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誰が為に  作者: 島山 平
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1日目 (3)

「まず最初に、我々の紹介をさせて頂こうか」

 金子という名の女性がカートにたくさんの料理を乗せ、奥の扉とボクたちのいるテーブルを往復している。すでに三往復していて、テーブルには見るからに手の込んだ料理が並んでいる。

「わしが格内麻郎だ。すでにご存知だとは思うが、京都にあるミステリーワールドというテーマパークを経営している」

 これまで写真で見てきたのと同じ顔をした男がすぐ側にいる。それなのに、これっぽっちも現実味がなかった。彼の体が想像と違っていたからか。

「皆をこの屋敷へ連れてきたのが松本。彼には執事として、これまで長い間支えてきてもらっている。信頼して問題のない男だ」

 麻郎から紹介を受け、誇らしげに微笑んだ松本が深々と頭を下げた。彼はテーブルの側に立ったままでいる。

「食事の用意をしてくれているのが金子。彼女はまだ若いのに料理の腕前は抜群でね。専属のシェフとして働いてもらっている」

 麻郎の紹介に気付き、金子は一瞬だけこちらを見た。それでもすぐに仕事に戻り、次に彼女がテーブルへ来たときには、昼食の用意が完了した。

「金子、ご苦労。―――さぁ、それでは乾杯といこうじゃないか。食事は十分に用意している。遠慮する必要はない」

 麻郎が意外によく喋り、彼のペースに持っていかれそうになっている。彼がグラスを持ち上げ―――などということはできないため、松本が自分のグラスを持ち上げた。それに続いてボクたちもまばらにグラスを手に取る。

「これから起きる非日常な謎と、それに挑む皆の健闘を祈り、乾杯!」

 麻郎の合図に続いてボクたちも声を出し、それらしい雰囲気でイベントが開始した。

「好きなように食べてくれてかまわない。それと同時に、皆にも自己紹介をしてもらいたい」

 目の前に並ぶ料理を眺めながら、どこまで情報を提示するか考える。

「まずは―――きみから」

 麻郎の視線を受けた男は明らかに緊張した面持ちで頷いた。麻郎の左隣に松本が座り、声を掛けられたのは松本の左隣の男だった。リムジンから降りて、ボクの側で呟いていたのも彼だった。

「えっと、何から話せばいいのか。そうですね―――」

「失礼。この屋敷にいる間、皆には名前を名乗らないでもらいたい。というのも、このイベント自体が極秘であり、解散した後も皆にはそれを守ってもらいたいからだ。必要以上に親しくなられては困る、というのが本音なわけだ。というわけで、呼び名を決めておこう。コードネームとでも言うべきか」

 麻郎が落ち着いた表情で言い、「失礼した」と男性に合図を送った。

「―――名乗ってはいけないということなので。そうですね・・、エーツーと申します。名前のイニシャルからきているのですが、これ以上はやめておきますね」

 エーツーと名乗った男は麻郎を一瞥し、彼が微笑んだままなことに安堵した様子だった。

「年齢は38歳、普段はゲームクリエーターをしています。まあなんというか、自分で考えることが好きなので、必然的にミステリーも好きになりまして。招待状が届いたときには飛び上がりました」

 恥ずかしそうに笑みを浮かべながらも、どこか自信ありげな様子だった。

「こんなところですかね」

「ありがとう。エーツー氏は口を滑らさなかったので大丈夫だが、皆にもうひとつ頼みたいことがある」

 麻郎はそこで全員を見渡し、一呼吸置いてから言葉を続けた。

「招待状にも記載したように、これから起きる謎を解明できた者には、何でもひとつ願いを叶えよう。ただし、解決するまでその内容について明かさないことが条件だ。謎はひとつでも多い方が楽しいのだからな」

 この状況を楽しむ様子で麻郎が言い、エーツーの左隣に視線を送る。料理に手を伸ばさずにいた男は小さく頷き、静かに口を開いた。

「ヤマケン、ということにしておきましょう。友人からはそう呼ばれていますし。仕事は普通の会社員です。就職して一人でもできる趣味が欲しくてミステリーを読み始めたという感じです。年齢は33です。以上」

 淡々と話し、一度も笑顔は見せなかった。気難しいというより緊張しているのかもしれない。髪は耳にかかる程度の長さで、なかなかに整った顔立ちをしている。女子校で人気のある教師、そんなイメージだった。

「次はボクですか」

 ヤマケンの左隣りの男が小さく手を挙げる。全員を見渡し、様子を伺うような口調で。

「テルテルって呼んで下さい。フリーターしてます。一応、カードゲームとかで結果残してるんですけどね」

「なんてゲームです?」

 自己紹介を終えた気楽さからか、エーツーが尋ねた。のん気にストローを咥えながら。

「MTGってやつです。・・そっか、エーツーさんはゲームクリエーターでしたね」

「MTGいいですよねぇ」

 そんな緩いやり取りが一瞬だけあり、すぐに沈黙が帰ってきた。

「年齢は32歳、独身です。よろしくお願いします」

 テルテルが頭を下げ、すぐにコップに手を伸ばした。喉が鳴りそうなほど勢いよく飲み干すと、深く息を吐いた。

「それでは、次の方」

 麻郎に促され、あご髭を生やした男が話し出す。

「セバタっていいまーす。ブラック企業に勤めてます。ミステリーは好きなんですけど、どちらかといえば映画派です。目が悪いんで細かい文字読むの疲れちゃって。そんな感じで、よろしくお願いしまーす」

