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誰が為に  作者: 島山 平
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後日 (8)

 理の館に集められたボクたちは、初めて顔を合わせた。ヤマケン、テルテル、セバタ、ナベ。この四人はトリックのためのパーツとして招待された。エーツーこと浅原明はターゲット、麻郎たちは彼を殺害するためにこのシチュエーションを用意した。そして―――ボクは目撃者であり、証人だ。この事件を身を以て体験し、薄っぺらい事実を述べる役目。警察に対し、浅原が犯人だと誘導させるための証言をするのが与えられた任務だった。


 最初にヤマケンが殺された。―――この時点で、ボクたちは勘違いをしていた。今になって考えると、このときすでに浅原が殺害されていたのだ。そうでなくては、手脚を四つのパーツとして使うことができない。きっと、浅原の遺体は麻郎の部屋にでも隠していたのか、一階の隠し部屋にでも仕舞っておいたんだと思う。というのも、一階の配置を考えると、キッチンと出入り口の間に無駄な部分がある。中からは壁があるようにしか見えないけれど、もしかすると、建物を回転させることで出入りできるのかもしれない。建物が崩れた今、これはボクの想像でしかない。

 二人目の被害者が、ヤマケン。このときはおそらく、松本がヤマケンの部屋を訪ね、殺害した。そしてヤマケンの右腕の義手を外し、本物の腕の先端部分を切り落とした。傷をつけただけかもしれない。確認してもわからなかったし、どちらでも問題はない。その後、用意しておいた浅原の右腕をヤマケンの遺体の側に置く。これで完成だ。ボクたちが疑問に思っていた出血量、これが少なかったのも当然なのだ。殺害した後で、腕の先を皮だけ削り落とせばよいのだから。

 三人目、テルテル。このときから、松本は建物の秘密を利用し始めた。そうでなくては、密室状態のテルテルの部屋へ侵入することはできない。建物を回転させ、クローゼットの扉の向こうをテルテルの部屋にした。テルテルからすれば、突然クローゼットの中から松本が現れたことになる。想像しただけでも寒気がする。そうしてテルテルを殺害し、ヤマケンのときと同様、遺体を偽装した。それを発見したボクたちは混乱し、密室の謎に挑まなくてはならなくなった。

 四人目は麻郎―――ではなく、セバタだ。浴室で発見された焼死体は浅原に間違いないし、殺された順番としては彼が一番最初だ。このときになってようやく、浅原の遺体は日の目を浴びることになった。とはいっても、麻郎だと勘違いされてしまった。

 セバタが部屋にひきこもり、残ったボクたちが彼の部屋を見張った。入り口から入る者がいれば気付けただろう。でも、そんなことは起こるはずがなかった。では、誰がどうやってあの状況を作り出したのか。

 あのとき、最後にセバタの姿を確認したのは、松本が部屋から出てきた後、金子が部屋に入る瞬間だ。その直後、金子がセバタを撃ったのだろう。そうでなくてはタイミングが合わない。そして、彼女は急いでセバタの遺体を偽装した。これまで同様、彼の右脚の義足を外し、脚の先端を傷付けた。護身用に使うために運んでいった包丁を使ったはずだ。

 ただ、これでもまだ足りない。セバタの義足を持ち出し、浅原の右脚をセバタの遺体の側に置く必要がある。それができた人物―――となると一人しかいない。麻郎だ。彼が建物を回転させ、セバタの部屋へ入った。あらかじめ用意していた浅原の右脚を運び、偽装工作は完成した。彼がセバタを殺害した可能性はあるものの、返り討ちに遭うリスクが存在する。たぶん、実行したのは金子で間違いない。セバタを撃ったピストルは、麻郎が持ち去ったと考えるのだ妥当だろう。

 ついでに、麻郎は置き土産を残していった。セバタの部屋の扉を中から開け、誰かがいると証明した。ボクたちは、それを浅原だと思い込んでしまったわけだ。扉を開けた麻郎は、ボクたちが部屋へ到着するよりも前に逃走した。クローゼットへ逃げ込み、建物を回転させれば完成だ。麻郎が逃げた先を考えると、やはり建物の中に隠し部屋があるように思えて仕方がない。生きている麻郎が建物の中で過ごす場所が必要になるのだから。また、あのとき、ナベが遅れて部屋に到着した。寝ぼけていたのではなく、彼は走れなかった。だからこそ選ばれたわけでもある。

 そして最後の五人目はナベ。彼が殺された瞬間は見ることができなかった。ボクを殴って気絶させ、ナベは松本に挑んだのだろう。その結果殺され、帰らぬ人となったわけだ。全てを理解した今、ナベの考えをトレースすることもできる。彼はボクの前で、「次に殺されるのが誰かわかった」と口にした。その理由としては、次の被害者は左脚を切断されると考えたからだろう。そうなると、元から左脚を失っている自分ではない。おそらく、次に殺されるのがボクだと推理し、気を失わせたのだ。そうすることで、間接的にボクを守ろうとしたのかもしれない。

