1日目 (4)
部屋を出て、二階の廊下から下を覗く。一階のソファーに二人の男が向かい合っているのが見えた。確か、セバタとナベの二人だ。
「よかったらこっちで話しましょうよ」
ボクに気付いたセバタが声を掛けてきた。笑顔で頷いてから階段へ向かう。一階と二階を繋ぐ階段は二ヶ所にあり、それ以外に移動する方法はない。階段は対角線上に位置し、最初に食事をしたテーブルはちょうど原点にあたる。ただし、文字通りの『階段』は一ヶ所だけだ。反対側はエスカレーターになっている。自分の足で歩けない麻郎のためだろう。その証拠に、エスカレーターを上がった先の正面が麻郎の部屋だ。
「部屋に一人でいるってのも落ち着かないっすよね」
人懐っこい笑顔でセバタが言う。一方で真面目な顔をしたナベに促されるまま、セバタの隣に腰掛けることにした。
「部屋の中、特別なものはなかったですよね?」
「そうですね。さっきみんなで確認したのと同じです」
ボクの返事にナベは無言で頷く。
「なんかなぁ、隠し扉でもあるかと思ったんだけど」
不満そうに伸びをするセバタを見ながら、先程の探検を思い返していた。
全員が昼食を終えた後、ボクたちは二階にある部屋を確認することにした。招待された六人だけでなく、麻郎や松本、金子も一緒になって二階へ上がった。そうしてひとつずつ、部屋の中を確認していった。
『どこも同じだと最初に確認してもらう必要がある』
というのが麻郎の言い分だった。彼自身の部屋にも入り、中の様子を見ることができた。椅子がひとつもないことを除けば、ボクたちの部屋と何ら変わりはなかった。松本と金子の部屋にも入り、そのときの映像は脳裏に残っている。
「玄関のことは何か思いつきました?」
ナベの問いには答えることができなかった。というのも、ボクにもあの状況は理解できていないからだ。
二階の部屋を確認し終え、一階にあるバスルームとトイレ、キッチン、倉庫の探検も終わった。二階の各部屋にもトイレやシャワーがついているけれど、望めば一階のものを使ってもかまわないらしい。シャワーから毒が出てくる心配もないそうだ。
その後、ボクたちは麻郎の言葉の意味を確認するために、屋敷の出入り口へと向かった。松本に案内され、屋敷へ入った扉に。
「あれ、完全に封鎖されてたよなぁ」
入り口の方を指しながらセバタが言う。
彼の言う通り、玄関の扉は開かなかった。確か、この屋敷に入るときは松本が外から扉を引いた。つまり、中から出ようと思った場合は扉を押せばいい。そのはずなのに、どれだけ力を入れても扉は開かなかった。当然、逆に引くことも試した。それでも結果は同じだった。
「カギが掛かっているんでしょうね」
適当なことを口にしていると思いつつ、それくらいしか考えはなかった。
「カギ穴があったし、特別な仕様とは思えねぇな。松本って人がここに入るとき、何かしてるの見えた?」
「さぁ。ボクは入ったのが最後だったので・・」
ナベの様子を確認してみても、彼も黙って首を振るだけだった。
「ま、こっから何かが起きるんでしょ。というかもう始まってるか。閉じ込められてるわけだし」
この状況を楽しむように、セバタは笑みを浮かべていた。
確かに彼が言うように、ボクたちはすでにこのイベントに参加してしまっている。麻郎を含む三人がいて、そこに招待された六人。小説だったら、ここから一人ずつ殺されていくのが自然だ。さすがにそれは勘弁してほしいけれど。
「二人の家にも封筒が届いたんです?」
そういえば、という感じでセバタが口を開いた。出会ってすぐに感じた通り、この男は話すのが好きらしい。無駄話というわけではないからよいものの、彼のペースに持っていかれそうで気にはなる。
「封筒でしたね。中に手紙が入っていて、ミステリーワールドのホームページから進みました」
「うちも同じです。封筒ごと持ってきてますよ」
ナベが二階を指差して言う。どうやら、ボクたち六人に届いたのは同じものらしい。確認し合えばわかるのだから、信じて問題ないように思う。
「ボクたちが選ばれた理由って何かあるんですかね」
「ランダムじゃない? 全員ミステリーワールドに行ったことはあるみたいだから、参加者の中から適当に選んだとか。ほら、あそこに入るときに住所とか書かされたし」
セバタの意見を否定することはできないけれど、とてもそうとは思えなかった。イベントの参加者であるボクたち六人は年齢が近く、全員が男だ。ランダムに選択してこうなる確率は限りなく低い。―――でも、だからといって何の意見もない。
「私たちが集められた理由がわかれば、このイベントの目的もわかるかもしれませんね」
ナベの言葉に、ボクたちは彼に注目した。
「そもそも、このイベントを主催したところで彼らには何のメリットもない。金持ちの道楽だと言ってしまえばそれまでですが、願いを叶えてやるって、そんな簡単なことじゃないですよ」
「うんうん、それは不思議だった。最初はなんかの詐欺かと思ったし」