 身振り手振りの激しい男だった。人前で話すことに慣れているのか、声の張り方が素人とは思えなかった。きっと、友人だったらうるさくてたまらないと思う。

「じゃあ、次は私ですか」

 セバタの隣に座る肩幅の大きな男の番になった。

「ナベと申します。仕事は内緒にしておきますね、別に言えないような仕事じゃないですが。年齢は29歳、ミステリーは中学生の頃から読み続けています。以上です」

 髪は短く、どことなく武士のようなイメージの男だった。それでも、頭の切れそうな印象だ。

「では、最後の方」

「はい」

 ようやくボクの番がきた。最後というのは、ずっと緊張しっぱなしでつらい。これで解放されるかと思うと、自然に口が饒舌になってしまった。

「KJと申します。仕事はザックリいうと会社員です。ミステリーは友人と一緒に映画を見ることが多くて、一人の時は小説も読みますが、わりと何でもいけます。ミステリーワールドへは一度しか行ったことありません。女性が首を絞められた事件のやつ、あれは解決できました」

 一気に言った後で、ようやく周りを見渡す余裕ができた。みんなの緊張がほぐれているのが見え、テンパっている自分が恥ずかしくなる。エーツーなんて、あからさまに笑っているくらいだ。

「ご苦労。基本的にミステリーが好きだということは共通しているようだな」

 麻郎が話している間に、目の前の料理を食べることにした。こんな調子ではダメだ。落ち着いて、冷静に勝負しなければならないのに。まずは栄養補給、それを心掛けよう。

「さて、そろそろこのイベントの趣旨をお伝えしようと思う。―――松本」

「はい」

 待ってましたと言わんばかりの様子で松本が立ち上がる。その手に何かを持っているのに気付いた。

「これが、この屋敷『理の館』の見取り図です。二階建てで、各々の部屋は二階に用意してあります。後ほど、荷物を持って好きな部屋を使って下さい」

 松本が広げた紙は遠くてよく見えないけれど、大きな円が二つ書かれているのはわかった。おそらく、一階と二階の見取り図だ。

「テーブルに置いておくので、またゆっくりご覧になって下さい。さて、ここに記載してあるように、二階には部屋が十用意されています。我々は九人なので、一部屋余ることになります。カギを掛けたりはしませんが、ご自分の荷物はしっかりと管理をお願い致します」

 松本が一人で話し、麻郎は黙って紙を見つめている。招かれたボクたち六人は食事をしながら、二人の様子を眺めていた。ちなみに、シェフの金子は椅子に腰掛けたまま動かない。彼女の目の前には料理が用意されていないままだから当然だけれど。

「今日から四日間、この理の館の中で起きる事件を解決してもらう。事件の内容については明かせないが、明日には始まる予定だ。それを論理的に解決できた者には、報酬として願いをひとつだけ叶えて差し上げよう」

「願いって、どんなことでもいいんすか?」

 質問したのはセバタだった。

「不可能なことでなければ。例えば、死者を蘇らせてくれと言われても、現在の科学では不可能だ。そうではなく可能なことであれば、我々の力で何でも叶えよう」

「じゃあ、十億くれって言っても?」

「問題ない。アメリカを買収してくれと言われたらさすがに難しいが、金や時間を惜しむつもりはない。遠慮なく言ってくれてかまわない」

 麻郎の口調には、彼が本気なのだと信じさせるだけの迫力があった。ここにいる六人全員が、ひとまず納得してしまうほどに。

「解決の方法だが、推理した内容をわしに伝えてもらう。論理的に説明されていれば、というよりもわしが納得できればよい。たぶんこうだ、という推論は認めない」

 答えのある問題なら考える価値がある。解決不可能なものでなくてよかった。

「あの、ひとつよろしいですか?」

 小さく手を挙げたのはヤマケンだった。

「解決のチャンスは一度きりですか? それと、間違っていたときにはどうなるのかも教えて下さい」

「もっともな質問だ」

 麻郎は微笑みながら頷いた。

「何度挑戦してくれてもかまわない。間違っていても、次にまた別の推論を話してくれればよい。何か罰則があるわけではないから、気楽に意見をぶつけて欲しい」

 麻郎の言葉に、全員がホッとしたのがわかる。何度でも挑戦できるということが、肩の荷を下ろしてくれた。

「こうして皆が集まっている前でもよいし、わしだけに個人的に話してくれてもよい。そこは各自の判断に任せよう」

「タイムリミットは?」

 もう一度、セバタが口を開いた。

「四日後の正午。その理由については口にできないが、期限ははっきり決まっていることだけ覚えておくとよい」

「事件の内容に関係しているんですかね」

「その通り。実際に経験すればわかるはずだ。そしてもうひとつ、事件が終わりを迎えるまで、皆はこの屋敷から出ることはできない。それがルールだ」

 口に運ぼうとしていたサラダが宙に浮いたままになった。麻郎の言葉がそうさせた。

「事件はこの建物の中だけで起きるんですね?」

「左様。外部からの侵入者はないし、また、外部へ出ていく必要もない。というよりも、出ることはできない」

「さっきの玄関から出たら失格とか?」

 セバタの問いに、麻郎は満足気に笑みを浮かべた。

「出られるものなら出てもよい。今はそれしか言えない」

 麻郎の不気味な笑顔を見ていると、目の前の豪華な食事に箸が進まなくなった。これから何が起きるのかと考えると、決して楽しいだけのイベントでは済まないような気がしてならなかった。


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