言わんばかりの表情だった。

「基本的に私は自室におりますので、何かあればいらして下さい」

 その言葉を最後に、今晩の食事会はお開きになった。全員が食事を終えると金子が食器を片付け始め、麻郎と松本は二階へと上がっていく。テーブルを囲むボクたち六人は、アフターコーヒーを飲みながらゆったりとした空気に包まれていた。

「これで一日目が終わりか。特に何も起きなかったなぁ」

 セバタの言葉に、エーツーが不気味な口調で答える。

「そうとも限らないじゃないですか。ミステリーだったら、大抵今晩誰かが殺されますよ」

「部屋にカギを掛けとこうかな」

 気楽な雰囲気を感じながら、ボクは建物全体を眺めていた。今いるテーブルを中心に、三六〇度ほとんど変わらぬ景色が並ぶ。完全な円柱状の建物だけに、階段や家具がなければ方向感覚がなくなりそうだ。

 セバタとエーツーの雑談を聞きながら、他の三人の様子を伺う。ナベは時々二人の会話に混ざるものの、落ち着いて座ったまま。テルテルはまだ緊張しているのか、借りてきた猫のようにおとなしく座っている。食事中も、動作がどこかぎこちなかった。ヤマケンはテーブルの一点をジッと見つめながら、頭を働かせているように見えた。端正な顔立ちなだけに、映画のワンシーンのようで、つい見とれてしまった。

「それじゃ、そろそろ失礼しようかな」

 エーツーが両腕で伸びをし、あくびをしてから言う。腕時計を確認すると午後九時前になっている。決して遅い時間ではないけれど、やはり緊張していたのかもしれない。全身にどっと疲労が広がった。

「明日も全員で集まりましょう。ディスカッションとかしたいですし」

 エーツーに続いてナベも立ち上がり、真顔で言う。もう少し柔らかい表情はできないものかと思う。

「じゃあ、僕もやることがあるので」

 テルテルが逃げるように二人の後を追った。


「寂しくなっちゃいましたね」

 三人だけが一階に残り、セバタがおどけて言う。ボクとヤマケン、セバタ以外は二階の自室へ戻っている。彼らが部屋へ入るのを確かに見ていた。

「お二人はどんな願いを叶えてもらうつもりですか?」

 岩のように落ち着いていたヤマケンが口を開いた。彼が真剣であることが伝わってくる。伝わってくるのだけれど・・。

「話しちゃっていいのかな? あのじいさん、それを言わせないようにしてたけど」

「ボクらが集められたのが偶然なら、言ったって構わないはずですよね」

 それらしいことを口にしてみる。セバタがうんうんと頷いているのが心地よかった。

「どんな願いにしろ、それが叶うに見合うだけの難問なんでしょうね。これから起きることって」

 無表情のヤマケンからは、彼がそれを望んでいるのかどうか読み取れなかった。ボクだったら、少しでも簡単であって欲しいと思う。さっさと解決して麻耶子に会いたいのだから。

「全員で協力して山分けとかってどうですかね」

 淡々とした口調で言いながら、それがヤマケンのジョークなのだとわかった。ポーカーフェイスぶっているくせに、意外とユニークな面のある人なのかもしれない。

「これから飲まないすか? 冷蔵庫のものも好きにしていいって言ってたし。酒とかあると思うんすよね」

 というセバタの提案には、ヤマケンが無表情で首を振る。

「明日に響くと嫌なのでやめときます」

「そんなにシビアにならなくてもいいじゃん」

「どうしても叶えなくてはならない願いなんですよ」

 立ち上がりながらヤマケンが言う。長身の彼に見下ろされ、何も言い返せない雰囲気があった。

「それじゃ、俺も失礼します」

 軽い会釈の後、ヤマケンは振り返ることなく階段を上がっていった。そのまま、彼の部屋である五号室まで真直ぐ進んでいった。

「ちぇっ、みんなノリ悪いなあ」

「初対面同士ですしね」

 正直、ヤマケンが断ってくれてよかったとさえ思う。ここでは、必要以上に他人と親しくなりたくない。

「あーあ。全然面白くねぇ。建物から出られないってイベントしか起きてないじゃん」

「最初はこれくらいがいいですよ。いきなり人が死んでも嫌ですし」

「そうだけどさぁ」

 つまらなさそうに脚をブラブラ動かし、「よしっ!」のかけ声でセバタが立ち上がった。

「入り口の扉を調べてくるかな。先に休んでてよ。じゃ」

 ボクを付き合わせる気もない様子で歩き出す。フロアに一人だけ残された。

 セバタの足音以外何も聞こえない。二階にいるはずの彼らの行動もわからない。なんだか嫌な気配を感じ、部屋へ戻ることにした。ヤマケンの言う通り、今は力を蓄えておく方が懸命だ。動くべき瞬間は必ずやってくるのだから。

 階段を上がりながら、どこかにいるはずの麻耶子を想う。彼女がこの場にいたらどんな行動をとるだろう。きっと、ムチャをしてでも解決するはずだ。それくらい、彼女には危なっかしいところがあった。

 ドアノブを押し、誰もいない空間へと入る。

 麻耶子のいない、ボク一人だけの部屋だ。


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