腕を組んだセバタが頷いた。
「たぶん、彼らはこのイベントを通じて何かしようとしている。それがふざけた遊びなのか、参加者六人の中に狙いがいるのか」
「ナベさん、ミステリーの読みすぎじゃない?」
からかうようなセバタの言葉に、ナベも表情を緩ませた。
「そうでも考えないと意味がわからないじゃないですか。もしかすると、こうしている間も録画されていたりして」
「あ、次のアトラクションのための実験とか?」
まるでそうであって欲しいと言わんばかりのセバタだった。
午後五時過ぎ。夕食は七時からだと聞いているから、まだ時間はある。三人での議論にも限界があり、一旦部屋へ戻ることにした。
「部屋、ちゃんとカギを掛けた方がいいっすよ」
セバタの声に、背を向けたまま手を上げる。みんな、完全にミステリーの登場人物になりきっている。ボク自身もそうかもしれない。
『階段』を上がり二階の廊下を時計周りに進む。上がってきた階段の正面にあるのが金子というシェフの部屋(七号室)。その右隣りがセバタで(八号室)、次がナベ(九号室)。その先にボクの部屋がある(十号室)。エスカレーターを上った正面には麻郎の部屋があり(二号室)、その左隣りは開いている(一号室)。その左隣りがボクの部屋(十号室)、ということになる。建物の入り口から見て正面を一号室とし、そこから時計回りに二号室、三号室・・と並ぶわけだ。
各部屋のカギは、住んでいるアパートと同じような挿し込み型だった。先程は掛けなかったものの、確かにセバタの言うように、今後はカギを掛けるべきかもしれない。イベントの内容はミステリーに関するものに違いないのだから、自分の部屋が狙われないようにするのもひとつの手だ。
部屋の中を見渡し、自分を落ち着かせるために深く息を吐く。二階にある十部屋はどれも同じ間取りで、扉から入って真直ぐに通路が伸びる。通路の左右に浴室とトイレがあり、その先に十五畳ほどの部屋がある。通路の左手に浴室、右手にトイレという配置だ。
奥の部屋へ進み、左の壁際に置かれたベッドに正面から倒れ込む。ベッドは柔らかく、二人で横になっても十分なほど広い。仰向けになり、天井のLEDライトの眩しさに目を瞑る。
格内麻郎という男はとんでもないほどの財産を持っているはずなのに、この屋敷は思ったよりも質素だ。とはいえ、ボクの家とは比べられないほど豪華なのも事実。でも、彼らからしたら倉庫程度のはずだ。この建物に招待したというのも、怪しさで溢れている。
今のところ、建物の出入り口の扉が開かない以外には何も起きていない。あの扉に関してはロックがされているだけだと思うし、必要になれば開くだろう。おそらくたいした問題ではない。となれば、これから何かしらの事件が発生するはず。それを解決することで、願いを叶えてもらうことができる。そのために力を溜めておく必要がある。願いを叶えてもらわなければならないからだ。
その願い事は決まっている。『麻耶子の居場所を教えてくれ』だ。
麻郎の力を持ってすれば簡単なはず。もっとも、麻耶子が無事であれば。正直、それに関しては嫌な予感がしてたまらない。職場の中学校にも連絡せず、それは恋人であるボクにもだけれど、彼女はどこへ消えてしまったのか。『おじいさんに会いに行ってくるね』としか言っていなかった。彼女の目的が何なのか、そのおじいさんが誰なのかもわからない。
麻耶子と出会った学生時代のことも、彼女と過ごす週末のことも、簡単に頭に思い浮かべることができる。ミステリー好きになったのも彼女の影響だ。ディズニーランドのような人混みは大嫌いなのに、麻耶子が行きたいと言うからミステリーワールドにも足を運んだ。行ってみれば楽しかったし、彼女と二人で推理するのも悪くなかった。
あのとき、アトラクションの謎を解いたのは麻耶子だった。ある女性が首を絞められ、長い髪の毛を切り落とされる事件だった。事件の背景は色々あったけれど、髪を切ったのはある事実を隠すためだと麻耶子が言い出した。犯人は女性の髪を切る必要があり、その理由を論理的に説明したのだ。ボクには、あのときの麻耶子がシャーロックホームズに見えた。それくらい、圧倒的に納得させられる論理だった。正直、彼女にそんな才能があるだなんて思っていなかった。
麻耶子のことを考えると、自然と胸が締め付けられる。彼女に言いたいこともあるし、謝りたいこともある。それなのに、姿を消したこの状況では、そのどれもが叶わない。何としてでも、麻耶子に会わなければならない。
瞼を持ち上げ、ベッドに備え付けられている時計を確認する。夕飯まで一時間以上ある。きっと、そこで何らかの発表があるはずだ。そのときのために頭をクリアにしておこう。体を起こし、折れそうになる心に鞭を打つ。
このイベントの裏に何が隠されていようと、自分の身が危険に犯されようとかまわない。麻耶子に会って謝るためなら、ボクは人だって殺してみせよう。