 キッチンでナベを殺害したとき、松本は楽だったはずだ。ボクは気を失っているし、意識があるのは仲間の金子だけ。焦ることなく、ナベの遺体を偽装できたのだろう。そして目を覚ましたボクに、ありもしない内容を話した。キッチンに浅原が現れ、ナベを殺害した、などと。

 最後まで残されたボクは、松本と金子と共に脱出した。ボクが建物のトリックに気がついたからよかったものの、鈍感だったらどうするつもりだったのか。まぁ、何かしらヒントを与えて気付かせたとは思う。その後、建物から出た途端、爆発が起きた。扉にセンサーが仕掛けてあったのかもしれないし、ボクの目を盗んで誰かが起爆スイッチでも押した可能性もある。自動で爆破したら危険すぎるし、後者ではないかと思っている。

 そして、あのとき―――。松本は麻郎を連れていたのだ。このタイミングしか麻郎を屋敷の外へ運び出すことはできない。その方法は笑ってしまうほど簡単だ。松本が背負っていたリュックサック、その中に麻郎はいたのだろう。四肢のない麻郎だからこそできた手法だ。体重は三十キロ程度だと思う。高齢の松本にとってはかなり厳しい荷物だったはずだ。それでも彼は成し遂げた。麻郎のためなら、歯を食いしばってでも運べたということか。

 それを裏づける根拠として、車にリュックサックを置くときの松本が思い出される。急いでいたというのに割れ物でも扱うようにしていた。松本には、麻郎を放り投げることなんてできるはずがない。

 その後の行動は、ボクの知っている通りだ。警察へ行き、屋敷での事件を伝える。この時点ではボクも勘違いしていたし、五人を殺害した浅原が逃走した、という伝え方になる。その結果警察は勘違いし、現在の状況に至るというわけだ。

 ただ、あのとき、助手席のリュックサックの中には麻郎が潜んでいた。なんて危険なことをするのだろう。自分たちが疑われることはないとタカを踏んでいたのかもしれない。もしくは、ボクの目を盗んで麻郎を脱出させたと考えるべきか。どちらにしろ、何も証拠は残っていない。

 亡くなった四人については、いずれ墓参りでもしてやりたいと思う。ボクが頼み、井川が調べてくれた人々の中に彼らはいた。二十五から四十歳の男性で、五体不満足の者は六人。その中に、『山本健太郎(やまもとけんたろう)』『各前輝也(かくまえてるや)』『渡辺裕也(わたなべゆうや)』がいた。その三人が、ヤマケン、テルテル、ナベだと思う。セバタについては特定できる名前はなかった。残る三人の名は『市川祐紀(いちかわゆうき)』『斎藤知治(さいとうともはる)』『中島力(なかじまちから)』で、もしかしたらこの中の誰かかもしれない。なんにせよ、この事件に巻き込まれた彼らのことを不憫に思ってしまう。せめて、真実に気付いたボクが供養してあげたいと思っている。

 でも、結局のところ、本当に見事だと思ってしまう。そして悔しいのが、ボクを欺いて利用したことだ。麻耶子のことにしか目がいっていないボクを、まんまと出し抜いてくれた。自分たちの目的に合うような証言をさせ、麻耶子への想いを踏みにじった―――わけではないことは理解している。麻郎たちは、麻耶子のために今回の事件を起こしたはずだからだ。その想いだけは、しっかりと理解しているつもりだ。


「いかがですか?」

 全てを説明し終え、落ち着きを取り戻すために湯飲みに手を伸ばす。抱えていた仕事の最後の承認をもらうような気分だ。ここで印鑑をもらえば、ボクは仕事から解放される。

「正解、と言って差し支えないでしょう」

 松本は静かに、それでいてはっきりと宣言した。「お疲れさま」とでも言いたげな表情で頭を下げる。バカ丁寧な仕草に、怒りの矛先を失った。

「でも、最後にひとつだけ疑問が残っています」

「なんでしょうか」

 わかっているくせにそんなことを言う。

「麻郎さんや松本さんたちがこれだけの計画を立てた、その理由を教えて下さい。浅原が麻耶子に何かしたからだとは想像していますが」

「言葉で説明するのは難しいのです。大まかには間違っていないのですが」

 松本が悩むように視線を落とす。

 最後に残された謎は、彼らがあの事件を起こした理由だ。それさえ解決すれば、決してハッピーエンドではないものの、ピリオドを打つことができる。前へ向かって心を切り替えることができる。

『―――それについては、わしから説明しよう』

 どこかから聞こえたその声に、ピンとくるものがあった。ようやくか、というのが正直な感想でもあった。

「麻郎様・・」

 冷静だった松本が、急に緊張した面持ちになった。部屋の中へ入ってきたのが麻郎であれば、それも仕方のないことかもしれない。麻郎はあの建物の中で使っていたのと同じ台に乗り、廊下から部屋の中へ入ってくる。ボクたちのいるテーブルの側まで辿り着くと、ようやく控えめな笑みを見せてくれた。

「どうも、お久しぶりです」

「わざわざこんなところまで、ご苦労様だったな」

「いえ、お会いしたかったです」

 松本が不安げな表情を浮かべている中、ボクたちの穏やかな視線が交わっていた。ようやく終わりを迎えることができる。それを確信しながら、ボクは麻郎に挑むことにした。


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